第百四十四話 英霊に挨拶を
刹那はとりあえず義衛のいる部屋とは真逆の方向へ真っ直ぐ向かってみることにした。途中、荘厳な雰囲気の男性の肖像画があったが、アレがおそらくこの城の城主士堂だろう。その眼は力強く、確かに義衛の言うように慧眼の持ち主だったのかもしれないと思わせる雰囲気があった。まあ、絵描きが気を利かせてそのように描いた可能性は否定できないが。
廊下の端まで到達すると、そこにはそれぞれ階上と階下へと通じる階段があった。刹那が階段を上ると、そこには扉が一つあるだけで、他には何もない。折角上がってきたのだからと、その扉を開けてみる。すると、それは外に通じており、城の屋上へと到達した。この城はいわゆる貴族が住むような城では無く、戦闘のためのものであり、そのため屋上には城下の敵に対して用いるような大砲などが設置されていた。そんな魅力的な品々に刹那が食いつかないわけもなく、即座に大砲の元へと走った。しかし、中に弾は入っておらず、導火線らしきもの見当たらない。どうやら長い間使われていないようだ。
「ちぇ、面白くねぇな。試しに一発ぐらい撃ってみたかったのに」
そんな物騒なことを呟き刹那が城下を見下ろしながら歩いていると、ある意外な事実に気がついた。
「あれ?こっちってこんなに広いのか」
刹那が入ってきた正面側の土地は城から城壁までの距離が三メートルほどしかない。しかし、その反対側、城の後ろ側は城と城壁の間に三十メートルほどの土地が広がっているのだ。その土地には何やら沢山の石板が建っている。好奇心の塊である刹那がそれに惹かれないはずがない。
「これは行くしかないな」
刹那はすぐさま城の中へ戻ると慌てて階段を駆け降りた。そして、外へ通じる扉をくぐり、城の裏手へと回る。だが、彼はすぐにその自分の行動を後悔することとなった。
「うわぁ……」
刹那の眼前には沢山の石板が規則正しく並んでいた。そこには「○○~△△」といった年号と共に人の名前が刻まれている。そう、そこはどう見ても墓地だった。
「なんてこった」
幽霊が大嫌いな刹那にとって、墓地というものは最も近づきたくない場所の一つだ。城の中で出会ったのは義衛だったが、ここでは本物の幽霊に出会うことになるかもしれない。
「ううう。ダメだ。早く戻ろう」
こんな所にいつまでもグズグズするのは得策ではない。さっさと戻ろうと刹那が振り向こうとしたその時、肩に重みが掛かった。
何者かが刹那の肩を叩いたのだ。恐る恐る振り返る刹那の目に映ったのは――
「ばぁ!」
「ぎゃぁぁぁぁぁぁ!」
「おぉっと、大丈夫だ。わしだよ」
思わずまた卒倒しそうになる刹那を落ち着かせようと、義衛がニッコリと笑う。
「義衛さん……」
知り合いだと分かりほっと胸を撫で下ろす。
「ハッハッハッ、そんなに驚くとは、さっきのことといい、よほど霊の類が嫌いと見えるな」
「はぁ」
全く、冗談もほどほどにしてほしい。思わず心臓が飛び出してしまうかと思った。
「それにしても刹那君、なぜこんな所に?見ての通りここは墓地だぞ?君が嫌いな幽霊が出るんじゃないか?」
義衛は豪快に笑いながらそんな冗談を言ってくるが、刹那にとっては冗談では済まされない。今も、物陰から音がするとその類の物じゃないかと気が気ではない。
「いえ、ちょっと散歩してたらここが目に留まりまして。遠目には墓地だとは思いませんでした」
墓地だと分かっていたら近付きもしなかっただろう。
「義衛さんはこんな所まで見回りですか?」
「それもあるが、墓参りも兼ねていてね」
そう言う彼の手には花束が握られている。
「どなたにお参りなんですか?」
「今日はあそこに寝てるやつさ」
義衛が指差した先には他のものと同じように角を丸く削られた墓石が佇んでいた。
「今日は?」
「あぁ、ここにはわしの部下がたくさん眠ってる。みんなこの城を守るために勇敢に戦ったんだ。ここにいるやつらは全員孤児でな。死んでも入る墓が無いやつばかりなんだが、士堂様の好意でこうやって城の中に墓地を造らせてもらってるわけだ」
「へぇ」
なるほど、それで見回りも兼ねて義衛が墓参りをしているわけだ。そう思って見てみれば、どの墓も綺麗でよく手入れされている。それだけで義衛が彼らをどう思っていたのか分かるというものだ。
そう思えば、怖くない……かな?
刹那が黙って見ていると、義衛が墓前に花を供え、懐かしそうに目を細めた。
「コイツはとにかく元気なやつでな。いつも騒ぎまわっては周りにうるさいと怒られていた。まあ、そう言いながらもみんなその騒がしさを楽しんでいたんだがな。最後は騎士らしくこの城を守るために戦って死んでいった」
義衛は腰を落として静かに手を合わせた。刹那も義衛に倣って黙って手を合わせる。
「さて、ではそろそろ戻ると――ッ!」
英霊への挨拶を終え、戻ろうと言おうとした義衛が突然言葉を切った。何やら険しい顔になり墓地と反対の方角をジッと見つめている。
「来たか」
義衛が突然走りだした。一体何が来たというのだ?
「義衛さん?」
「刹那君、すぐに部屋に戻りなさい!」
それだけ言って義衛はあっという間に走って行ってしまう。その場に取り残された刹那は、素直に部屋に戻ろうかとも考えたが、どうも義衛のあの様子が気になって仕方がなかったため、彼の後を追った。