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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百二十九話 こ、怖くなんてないしッ!

「そこでアタシは聞いたのさ、『誰かいるのか?』って、だけど返事は返ってこない。気になったアタシはドアを開けて中を見た。そこには……」


 夜。何の娯楽もない船の上で船員たちの暇つぶしとして行われていたのはたった一つの光源を囲んでの怪談話であった。


「ふむ、なかなか面白い話だ」


 船員たちと共に怪談話に耳を傾けている円。猫又が怪談話を聞いているというのもなかなか面白い光景である。


「たまにはこういったものも良いものだな刹那。ん?刹那?」


 円が振り返るとそこには耳をふさぎ小さくなっている刹那の姿があった。円が自分の方を向いているのに気付いた刹那は耳をふさぐのを止め、弱弱しい視線を円の方へ送る。


「何か言ったか円?」

「たまにはこういうのも良いと言ったんだが……刹那、お前、まさか怖いのか?」


 その言葉を聞いた瞬間、刹那の目がカッと見開かれる。


「は?怖い?俺がッ?なんでッ?」

「い、いや、耳をふさいで聞かないようにしていたようだったからな。こういう類の話は苦手なのかと」


 そのあまりの剣幕に流石の円も少したじろいでしまう。


「苦手?馬鹿言うなよ。俺が苦手なのはお前の小言と難しい話だけだぜ?」


 そう言ってふんぞり返る刹那だが、円は見逃さなかった。大して揺れていないにもかかわらず刹那の足がガタガタと震えていることに。


「さてと、じゃあ次は俺の番だな」


 律夏が話し終えると、次に出てきたのは船酔い船長雷だった。昼間はあれほど悪かった顔色も今はずいぶん良くなって、心なしか今はウキウキしているようにすら見えてしまう。


「俺たちが今通ってるこの海域、船が行方不明になったって話があるが、実はその原因を俺は知ってるんだ」


 そこで一呼吸おいて雷が周りを見回す。息を呑む者、半笑いの者、そして耳を塞ごうとした両手を相棒の猫に抑えられている者、様々な姿がそこにはある。


「海の祟りとか言うやつも中にはいる。だけどな、本当は違う。今から百年前、この辺りを荒らし回ってる海賊団がいたんだ。みんな人を平気で殺すような極悪人さ。その中でも船長を務めていた男はそれは残虐で、襲った船に乗ってるやつらは絶対に生きて返さなかった。もちろん、女子供でも決して容赦なしだ。そんでな、その船長が最も好きなことが、捕まえた相手を甲板の端に立たせて、皮を生きたまま剥いで、それを一枚一枚海に投げ捨てていくことなんだよ。剥がれてる方は塩の混じった海風で激痛が走り、海に捨てた皮に着いた血に誘われてサメが集まってくる。そんで、皮を全て剥ぎ終わると、最後には海に落としちまうのさ」


 雷の皮を剥ぐ動きに皆息を呑む。


「だけど、そんな船長にもついに天罰が下る。海賊たちに家族を殺された人たちが一致団結して、海賊たちを一網打尽にしたんだ。流石の海賊も数で押されちゃ勝ち目がない。自分の仲間が次々に捕まる中、船長は応戦し続けた。そして最後に残ったのは船長だけになったんだ。船長は甲板の端まで逃げた。そこはいつも自分が捕まえた奴らの皮を剥いでた場所だ。後ろは海、もうみんな完全に追い詰めたと思ってた。だけどな、そこで船長はある行動に出るのさ。なんと、船長は自分で自分の皮を剥ぎ始めたんだ」

