第百三十一話 幽霊の正体
刹那が幽霊の正体に気付いた頃、円は部屋で一人、自らの戦果を噛み締めていた。
「くくく、ふふふふふ。ハハハハハ。驚き過ぎだろう?」
思った以上の成果だ。あの叫び声と顔、計画は大成功と言える。
刹那を脅かすことに成功した円はベッドの上で笑い転げている。よく見ればすぐに自分だと分かっただろうに、刹那はよほど動揺していたに違いない。
「それにしても、くっ、だ、ダメだ。たまらんっブフッ」
刹那のあの反応、何度思い出しても笑えてくる。わざわざ道具をそろえてやった甲斐があったというものだ。
やりすぎたのではないか、などという反省の色は全くない。いつも刹那には迷惑をかけられているのだ。これくらいの役得があってもいいではないか。
「いや~、次は何をして――ッ!」
船体全体を揺らすような衝撃。
激しい揺れが円を現実に引き戻す。今のはなんだ?海が荒れているのか?
不測の事態においても円は冷静だった。このような場合、まずは状況確認が最優先だ。
部屋を飛び出し、外へと走る円。その先では同じように何人かの船員が外へ飛び出し、状況の確認に努めていた。だが、あまりの揺れのため皆立つことが出来ず、膝をついた状態で周りを見回すばかりだ。
「――ッ!あれは!刹那!」
刹那の姿を見つけその傍へと駆け寄る。足場が悪いと言ってもそこは猫。スイスイとまではいかないが、比較的早く刹那の元へとたどり着く。
「刹那、どうした?何があった?」
「あ、円!俺にもよく分かんねぇ。いきなり船が揺れ出して。だけど、海は穏やからしいんだ。何が起きてるんだろ?」
「ふむ……。ん?おい、それは雷か?」
刹那の影に隠れるようにして甲板の端から外へ顔を出してるのは間違いない、雷だ。
「あ、あぁ。なんか、この揺れで酔っちまったみたいで……」
「ハァ~。何をやってるんだ」
「全くだよ。この船長は」
その声に振り返ると、そこには律夏の姿があった。この揺れの中、彼女はきちんと両足を付き、真っ直ぐに立っている。
「雷、いつまでウダウダやってんだよ。早くみんなに指示を出しな!」
「り、律夏、悪いけど、俺、無理。お前がやっといてくれ……」
振り返った雷の顔は青白く、どう見ても指示を出せるような状態ではない。それを一目見て理解したのか、律夏がため息ひとつで周りを見回した。
「何やってんだいヤロウ共!しっかりしな!見張りは状況確認!それ以外の奴は荷物が海に落っこちないように中に運び込め!ほらグズグズするな!」
彼女のその一言に活を入れられたのか、先程まで慌てるだけだった船員たちが一斉に動き出した。律夏はそれに満足したのか、彼らの動きに細かい注意を付け加えている。
「流石だな、女傑と言ったところか」
「ふふ、まあな。わが海賊団が誇る有能な副長だからな」
「雷、いいから早く全部戻しちゃいなよ」
雷が再び吐しゃ作業に戻る。これでは誰が船長か分かったもんじゃない。
「刹那、俺たちも手伝いに行くぞ」
「え?あぁ、雷一人で大丈夫?」
「ふ、愚問だな。自慢じゃないが俺は船酔いの玄人だ。これくらいの揺れ、何ともないぜ」
「だったら酔わないようにしろ」
その冷たい言葉だけを残して刹那と円は船員たちの手伝いへとまわった。刹那は船員たちと協力して重い荷物などを運び、円は咥えて運べる程度の物を船内へと持っていく。
もともと船員たちの手際が良いのと、律夏による的確な指示のおかげで、荷物はすぐに全てが船内へと運び込まれた。
と、それとほぼ同時に船にも変化が訪れた。
「揺れが、止まった?」
先ほどまでの激しい揺れが嘘のように、今、船は驚くほど落ちついている。
「なんだよ、これなら運び込む必要なかったよな?」
船員の一人が冗談めかしてそう言うと、それが徐々に波及していき、その場にいた船員たちが皆一斉に笑い始めた。
「まったく、賑やかな連中だな」
「いいじゃねぇか。こういうのもさ」
その光景を見て、円が呆れながら胸を撫で下ろそうとしていたその時――
「ヒッ、うわぁぁぁぁ!」
その場の空気をぶち壊す一人の船員の叫び声が暗闇に響いた。