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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
125/180

第百二十五話 海の男

 でけぇ。

 店に入ってきたのは身長が百九十はあろうかという長身の男だった。見た目は二十代後半、体はスラッとしており、短くまとめられた黒髪がサラサラと風に揺れている。左目には眼帯をしているが、目でも悪いのだろうか?


「で、なんの騒ぎだ?」


 長身の男が辺りを見回しながら訪ねる。だが誰も答えようとしない。その光景に痺れを切らしたのか、長身の男は「オヤジ!」と叫ぶと店の奥へ視線を送った。その先にいたのはどうやらこの店の主人らしい、エプロンで手を拭きながら気怠そうに口を開いた。


「ちょっとした喧嘩だよ。いつものことだ」


 その答えが予想通りだったのか、男はこれ見よがしにため息をつくと再びあたりを見回した。


「まったく、飽きもせずによくやるよ」


 男はそう言いながら奥のカウンターへと進んで行く。その進行方向に立っていた屈強な男たちは皆黙って道を開ける。どうやら、この男に皆頭が上がらないらしい。


「兄ちゃん、ここ空いてるかい?」

「あ、大丈夫っすよ」


 長身の男が刹那の右隣に腰掛ける。そして、店の主人に「いつもの」と注文を出した。刹那は相手に感づかれないようにさりげなく長身の男を観察した。左目の眼帯以外に特に変わったところはなく、腕と脚はスラッと伸びており、失礼だがあまり力仕事に向いているとは思えない。なぜこの店の男たちは彼に遠慮しているのだろうか。


「俺の顔に何かついてるか?」


「え?あ、すいません、なんでもないです」


 驚いた。出来るだけ目立たないように見たつもりだったが、バレていたらしい。左目が眼帯で隠れているからこちらの方は見えないと思っていたのだが、気配を感じ取られたのだろうか。

 そうこうしている間に刹那と長身の男の前に料理が運ばれてきた。刹那の顔ほどはあろうかと言う魚をまるまる一匹焼いただけのシンプルな料理。偶然にも彼らの前に運ばれてきたのはは全く同じものだった。


「「いただきます」」


ほぼ二人同時にその料理に手を付ける。一口その料理を口に運んだ瞬間、これまた同時に二人が口を開く。


「「うめぇ!……ん?」」


 二人の視線が交差する。そして、先に口を開いたのは長身の男だった。


「兄ちゃんもこの料理が気に入ったのか?」

「そうっすね。これ結構歯ごたえがあって、だけど噛んでると旨味が出てきて、何と言っても塩加減が絶妙ですよ」


 その言葉を聞いた男の目が見開かれる。何かまずいことを言っただろうか。


「分かってる!兄ちゃん!アンタ分かってるぜ!」


 男は刹那の両手を取って嬉しそうに笑う。


「兄ちゃん、見ない顔だが外の人かい?」

「旅の途中で、今日ここに来ました」

「そうかい。初めてでコイツの良さが分かるたぁ、アンタ、通だな!」


 そこまで言われれば悪い気はしない。お調子者の刹那は「いや~」などと照れ隠しをしている。


「まあ、俺もいろんな所に行っていろんなもんを食ってきましたから。舌にはある程度自身がありますけどね」などと返している。

 この料理はまずいことで有名で、この港町でこの料理を頼むのはこの長身の男以外には滅多にいないということを刹那は知らない。そして、その場にいた誰もがそれを教えることはしなかった。


 この一件から意気投合した二人は世間話に花を咲かせることとなる。男の名は(らい)と言い、船の船長をしているという。


「旅の途中か。刹那、どこに行くんだ?」


 いつの間にか刹那のことを呼び捨てにするようになっていた雷は、グラスに注いだ酒をチビチビと口に運びながら刹那に尋ねた。


「こっから海を渡って黄夜の方に行こうと思ってます」


 刹那のその言葉に、雷だけではなく、周りの屈強な男たちも驚き、どよめき出した。


「刹那、海を渡るつもりか?」

「はい。定期的に行き来してる船があるって聞いて来たんですけど、今はやってないみたいで。なんか、船が行方不明になってるとか」

「そこまで聞いてるか。そうだ、まともな神経のあるやつならそんな所に近づこうとはは思わない。せいぜいが近場でうろつく位さ」

「そうっすか。困ったな」


 それでは黄夜に行く手段がない。行方不明の原因が分かるまでは船が出ないというし、山の土砂崩れが解消するのを待つしかないのだろうか。


「ま、それは普通の奴らの話さ。俺は違う」

「え?」

「俺なら、そんな噂なんざ怖くねぇ」

「じゃ、じゃあ、黄夜まで行くことが出来るんですか?」

「あ?」


 なぜか雷の顔が険しくなる。何か失礼なこと言ったのだろうか。


「刹那、今、出来れば(・・・・)って言ったが、それは何か?俺じゃあ行けないって言ってんのか?」

「あ、いや、そう言うわけじゃ」


 あれ?なんか怒ってる?


「俺に越えられない海は無い!」


 雷は立ち上がると刹那をビッと指差した。


「いいだろう。刹那、俺が黄夜でもどこでも連れてってやる」

「ホントですかッ?」

「海の男に二言はねぇよ」


 雷はそう言うとカウンターに置かれたグラスを一気に傾けた。


 かっこいい――


「ゲホッ、エホッ、オェッ」


 かっこ悪い……


 どうにも締まらない海の男である。

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