第百三十七話 山賊の頭領
頭領と呼ばれた男はもみあげと髭がつながっており、髪もボサボサの伸び放題。身長は百七十センチほどで、腹が出ており、ガッシリとした体型のその姿は熊か何かと間違えてしまうのではないかと思える風貌だ。彼を人間と判断するための要素と言えば、肩に乗せるように抱えられた巨大な棍棒の存在。それでようやく彼が道具を使う人間だと理解できる。
「遅いと思って見に来てみれば、コイツはどうなってやがる?」
周りには自分の部下たちの気絶した姿。説明を求めて頭領が部下の一人を見ると、彼は罰が悪そうに下を向いてボソボソと答えた。
「みんなアイツにやられました」
指差す先にいるのはもちろん刹那。それを聞いた頭領が不躾な視線を刹那に向ける。
「一人じゃねぇか!お前ら、あんなのに負けたのか?」
――むっ。あんなのとは失礼な
「頭領、アイツタダ者じゃないんすよ!」
「うるせぇ!情けねぇ声出してんじゃねぇぞ!」
弱音を吐いた山賊を頭領が一喝すると相手はすぐに黙ってしまう。いつもこうやって力づくで押さえつけているのだろう。
「しかたねぇ、俺がやるか」
頭領がこちらに体を向け、突っ込んできた!だが、決して早くはない。避けることは難しくないはずだ。
「うおォォォ!」
獣の咆哮の様な雄たけびをあげて、自分の身の丈ほどもある棍棒を振り上げる。その大きさと迫力に一瞬刹那の動きが鈍ってしまう。
「避けろ刹那!」
「――ッ!」
円の声に我を取り戻し後ろに跳んだ。顔のすぐ前を棍棒が掠める。そして、それはそのまま地面に衝突。
巨大な破砕音――
見れば地面が丸く凹み、強大な力でえぐられたようになっている。神威を握る手に汗をかく。危なかった、こんなのを受けたらただでは済まなかっただろう。
「ちっ、避けやがったか」
「なんつぅ馬鹿力だよ」
この力も脅威だが、聞いた話によれば炎も操るという。なかなかに厄介な相手だ。
「刹那、距離を取れ!俺が援護してやる!」
円の助言に合わせ、刹那が数歩下がる。その横に並ぶようにして円が前に出た。
「なんだ?喋る猫か?兄ちゃん、不思議なもん飼ってんな。いや、そいつはもしかして……」
頭領が何やら思案するように一人でブツブツ喋っている。と、答えが出たのか、ニヤリと笑うと視線を円に向けた。
「よし、燃えろ」
「――ッ!」
頭領が刹那を指差すと、その空間から突如炎が噴き出した。咄嗟に身を引いたおかげで、刹那はなんとか燃えずに済んだ。だが、この感覚は……。
「それが貴様の炎か?陳腐だな」
円の瞳が真紅に染まる。そして――
「燃えろ」
頭領の目の前、数歩先の所から火柱が上がる。
「ふん、これが本物の炎というやつだ」
火柱が消えた後、その場に立ち尽くす頭領に向けてそう言い放つと、円は相手に背を向けた。今の一撃で戦意を喪失させたことが出来たと考えたのだろう。しかし、荒くれ者の山賊たちをまとめる男の胆力はそこまで軟ではなかった。
「おぉ、やるじゃねぇか」
足元の焦げた地面を足でこすりながら頭領が笑う。そして、何かを確信したかのように頷くと、円に視線を向けた。
「お前、猫又だな?」
「だからどうした?」
相手が油断ならないと判断したのか円の声に多少緊張の色が見える。
刹那はこの二人の会話に違和感を覚えていた。この男、どうしてすぐに円が猫又だと分かった?炎を操るにしても、円は見た目はただの猫だ。それなのに一発で当てるとは。
「尻尾が一本しかねぇから分からなかったがな」
「ふん、それを今から後悔しろ」
再び円の瞳が真紅に染まる。
「おっと、そうはさせねぇよ。燃えろ」
頭領が円を指差すと同時に円の方からも炎が噴き出した。二つの炎が音を立ててぶつかり合う。
「最初は気付かなかったが、そうか、お前、出来損ないだな?」
「――ッ!」
頭領の言葉に円が揺らいだ。その瞬間、頭領側の炎が勢いを増し、円の炎を包み込んでしまう。
「円!」
「やっぱりな。なに、気にするこたぁねぇよ、俺は差別しねぇからよ」
頭領が下卑た笑いを浮かべる。円は一点を見つめたまま動かなくなってしまう。
「円?おい、お前何したんだよ!」
「うるせぇよ。お前は寝てろ」
「――ッ?」
次の瞬間、刹那の頭に何かが直撃した。
頭に広がる鈍痛。そして視界の暗転。
刹那の意識はそこで途切れてしまった。