第百三十六話 山賊なんて怖くない
刹那たちが雷たちと別れて三日が経った。雷たちのおかげでかなり黄夜に近づくことは出来たが、それでもまだ距離はある。雷たちと別れた時に用意した食料もそろそろ底をついてしまうため、刹那たちは今、途中にあった村で黄夜までの食料の買い出しを行っていた。
「あ~、あとその干し肉と塩もください」
「あいよ」
刹那が指定した品物を老年の男が手際よく袋に詰めていく。
「お兄さん、ここらじゃ見ない顔だが、旅の人かい?」
「はい、いろんな所を旅してまわってるんですよ」
刹那が愛想よく答える。彼の長所はこの人当たりの良さだろう。
「そうかい。若いってのはいいねぇ。次はどこまで行くんだい?」
「とりあえず黄夜まで行こうかと思ってます」
その言葉を聞いた瞬間、店主の手が止まった。顔は青ざめて、その表情は何か恐ろしいものを見たような、信じられないといった顔だ。
「悪いことは言わない。それは止めた方がいい」
「え?なんでですか?」
「ここから黄夜までは山を一つ越えていくしかないんだが、そこに山賊が出るんだ」
「山賊?あぁ、それくらいなら大丈夫ですよ。俺、結構強いんで」
主人が神妙な顔つきをするので心配したが、山賊ぐらいなら問題はない。なにせ、つい先日まで海賊と一緒に旅をしていたのだから。それに、その類の賊の撃退ならもう経験済みだ。
「そこらのとはわけが違うんだよ。聞いた話だが、その山賊たちの頭領は自在に炎を操るらしい」
主人の言葉に傍で寝転んでいた円が反応する。どうやら、炎を操る、という部分に興味がわいたようだ。
「なんでも、腕を振るうだけで自在に炎を出すらしいんだ。この村の者でも何人かそれを見た者がいるんだよ」
主人が身振りを交えながら熱弁する。
「そりゃすごいや。そんなことされたら流石に敵わないですね」
一緒に旅をしていたのが円以外なら刹那も恐怖を感じたかもしれない。だが、円と共に居れば、そんな現象は見慣れている。はっきり真新しさに欠ける。及第点もあげられない。
「ああ。だから、アンタもあの山に行くのは止めた方がいい」
「ん~、せっかくのご忠告だけど、どうしても黄夜に行かなきゃいけないんで」
それから主人は刹那にしつこく忠告を繰り返したが結局刹那が折れることはなかった。
「そこまで意思が固いなら仕方がない。じゃあ、これは餞別だ」
そう言うと、店主は干し肉を余分に一つ袋に入れてくれた。
「せいぜい山賊に遭わないように気をつけてな」
「ありがとう、じゃあ、行ってきます」
黄夜へと続く山道はそれほど険しいものではなかった。キチンとした道というわけでもないが、人の往来が出来るように作られていたため歩きやすく、道が分岐するということも無いので、道なりにまっすぐ進んでいけば良いだけだ。
「山賊とか言ってたけど、特に何も出てこないな」
「あぁ、そうだな。出来れば一度お目にかかってみたかったんだがな」
「あの炎を操るって山賊の頭領にか?」
円が興味を惹かれる部分と言えばそこしかないだろう。案の定、円は刹那の顔を見上げると、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。
「あぁ。俺の炎とどちらが上か試してみたかった。なんならお前も混ざるか?紅煉があっただろう?」
「いや、遠慮しとくよ」
人一倍気位の高い円のことだ。自慢の炎に関わるとなればめんどくさいことになるに違いない。それは勘弁だ。
そんなことを話しながら刹那たちは山道を進んで行った。そして、それから三十分ほど歩いたところで休むのにちょうどよさそうな木陰を見つけた。
「ここら辺で休憩にしようぜ」
刹那は適当な石に腰を下ろすと、先ほど店で購入した干し肉を出して頬張った。
「ほら、円」
刹那が干し肉を差し出すが、円の反応がない。
「円?」
「あ、すまん」
その言葉に我に返ったのか、やっと円が干し肉を受け取った。だが、なかなか口をつけようとしない。
「食欲ないのか円?じゃあ、俺はおじさんにおまけしてもらった分も食べちゃおっと」
「へぇ、おまけしてもらったんだ。じゃあ俺らにも分けてよ」
「――ッ?」
いつから集まってきていたのだろうか。刹那の後ろに一人の男が立っていた。いや、一人ではない。彼の後ろの木陰からぞろぞろと男たちが現れる。皆ボロボロの服で、片手には片手持ちの剣を持っている。どうやら、噂をすれば何とやらと言うやつだ。
「お兄さん、悪いんだけどさ、俺ら金欠なんだわ。だから身ぐるみ剥いで置いてってよ?」
それを聞いた他の山賊たちが笑い声をあげる。やれやれ、なぜこういった類のやつらというのは同じことしか言わないのか。
「断るって言ったら?」
「断るぅ?そんなこと言うと、こうなっちまうぞぉッ?」
山賊が剣を振り上げた。だが、その剣が振り下ろされるより早く、神威が男の腹を捉える。
「ウッ」
「峰打ちだ」
仲間が倒れたのを見て、他の山賊たちがざわめきだす。
「てめぇ!」
もともと血の気の多い連中なのだろう。相手の力量も考えず、ご丁寧に正面から刹那に襲い掛かった。もちろん、刹那が負けるわけもなく……
「く、くそっ」
同時に襲い掛かってきた三人を撃破し、相手は残り二人。その二人も目の前の惨状を目の当たりにして逃げ腰になっている。
「お前行けよ!」
「あぁ?俺に命令するんじゃねぇよ!」
ついには仲間割れを始める始末。これでは彼らが地面に倒れるのも時間の問題だろう。
と、その状況が一つの声で一変する。
「お前ら、何やってるんだ?」
その声の方へと視線を向ければ新たな男の影。
「頭領!」
山賊の一人の顔が希望を見出したように明るくなる。
「頭領……」
この男が山賊の頭領。では、この男が炎を操るという……。