第百二十七話 大海原へ
雷と刹那が熱い抱擁を交わした次の日、天気は快晴、海も穏やかで、まさに絶好の出航日和となった。
「さて、いよいよ出発か」
「刹那、本当にあの船に乗るのか?」
そう言った円の顔はどこか不安そうだ。何か思うところがあるのだろうか。
「なんか気になることでもあるのか?」
「いや、別にそこまでのことではないんだが、あの船長、少々頼りなくはないか?」
「雷は良い人じゃん」
「いや、まあ気の良い人物であることに異論はないんだが、それが指揮を執る人間に向いているかと言うと……」
要するに円は雷が指揮する船が不安なのだ。
いや、もしかすると……
「円、海怖いの?」
「なぜそうなる?」
刹那を睨みつける円だが、刹那はそれに怯む様子もなくニヤニヤ笑いながら円を見下ろしている。
「いや、いいって。誰しも怖いものはあるさ。たとえそれが誇り高い猫又さんでもな~」
「お前、燃やされたいのか?」
そんないつもの憎まれ口をたたき合いながら刹那たちが波止場まで向かうと、そこには巨大な帆を広げた轟海丸の姿があった。
「よう刹那、来たか。丁度呼びに行こうと思ってたんだ」
船の上から刹那に声をかけてきたのは話題の人、雷だ。左目に着けた眼帯と、おや?何か頭に被っているようだが?あれはなんだろう?
「雷、その帽子何?」
雷の頭に乗っている帽子は何やら不思議な形をしていた。全体が黒で統一され、真ん中が盛り上がり、その中央にはなぜか雷を背景に髑髏のマークがついている。
「あぁ?これか?これはな、海の男の証なのさ。そんなことより早く乗りな、出発するぜ」
刹那たちが船に乗り込むと、そこでは雷をはじめ、律夏などの船員が勢ぞろいしていた。その光景に刹那が少し驚いていると、雷が一歩前へ出て恭しく頭を下げる。
「ようこそ刹那、わが船へ。改めて挨拶させてもらおう。雷海の海賊団船長、雷だ。これより、俺含め、船員十八名、雷海の名に懸けて君をあの海の彼方まで案内しよう」
そう言って雷が彼方の海を指差した。ん?海賊団?
「あの、雷、ちょっといい?今海賊団って言わなかった?」
海賊団、記憶喪失の刹那の記憶によれば、それはあまり柄の良い集団とは言えない。人々から略奪を繰り返す恐るべき集団だったと思うのだが。しかし、雷や律夏からはそんな印象は受けない。他の船員もそうだ。みんな気の良い人たちばかりに思える。自分の見る目がないだけだろうか。
「あぁ、言ったよ。俺たちは海賊だ」
「そんな」
自分は厄介な相手に頼みごとをしてしまったのだろうか?もしかして、自分を向こうに渡す代わりに莫大な金銭を要求されるのか。払えないと言ったら?捕まって奴隷のような生活が待っているのか。
刹那の頭の中に良くない想像が次々に浮かんでくる。その顔色を見て雷がなぜか笑い出した。
「刹那、もしかして、俺らをおっかない海賊だと思ってないか?」
その問いに刹那はゆっくりと頷いた。相手の出方が分からない以上、慎重な行動を心掛けなければならない。
「そいつは勘違いだぜ?俺たちは確かに海賊だが、弱い者からは奪わない。それこそ、一般人を襲ったりはしねぇよ。俺らが狙うのは、俺らとご同業の海賊だけだ」
「へ?そうなの?」
驚いた。海賊と言うのは誰彼かまわず襲いかかる人種だと思っていた。
「俺らが海賊やってるのは奪うためじゃねぇ。まだ見ぬお宝を探し出すのに海賊ってのが一番都合が良いからそう名乗ってんのさ。だから、無暗やたらに奪ったりはしねぇよ」
「そうなんだ」
それを聞いて安心した。
「刹那、よく見てごらんよ。コイツの顔がそんな悪人に見える?どう見てもただの間抜けのお人よしでしょうが。なぁみんなッ?」
律夏がそう言って辺りを見回すと他の船員たちが口々に「そうだそうだ」「ちっとも怖くねぇよ」などと返している。彼らの表情はどれもとても愉快そうだ。
「うるせぇぞてめぇら!」
笑いものにされて黙っていられないのか、雷が声を張り上げる。なるほど、言葉は変かもしれないが、この人たちが悪い海賊ではないというのは確かにその通りかもしれない。
「うぉっほん。邪魔が入ったが、それで刹那、どうする?俺らは海賊だが、それでも俺らと一緒に海を渡るか?」
刹那の顔を覗き込みながら雷が訪ねてくる。聞かれるまでもない、その答えは――
「もちろん!」
「良い返事だ兄弟!よしヤロウ共!出航だ!」
「「「アイアイキャプテン!」」」
こうして、刹那と円は彼ら雷海の海賊団と共に出発した。目指すは黄夜のある彼方の陸地だ。