「ヒィッ」


 刹那が周りに聞こえないくらいの小さな声を漏らし、円はそれをニヤニヤしながら聞いていた。


「一枚、二枚、次々に船長が皮を剥いでいく。そして、最後の一枚を剥ぎ終わると、船長は自分から海に飛び込んだんだ。船の周りは船長の血で集まったサメがうようよ。助かるはずがない。これで終わったんだ、そう誰もが思ったのさ。だけどな、終わりじゃなかった。船長が海に飛び込んでから数日したある日の夜、一隻の船がそこを通りかかった。船員たちは船旅で疲れてたんだろう、見張りを残してみんな寝静まってた。するとな、部屋の外から妙な音が聞こえ始めたのさ。トン、トンって言う音とピチャピチャって音。誰かの足音にしては少しおかしい。まるでずぶ濡れになった奴が歩いてるみたいな音だ。んで、その音に目を覚ました一人の船員がいた。そいつは最初あまり気にしてなかったんだが、段々とその音が近づくにつれて不気味に感じてきた。早く通り過ぎろ、早く通り過ぎろ、って何度も心の中で唱えた。すると、突然その音が聞こえなくなった。不思議に感じた船員が部屋のドアを開けて確かめると、そこには血だらけの男が立っていてこう言ったのさ……」


 雷が一瞬間を置き、下を俯いた。

 そして、顔を起こした瞬間――


「お前の皮をよこせぇぇぇ!」

「うぎゃぁぁぁ!」


 その絶叫と共に刹那は両手で顔を抑えて蹲ってしまった。その姿に、先程までシンッとしていた船員たちが一斉に噴き出す。


「刹那、そんなに怖かったのかよ?」


 腹を抱えて笑っていた雷が涙をこらえながら刹那に尋ねる。


「こ、怖いわけないだろうが!」

「あ、後ろに真っ赤な――」

「ぎゃぁぁぁ!」


 刹那が飛び上がり律夏に抱き着いた。律夏は刹那を振りほどくことはせず、笑いながら彼の頭を撫でてやる。


「雷、それくらいにしといてやりなよ。怯えてるじゃないか」

「いや~、悪い悪い。まさかここまでビビるとは思ってなかったからよ。それにしても、ホントにこの手の話がダメなんだな、刹那」

「う、うるさい!」


 少し落ち着いてきたのか、刹那は慌てて律夏から体を離すと雷を睨みつけた。


「さて、そろそろお開きにするか。これ以上続けるとお漏らししちゃうかもしれないやつもいるしな」


 そう言って視線を送ってくる雷を刹那は再び睨みつけた。しかし、雷は全く動じる気配もなく、それどころか皮を剥ぐ動作を返している。


 * * *


 怪談が終わった後、刹那と円はある部屋に案内された。そこはベッドが一つだけあり、よく言えば小奇麗、悪く言えば何もない部屋だった。限られた船の中で普通は個別の部屋など与えられないのだが、刹那たちは客人と言うことで特別に部屋を宛がわれたのだ。


「こんな部屋でわりぃな」

「いや、ありがたく使わせてもらうよ」


 他の船員が皆数人で一つの部屋を使っているのを思えばこれ以上の贅沢は言えない。何かあったら言ってくれと言い残していった雷に礼を述べ、刹那はベッドに転がった。


「刹那、俺は少し散歩してくる」

「ん?おぉ、分かった。ドアは開けとくよ」


 円が部屋から出て行ったのを確認した刹那はドアを少しだけ開けて再びベッドに転がった。最初はキツかったが、今ではこの揺れが睡魔を誘ってくれるほどに慣れてきた。


「ふぁ~」


 欠伸をして目を閉じる。聞こえてくるのは船にあたる潮の音だけ。静かなものだ。これならすぐに寝られそうだ。

 そう考えていた刹那の耳にある音が飛びこんできたのは、それからすぐのことだった。


 トンッ、トンッ


 誰かの足音。まだ誰か起きているのか。


 ピチャ、ピチャ


 水の滴るような音。まさか――

 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。あるはずがない。あんなの作り話だ。

 だが、足音は確実に近づいてくる。


 来るな、来るな、来るな、来るな――


 段々と近づいてくる足音が急に止まった。と、部屋のドアがゆっくりと開く音がする。

 ウソだろ?入ってきたッ?

 刹那は顔を隠すようにドアから反対の方向へ寝返りを打った。だが、足音はドンドン近づいてくる。そして、ついにその音が刹那の背後まで迫った。

 背後のベッドが重さで沈む。ベッドに乗ってきたのだ。

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