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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
115/180

第百十五話 世の中そう上手くいかない

「さてと、出て来たは良いけど、どこに行くかな」


 刹那たちの客室は屋敷の二階に位置しており、左右には同じようなドアが並んでいたことから、どうやらこの階はそういった用途で使うつもりで建てたらしかった。


 ――雪さんはどこにいるんだろう。


 円に言い当てられたのは癪だが、意地を張っても仕方がない。ここは素直に目的を果たすとしよう。


「とりあえず一階にでも降りてみるか」


 すぐ近くにあった階段で一階へ降りた刹那はまず書斎を目指した。久遠氏がいろいろな本があるからよかったら、と勧めてくれたその場所は、明確な目的地がない今の自分にはちょうど良い。それに、もしかしたら鉢合わせできるかもしれないし。


「ここかな」


 いくつかドアが並んでいる中で、久遠氏に言われた藍色の扉を見つけた刹那は、ドアノブに手をかけて扉を開けた。入った途端、古い紙とインクの独特のにおいが鼻腔を通り抜ける。

 中は刹那がいた客室を二つ繋げた位広く、壁際に所狭しと本棚が置かれ、その中にギッシリと本が詰まっていた。中央に置かれたテーブルと椅子に座ってゆっくりと本が読めるようになっており、その手の趣向の人間にはとても魅力的な場所だろう。

 しかし、


「ま、そんなに現実は甘くないか」


 本はたくさんがあるが、そこに彼の探し人はいなかった。まあ、それならそれでほかにもやることはある。


「より取り見取りだな」


 これだけたくさんあるとどれに手を付けようか悩んでしまう。


「経済の進化?いやいや、別にそんなもん興味ない。文化の遷移……ないな」


 本の種類を見るに、ここには自分に向いているものはなさそうだ。他をあたろう。

 かたっ苦しい本は問答無用で素通りしていく刹那なので、どんどんと選択肢がなくなり、本棚の奥へ奥へと進んでいくこととなった。


「言葉を操る人々……う~ん。お、これは」


 背表紙だけ見て全く手を付けなかった刹那がついに手に取った一冊。それは「大和という国」と背表紙に金で印字された本だった。

 自分は記憶が無いせいかあまり世間のことを知らない。せめて、今自分がいるこの大和とい場所のことぐらいは知っておきたい。この本は自分に丁度良いと、刹那はペラペラとページを流し読みしてみることにした。


『大和の人々は島という特性から他国との交流が限られてきたため、外界からの介入が少なく、独特の文化を保持している。そういった特性を持つためか、大和内でも文化が交じり合うことが少なく、全く異なった習慣や風習、果ては信仰などが同時に存在している。例えば、武芸者の出身地として名高い堅要には食事の「おかわり」をしてはならないという習慣がある。また、それらの影響は武具などにも及んでおり、百年前の戦乱期の資料には様々な防具に身を包んだ兵士たちの記録が残っている。

 物や文化が入り乱れる大和ではあるが、一つだけ、どの地域でも共通して聞かれる話がある。それはある日突然、特異な能力を持った人間が現れ、その地域に様々な影響を及ぼすというものである。及ぼされた影響は様々だが(その人物が村の危機を救ったというものから、その地域の人間を無差別に殺して回ったというものまで実に多岐に亘る)、そのどれにも共通するのは、その人物が人の及ばない特殊な能力を発揮していたということである。それをもって、人々はその人物を神、もしくは悪魔の化身であると位置づけ、畏怖もしくは敬意の対象としていた。

 独自の文化を持ちながらお互いに混じり合うことのない大和にとって、このように共通して聞かれる言い伝えというものは他に例がなく大変興味深い。筆者は、この言い伝えは他の文化や風習とは違い、大和が持つ独特のものであり、これが大和の誕生をひも解く重大なヒントになるのではないかと考えている。まず――』


「あの……」


 後ろから聞こえてきた声に振り返ると、そこには白い彫刻、ではなく、あの雪が立っていた。刹那と目を合わせないように下に視線を逸らしているのを見ると、どうやら人見知りというのは本当のようだ。


「あ!」


 思わず刹那が声を上げると、雪はビクンと震え、その場から離れてしまおうとする。


「――ッ!すいません、いきなり大声を出してしまって。何でしょうか?」

「あの……食事の用意が出来たので、よかったら」

「あ、わかりました。わざわざありがとうございます」


 刹那が礼を言うと、雪は俯きながらそのまま部屋を出て行ってしまおうとする。まずい、せっかくのチャンスを逃してなるものか。


「あ、あの――」

「何か?」

「その、あの……」


 雪に声をかけるがそこから先が出てこない。


「いえ、なんでも……ないです」


 さっきまで探し回っていたというのに、いざ本人を前にすると何も言えなくなってしまった。そんな自分が情けなく、刹那は思わず泣きたい気持ちになる。

 こんな姿を円に見られたら何を言われるか分からないな。

 心底円が一緒でなくてよかったと安心する刹那だった。


「ふぅ」


 とりあえず、これを元の場所に戻そう。

 読んでいた本を本棚に戻す時、刹那の目にある本が止まった。

『人体の不思議』

 何の変哲もない本だ。そう思い視線を動かした先には……。

『人の体』、『体を構成する要素』、『解剖新書』

 その他にも人の体に関する本がたくさん並んでいた。どうやら久遠氏は本と名のつくものなら見境が無いらしい。

 刹那は自分と氏の違いを実感しながら書斎を後にした。

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