第百四十三話 幽霊の正体見たり……
「ん、んん、ここは?」
刹那が目を覚ますと、彼はベッドに寝かされていた。そこは小さな部屋でベッド以外家具らしきものは置いていない。一体なぜこんな所に?
ドアの開く音がして、そちらに目を向ける。
「!!!」
そこには信じられない者がいた。鉄の擦れあう音を立てながら、こちらに近づいてくるそれは、間違いない、先程自分を追いかけまわしてきたあの甲冑の幽霊だ。
神威はどこだ?
刹那は枕元に置かれた神威をすぐに見つけてそれを手に取った。そして、それを素早く抜くと、そのままベッドから飛び出すようにして甲冑の幽霊に飛びかかる。
甲冑の幽霊はそれに素早く反応すると、腰にかけた剣を引きぬき、それで神威を受け止めた。
幽霊相手に打撃が効くかは分からないが、とりあえずこうやって受け止めているということは効くに違いない。
「オラァ!」
甲冑の腹に思い切り蹴りをお見舞いする。右足にカーンという音とともに痺れるような痛みが走った。流石に甲冑に蹴りは無理があったか?
「くぅ……これならどうだ!」
今度は足の裏で思い切り蹴り込む。これなら痛みは無い。幽霊は蹴りを受け止めきれずそのまま後ろに吹き飛んだ。
よし、このまま一気にたたみかけてやる。
「トドメ――ん?」
相手の喉元にそのまま神威を突き刺してやろうとした刹那の動きが止まる。甲冑の幽霊が兜を外し、中から顔をのぞかせたのだ。年の頃は四十半ばくらいだろうか、髭面のその顔は血色がよく、とても幽霊には見えない。
「あれ?人間?」
「あぁ、れっきとした人間だ」
数分後。
「あの、すいませんでした」
やっと状況を理解した刹那は神威をしまい頭を下げ続けている。話を聞いてみると、刹那が幽霊だと思い込んでいたこの甲冑の男性は城の見回り中に刹那を見つけ、不審者だと思い追い掛け回していたという。それが途中で気絶してしまったため、その場に放っておくわけにもいかないと、この部屋に運んできたらしいのだ。
「いや~、走りまわった上に殺されかけるとは思わなかったよ。なかなか出来ない体験だな」
「すいません、幽霊かと思って……」
「まさか幽霊に間違えられるとはない。ハッハッハッ」
頭を下げる刹那に、甲冑の騎士は豪快に笑いながら肩をポンポンと叩く。どうやらあまり気にしていないようだ。
「それにしてもお主、なかなかやるなぁ。よもやこの士堂騎士団団長、義衛を退けるとは」
「団長ッ?」
刹那が目を丸くする。まさかそんなに偉い人が相手だったとは。
「いや、まあ団長と言っても今いるのはわしだけだがな」
「え?一人なんですか?」
「今はな。なに、そのうち城主様が万の軍勢を率いて帰っていらっしゃる。それまではわしが留守を守らんとな」
ひげ面の騎士は「なにせわしは誇り高き士堂騎士団団長だからな」と付け加えるとまた豪快に笑いだした。はて、初対面のはずだが、どうも初めて会った気がしない……。
「それでお主、この城に何の用だ?」
豪快に笑い終わった後、髭面の騎士が刹那の顔を覗き込むように尋ねた。その眼に警戒の色は無く、ただ単に興味から尋ねているだけだろう。
「森の中を歩いているうちに道に迷っちゃって。その上急に雨が降ってきて、たまたま目についたこの城で雨宿りさせてもらおうと思ったんです」
「そうかそうか。本来なら不法侵入者なんぞとっとと追い出す所だが、正直に話す誠実さとこの義衛を退けた実力に免じて許すとしよう。しかし、雨はそろそろ止んだようだが、ここらは霧が濃くてな。夜中に出歩くのは勧められん。どうだ?一泊泊まっていくか?」
渡りに船とはまさにこのことだ。刹那はありがたくその申し出を受けることにした。
「ありがとうございます。俺、刹那って言います」
刹那が再び丁寧に頭を下げると、髭面の騎士は今度は自分の番とばかりに胸を張って咳払いをした。
「先ほども言ったが、わしは義衛だ。団長、もしくは親しみを込めて義衛でもいい」
「それじゃあ義衛さん、さっき今は一人だって言ってましたけど、他の人たちはどこに行ったんですか?」
刹那のその質問を聞いた瞬間、義衛はよくぞ聞いてくれたとばかりにニヤリと笑うと、城の主達がどこへ行ったのかを語り出した。
「アレはもう三年前になる。我が城の城主、士堂様は持ち前の慧眼と知略によって次々に他の城主を圧倒していった。そんなある時、士堂様は西に敵対する城主たちが集まっているという情報を掴んだ。そこで士堂様は、その烏合の衆を叩くため、自ら兵を率いて西へ向かわれたのだ。留守を騎士団長であるわしに託してな」
「三年……その間ずっとここを守ってるんですか?」
「おう。士堂様が「任せたぞ」とおっしゃったのだ。何があっても守り抜かなければならん。わしがここを離れるのは士堂様からお呼びがかかった時だけだ」
「もしかして、三年間連絡は一切?」
「無いな」
「そんな……」
「なに、やつらなんぞ所詮寄せ集めの雑兵にすぎん。わが主の敵ではないわ。今頃士堂様に敗れ、軍門に下っておるに違いない。もしかすると西に新たな城を築いていらっしゃるかもしれんな」
そう言うと義衛はまた豪快に笑いだした。しかし、出発してから三年間音沙汰がないというのはおかしくないだろうか。どこまで行ったのかは知らないが、連絡がないとなると……。
「さて、長話はこれくらいにして、今日泊まる部屋に案内しようか」
「ここじゃないんですか?」
「いやいや、ここは使用人用の部屋だ。きちんとした客室に案内しよう。まあ、ここが良いと言うなら無理にとは言わんが――」
「客室でお願いします」
このベッドで寝るのは勘弁だ。刹那は義衛の言葉も持たずに即答した。
義衛は「それでは」と言うとすぐに刹那を部屋へと案内してくれた。
「おぉ」
宛がわれた部屋は刹那が寝かされていた部屋とは比べ物にならないくらい広かった。
ベッドは大人二人が優に寝られる大きさがあり、中央に置かれたガラス製のテーブルはいかにも高級品と言った雰囲気を漂わせている。テーブルを境に対になったソファーはフカフカしていて座り心地がよく、いつまでも座っていられそうだ。
なるほど、確かにこの部屋を見れば先ほどの部屋が使用人の部屋だというのも納得できる。
「生憎と食事は用意できないが、ゆっくり休んでくれ。何かあればワシはこの部屋を出て右側の突き当たりの部屋にいるから遠慮せず声をかけてくれればいい」
「ありがとうございます」
義衛が部屋を出て行った後、その後を追うように刹那も部屋の外へ出た。
「ちょっと散歩でもするか」
お化けが出ないと分かった今、好奇心の強い刹那にはこの城は格好の遊び場と化している。この広い城の中には何があるのか、その謎を究明せねばなるまい。