第百三十八話 もう一匹の猫又
「う、う~ん――ッ」
目を覚ました刹那の頭に鋭い痛みが走る。
あたりを見回すと、周りは岩だらけで薄暗い。洞窟か何かだろうか。どうやら刹那の背後で焚き火を炊いているようで、それが放つ明かりが幾つかの影を作っている。
刹那は段々とはっきりしてくる意識の中、自分に何があったのか思い出そうとした。確か山賊たちに襲われて、頭に激痛が走って、そこで意識が途切れて……そうだ、円はッ?
あたりを見回してみるが円の姿は無い。分かったのは、自分が今縛り上げられて、芋虫のように地面に転がされていること、神威が取り上げられていること、そして、影の数が六つであることだ。全く状況が掴めず刹那は唇を噛んだ。
と、影の一つがこちらに近づいてくるのが見えた。影は段々と大きくなり、その影の主が男である所まで確認できた。
「おう、目が覚めたか」
その声の方へ振り向こうとした刹那だったが、縛られているため思うように身動きが取れない。勢いをつけて体を回転させる。
「アンタか」
刹那の眼の前にいたのは忘れもしない、あの山賊の頭領だった。ガッシリとした体に飛び出た腹、あの棍棒はどこかに置いてきているようだが。
「俺を縛り上げてどうするつもりだい?」
睨みつけるように頭領を見上げる。
「お前には餌になってもらう」
「餌?」
「お前と一緒にいた猫又に逃げれちまってな。アイツを誘き出すのにお前を使うのさ」
「……」
円は上手く逃げたのか。それならまだ希望はある。それにしても、なぜ円を狙う?
「俺はあの猫又が欲しい。お前、あの猫又の飼い主だろ?」
「飼い主じゃない、相棒だ」
刹那は思い切り相手を睨んだ。大事な相棒をペット呼ばわりされて心中穏やかではいられない。
「相棒か、ふふ、じゃあ、お前を捕まえておけば、その相棒がお前の所に来る可能性は高いな」
頭領は笑いながらまた奥へと消えてしまった。身動きは取れない、神威は手元にない。これはかなりまずい状況だ。
「万事休すか」
口で言うほど心配はしていなかった。円がなんとかしてくれるだろうという目算があったからだ。
「うう、帰りたいよぅ」
「ん?」
どこからか誰かのすすり泣く声が聞こえてくる。この声は……子供か?
「お父さん、お母さん」
「誰だ?誰かいるのか?」
刹那は縛られて動きづらい状態だったが、体を動かしてなんとかその声のする方へと顔を向けた。
「君は……」
そこにいたのは小さな子猫だった。見れば首輪をはめられ、鎖で繋がれている。どうやら刹那と同じ捕らわれの身らしい。身体を丸めて小刻みに震えている。だが、一番刹那の目を引いたのはその尻尾だ。純白の毛に尻尾が二本、普通の猫に尻尾は二本生えることはない。間違いない、この子猫は……
「猫又なのか?」
円以外の猫又を見たのは初めての経験だったため、刹那はどう接して良いか分らない。とりあえず、話しかけてみるか。
「ねぇ、そこの君」
「……誰?」
白猫は恐る恐る刹那の方へと顔を向けた。しかし、刹那を見た途端、また身体を丸めて震えてしまう。
「怖がらないで、何もしないから」
「嘘だ!お母さんが人間は怖いって言ってたもん。それにここにいる奴らだってすごく怖かったもん!」
「大丈夫だよ。ほら、俺縛られてるし。何もできないから」
「そうやって僕を騙すつもりだろ!」
どうやらかなり人間に恐怖を抱いているらしい。なかなか取り合ってはもらえなさそうだ。
「嘘じゃないって。自慢じゃないけど、本当に動けないから今。ほらっ」
刹那は両腕を力いっぱい広げる真似をしたり、転がってみたりしたが、まったく紐はほどける気配はない。それを黙って見ていた白猫も刹那が本当に縛られているのを理解したのか、隠していた顔の半分を見せてくれるようになった。これでなんとか話が出来そうだ。
「俺は刹那って言うんだけど、君は?」
「真貴耶」
「真貴耶か、良い名前だ。それで真貴耶、どうしてこんな所にいるの?」
「お母さんと出かけた時に逸れて、そうしたらあの怖い人間たちに捕まったんだ」
「そうか。ひどいことしやがるな」
見たところ真貴耶はまだ小さい。こんな子猫を捕まえるとは……。
「ん?」
何かが刹那の中で引っかかった。何か、目の前の事象に違和感があったのだ。
目の前にいる真貴耶は子猫で、猫又……いや、それはおかしい。確か、猫又は何年も生きた猫がなるはずでは。
「真貴耶、ちょっと聞きたいんだけど?」
「なに?」
「真貴耶って今いくつ?」
「一歳だよ」
「一歳?それなのに、猫又なの?」
「?何歳でも猫又だよ?」
真貴耶は首をかしげている。何歳でも猫又?どういうことだろう?
「猫又って何年も生きてからなるものじゃないの?」
「違うよ、僕の村だと生まれた時からみんな猫又だよ」
「そうなのかッ?」
生まれた時から全員が猫又。そんな村が実在するのか。
その真実に混乱しそうになりながら、刹那はなんとか思考を落ち着けた。確かに猫又の村の存在は衝撃的だが、今はそれどころではない。ここを脱出するのが先だ。