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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百十六話 彼女の秘密

「そこまで気を落とすことも無いだろう?」

「いいんだ。もう放っておいてくれ」


 円が励まし、刹那がそれを拒絶する。そんなことを二人はかれこれ五回は繰り返している。なぜこのようなことになったのか。

 夕食を終えた刹那は部屋に戻ってくるとすぐにベッドに倒れ込みそのままピクリとも動こうとしなかった。

 不思議に思った円が何があったのか尋ねると、刹那の口から出てきたのは久遠氏と雪がどれほど仲睦まじく食事をしていたのかという刹那の主観交じりまくりの感想だった。


「女なんて世の中に星の数ほどいるんだ。別に彼女だけじゃない」

「雪さんは特別だよ」

「それは一時の想いと言うやつだ。少し時間が空けば……」

「いいや!そんなんじゃないね!」


 ずっとこの調子である。いつもは刹那のことを小ばかにする円だが、ここまで思いきり沈んでいると流石に励まさざるを得ない。


「道化だよな、ははは。入る余地なんてないのにさ、一人で舞い上がってよ。笑ってくれよ」

「まあその……なんだ、初恋と言うものは得てして実らないものだぞ?」

「そんなもんなのかなぁ?」

「そういうものだ。だから、お前もあまり深く考え込むな」

「う~ん」


 刹那の単純な性格を逆手に取った強引な説得が功をそうしたのか、刹那は少しずつ元気を取り戻しつつあった。


「それに、あの二人が仲睦まじいのは無理もない。こうやって暮らしていくのにもいろいろな苦労があっただろうからな。苦楽を共にした相手と言うのは特別なものだ」

「その言い方、何か知ってるのか?」

「まあな」


 円の言葉に興味を惹かれ、刹那は先ほどまでの失恋の傷心もなんのその、すぐに円に飛びついた。そんな刹那を見ながら、円は含みのある笑みを浮かべている。これは意地悪な笑顔だ。


「勿体ぶらずに教えてくれよ」

「そんなに知りたいか?」

「知りたい」

「では、三回まわってワンと――」

「怒るぞ?」


 刹那に睨まれ、そろそろからかうのを止めるかと円が一呼吸置いた。そして、その顔が真面目なものになる。


「あの雪という女性、彼女は蝋人間(ろうにんげん)だ」

「蝋人間?」


 初めて聞く単語だ。人種のことだろうか?


「蝋人間はその名のとおり、体が蝋に似た成分で出来ている人間のことだ。彼らがどういう経緯で生まれてきたのかは分かっていないが、体が蝋で出来ているだけで、普通の人間となんら変わらない。普通の人間と結婚して子供を作ることもできる。だが、蝋人間は蝋人間からしか生まれない。そういうこともあって、蝋人間の数は普通の人間に比べて極めて少ないんだが、それに加えて、彼らのある特徴が彼ら自身の数を減らすのを助長しているんだ」

「特徴?」

「あぁ、蝋人間の体は火の付きが良くてな、それゆえ、彼らは燃料(・・)として扱われ乱獲されてきた。爪だけでも相当に高価で、腕などの体の部位は数万から数十万で取引され、多くの蝋人間が私欲を満たそうとする人間の犠牲になった」

「燃やすって、マジかよ?蝋人間って言ったって、人間と同じように心があるんだろ?それを燃やすのかよ?」

「それが人間の恐ろしい所だ。いくら心が痛むと言っても、慣れてしまえば関係ない。熱効率の良い燃料は誰だって喉から手が出るほど欲しいだろうからな」


 信じられないがそうなのかもしれない。家畜だって殺される時は悲しい顔をするだろう。それでも酪農家の人々はそれを振り切って彼らを殺して肉にするのだ。相手が言葉をしゃべろうと、慣れてしまえば容赦なく息の根を止めることが出来るのだろう。


「燃やすだけじゃない。その金色の瞳に惚れ込み、死んでもミイラ化しないことを良いことに、彼らを収集するという悪趣味な金持ちもいた。そういった事情から、蝋人間はみるみるその数を減らしていったわけだ」

「そんな……」


 言葉が出てこない。助けを求めながら燃えていく蝋人間の姿が脳裏に浮かんだ。自分と同じように考え、言葉を発する蝋人間が炎の中に消えていく。運良くそれを免れても、待っているのは一生見世物にされる生活だ。最悪なことに、死んでもその地獄は終わらない。どちらにせよ救いがなさすぎる。


「幸いなことに人間はそういった屑ばかりじゃない。今から二年ほど前に、有志によって蝋人間の人権を認めさせる動きがあってな。その甲斐あって、蝋人間の人権が認められ、彼らは絶滅の危機を脱することが出来たんだ。だが、燃料であった彼らを同じ人間扱いすることに抵抗を覚える者も少なくはなく、人間として扱われない地域も存在する。加えて、蝋人間を求める者が後を絶たないという事情もあって、非公認の市場では未だに蝋人間が売買されているという事実もあるんだ」

「そんなことがあったのか」


 蝋人間である彼女がどういった扱いを受けてきたかは想像に難くない。おそらく、そういった経験から彼女は過度とも言える人見知りになってしまったんだろう。

 まだ出会って数時間しか経っていないが、久遠氏は彼女をとても大切にしているようだ。生まれて初めて自分に優しく手を差し伸べてくれた久遠氏は雪さんにとってかけがえのないものに違いない。そして、久遠氏にとってもそれは同じだろう。少し暗いこの家の照明は、どこも照明器具をガラスで包んで炎に触れにくいようになっている。一つ一つにガラスを取り付けるのは労力的にも財政的にも決して楽なことではない。氏がどれだけ雪さんを大事にしているのかが伝わってくる。


「……勝ち目ないな」

「そう悲観するな。今回に限ってはお前に落ち度はない。彼らの間に入ろうとするのは至難の業だ」

「なんか引っかかるんだけど?」


 今回に限って、とはどういう意味だろうか?


「細かいことは気にするな。どうせ考えたところでお前の頭じゃどうしようもないんだ。考えるだけ時間の無駄だ」


 ボロクソに言ってくれるよ、ホントに。だけど、これも円なりの優しさなのかな。


「まあ、確かに考えても仕方ないよな」


 円の厳しい言葉に励まされ、気を持ち直した刹那は気分転換にと、シャワーを浴びに行くことにしたのだった。

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