第百三十九話 俺を信じてくれ
「真貴耶、頼みがあるんだけど」
まだ完全に信用されているわけではないのか、真貴耶は身構えるような体勢で疑う様な視線を向けてくる。
「なに?」
「俺を縛ってるこの紐を燃やしてもらえないかな?」
その言葉を聞いた瞬間、真貴耶の目が見開かれる。まずい、何か勘違いさせてしまったかもしれない。
「やだ!動けるようになったら僕を襲う気だな!」
「そんなことしないよ」
「嘘だ」
ダメだ、信用してもらえそうにない。なんとかして誤解を解きたいが、どうすればいい。
「真貴耶聞いてくれ。俺は絶対に君を襲わない。約束する」
「信じられないよ」
先ほどの言葉でより警戒心を強めてしまったのか真貴耶が一歩、二歩、と下がっていってしまう。このままでは話が進まない。
「もし俺が約束を破ったら、俺を燃やせばいい。約束を破る悪いやつなんだ。燃やしても全然悪い気はしないだろう?」
真貴耶はしばらく考え込むと、ゆっくりと顔を上げた。どうやら答えが出たらしい。さて、どっちに転ぶ?
「本当に約束する?」
「あぁ、約束だ」
刹那のその真っ直ぐな目に決心がついたようだった。刹那の紐が少しずつ煙を出していく。
「真貴耶」
「お兄ちゃんの紐が切れたら僕も出してよ」
「あぁ、必ず出してあげる」
燃えた紐が段々と緩くなってくる。そして――
「よし、これくらいなら」
刹那が両の腕に力を込める。すると、ブチブチという音とともに縄が見事に引きちぎれた。
「ふぅ、やっと自由になれた」
立ち上がって体を軽く動かす。縛られていたせいか体の節々が痛い。が、その分解放された喜びも一入と言うものだ。
「お兄ちゃん」
「そうだった。今解いてあげるよ」
真貴耶の首輪と鎖は予想以上にガッチリと固定されている。首輪の方は革製のようだが、力づくで引っ張れば引きちぎれるだろうか?
「いたい!」
「ご、ごめん」
ダメだ。とても引きちぎれるような硬さじゃない。鎖の先には馬鹿でかい重りがついているし、となると……
「誰が鍵持ってるか知ってる?」
「アイツらの頭領が持ってるよ。僕の首輪を外していつも外に連れ出すんだ」
なるほど、頭領の炎の正体は真貴耶だったわけだ。
「真貴耶、ここにいて。俺は首輪の鍵を探してくる」
真貴耶が頷くのを確認してから刹那はゆっくりと焚火の方へと近づいて行った。パチパチと音を立てる焚火を囲んでいた山賊たちは今、火の見張りを一人残して就寝してしまっている。その見張りの一人もうつらうつらと船を漕いでいる。これなら鍵を奪うのもそう難しくはなさそうだ。
一歩、また一歩とゆっくり山賊たちの方へと近づいていく。頭領は焚火の方へと顔を向けて寝転がっている。覗き込んでみれば、どうやら熟睡してるようだ。鍵は……あった!ズボンのポケットから少しだけ頭を出しているあの鉄板状のもの、おそらく鍵の頭の部分だ。
刹那はゆっくりと体を屈め、ポケットへ手を伸ばした。
「ん、んん……」
「――ッ!」
頭領が動いた!驚きで声をあげそうになる自分の口を押え、声が漏れるのを防ぐ。緊張が走る。頭領が目を覚ましたのか?
「ん~……」
頭領は寝返りを打ち、仰向けになった。そして、そのまましばらく様子を見ていると、再び静かになった。よかった、起きたわけではないらしい。
まったく、驚かせてくれるよ――
寝返りのせいでポケットの口が下向きになって取り出しにくくなってしまったが仕方がない。
再びポケットへと手を伸ばし……よし、掴んだ!
鍵を掴んだ手を引き抜こうとするが、なかなか動かない。どうやら、服のサイズがギリギリのようで、鍵がズボンと肉に挟まれているようだ。まったく、痩せるかゆったりした服を着てほしいものだ。
意を決し、力を込めてゆっくりと鍵を引き抜く。鍵が半分ほど出た。あと少し――
「おい」
「――ッ!」
鍵を抜く手を止める。今おいって言ったか?
刹那は目を閉じる。完全に起きた。どうすれば?
だが、頭領はそれ以上喋らない。どうしたというのか?
刹那が恐る恐る頭領の方へと視線を向けると、頭領はまだ目を閉じたままだった。
「それは俺の肉だぞ……ん~」
助かった。どうやら寝言だったらしい。
再び鍵を掴む手に力を込める。ゆっくりと、慎重に引き抜く。あと少し……あと少し……
一秒一秒がとても長く感じられる。さっさと抜いてしまいたい気持ちに駆られるが、それをしてしまえば起こしてしまうだろう。焦るな、ゆっくりと、だ。
ゆっくりと、なるべく振動を起こさないように、慎重に……そしてついに――
抜けた――
手にかかっていた負荷がなくなる。鍵は完全にポケットから出て、今、刹那の手に握られている。よかった、これで後は……
「待てよ」
「――ッ!」
誰かに手首を掴まれる。刹那の手を掴んだ手は毛むくじゃらで、とても太い。
「何してるんだ?」
その声の主は、歯並びの悪い歯をのぞかせながらニタリと笑った。焚火に反射する瞳の光とその風貌が、冬眠から目覚めた熊を思わせた。




