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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百四十二話 道に迷う

「やっぱりあそこを右に曲がっておくべきだったのか。いや、その前の分岐を左に曲がってた方が……」


 刹那がなぜそんな独り言をブツブツ言いながら歩いているのかと言えば、彼は今、見事に道に迷っていたのだ。

 真貴耶と別れ、本来の道まで戻ったところまでは良かったのだが、それからがまずかった。道を突き進んでいくと、それが二手に分かれており、片方は踏み均された道、そしてもう片方はどう見ても何年も人が通っていないような寂れた道となっていた。そこで素直に踏み均されている道を進めば良いものを、刹那の悪い癖が出て、好奇心の任せるままに寂れた道を進んでしまったのだ。道はどんどん険しくなり、分岐が増えて行った。いよいよ事態の深刻さに気付いた刹那が引き返そうとしたが、時すでに遅し。もう日は暮れかけており、加えて周りは生い茂る木によって昼間でも日が差し込まないような暗い道、元の道へと戻れる保証はどこにもなかった。そして、泣きっ面に蜂とでもいうべきか、辺りに霧が立ち込め、いよいよ視界は最悪になってきた。


「あぁ~、俺ここで遭難するのかな?」


 遭難しかけている人間にしては緊張感に欠ける声を出しながら刹那が歩みを止める。これ以上動き回るのは体力の無駄な消費につながると判断したのだ。

 こんなとこ円に見られたらなんて言われるか。アイツがいなくてよかったよ。

 強がり交じりにそんなことを考えて、円が来てくれないかと考えてしまう。また来ると言ってたし、その可能性も無いわけではない。だが、世の中はそう甘くはない。円どころか、動物の気配すら周りに感じられない。


「はぁ、下らないこと考えてないで寝床の準備でもするか……ん?」


 諦めて荷を下ろそうとした刹那の目に何か巨大なものが映った。ここからでは霧が濃すぎてなんなのか分からない。刹那は近づいてみることにした。


「おぉ」


 それは立派な城だった。大きく、荘厳な雰囲気をかもし出すその城は同時に不気味な雰囲気もまとっている。石をくみ上げて作られたと思われる城壁は所々苔むしており、長い歴史を感じさせた。また、壁に幾つか細い窓の様なものがあるのだが、そのどこからも光は見えず無人であろうことを物語っている。


「こんな所に……城?」


 こんな森の中に一つだけ、場違いと言えば場違いなのだが、その不気味な雰囲気は妙にこの森に合ってもいる。

 入ってみたいという好奇心と不気味なものは避けたいという恐怖心が刹那の中でせめぎ合う。が、その攻防を制したのはそのどちらでもなく、第三勢力だった。

 それは刹那の額に冷たい水の雫となって現れた。


「ん?雨?」


 それを確認しようと上を向いた時だった。激しい音を立てて、大量の雨粒が刹那の頭上に降り注ぐ。たまらず刹那は目の前の城に駆け込んだ。


「お邪魔しま~す……おぉ」


 城の中に入ってみると、まず刹那を出迎えたのは奥が見えないくらい広い廊下だった。そこには幾つもの扉があり、外観から判断するに、その先の部屋はさぞかし広いに違いない。また、中は案外綺麗なままだった。床に敷かれたカーペットは色は落ちているものの、虫食いなどの跡は無く、おそらくこの城の主人だった者の趣味だったのか、壁には絵画が飾られている。


「主がいないにしては綺麗すぎるな。誰か住んでるのかな」


 外から見た限りでは人が住んでいる風には見えなかった。しかし、中は埃をかぶっていない所も見受けられる。人が住んでいないのにそのようなことになるとは考えにくい。やはり誰かが住んでいるのだろうか?


「にしても不気味な所だな」


 どこを見回しても綺麗なのだ。だが、綺麗すぎて逆に不気味ですらある。


「すいません!誰かいませんかッ?」


 刹那の声が城に吸い込まれていく。誰の反応もない。やはり無人なのだろうか。いや、奥にいて気付かなかったのかもしれない。少し探してみるとしよう。

 長い廊下を歩き、刹那はいくつかの扉を開けて中を確認してみた。しかし、どの部屋も人っ子一人いない。


「ここも空か」


 四つ目のドアを開けた先、そこも今までと同じ、幾つかの家具があるだけだ。やはり、ここには誰もいないのだろうか。これ以上見ていても何も発見はないと扉を閉めて刹那が振り返った時だった。


「あれ?」


 振り返った先にはカーペットが敷かれた床。そして、そこには先ほどまでなかったはずの立派な甲冑が立っている。

 頭には赤い羽根飾りが付いているが羽根はボロボロで貧相な雄鶏の鶏冠のよう。全身を覆っている鉄板は元は光沢のある鉄で作られていたのだろうが、今は所々に黒く錆が浮いている。

 刹那がその鎧を見て固まっていると、鎧の左腕がスーッと独りでに上がり、刹那の胸の辺りで止まった。


「――ッ!」


 風が吹いていたとかそういうことは一切ない。本当に自然に、鎧の腕が上がったのだ。

 廃墟のような城、いきなり現れた甲冑、独りでに上がる腕、導き出される答えは――


「ゆぶれびぃぃぃ!」


 おそらく「幽霊」と言いたかったのだろうが、そんな些細なことは刹那には関係ない。今は一刻も早くここから離れなければ!


「うぉぉぉぉぉぉぉ!」


 獣のような奇声を発しながら今まで出したことも無い速さで刹那はその場を離れた。まさに全力疾走。今までこれほど本気で走ったことはない。だが――


「追っかけてきたァァァァ!」


 あの鎧の幽霊が付いてきているではないか!

 なんということだ!鉄の擦れる音を立てながらあの甲冑がこちらに走ってくる!


「わぁぁぁぁぁぁ!」


 刹那はさらに速度を上げた。あれに捕まれば命はない。きっと魂ごと食われてしまうのだ!

 刹那は走った。途中、角を曲がり、階段を駆け上がり、そしてまた階段を駆け下りた。出来る限りめちゃくちゃに、相手が追い付きづらいように走ったつもりだ。その甲斐あってか、後ろからあの鉄のぶつかり合う音が聞こえなくなった。速度を緩め後ろを振り返る。そこに幽霊の姿はなかった。


「や、やった……」


 息も絶え絶え、下を向いて呼吸を整える。こんな恐ろしい所にはもう一秒も居たくない。雨に濡れたって構うものか。さっさと逃げよう。

 刹那がそう決心して顔を上げた時、目の前にいたのは


「!!!!」


 あの甲冑の幽霊だった。鼻息がかかるんではないかというくらいの近距離に幽霊の姿がある。


「■○△∻≜⊗♨☯!!!」


 声にもならない声を発し、刹那はその場に卒倒してしまった。

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