第十一話 彼女の実力
「ここなら邪魔は入らないわ」
彼女に連れてこられたのは、湯山を出て少し歩いた所にある開けた草原だった。
「ホントにやるの?」
正直なところ、刹那は未だに戦う決心がついていなかった。それもそうだろう、疲れを取りに来たはずなのに何が悲しくて出会ったばかりの人間と戦わなければならないのか。ましてや相手は女性である。別に紳士を気取るわけではないが、それでも女性と傷つけあうというのはあまり気分の良いものではない。
「くどい!その腰から下げたモノは相手を切るためにあるんでしょ。さっさと抜きなさい!」
少女はそう言うと、肩に背負っていた縦長の荷物を降ろした。
「いや、切るためじゃなくて、記憶の手掛かりとして……」
「刹那、男がいつまでもウジウジ言うな」
「お前は良いよな!見てるだけだもんな!」
刹那は離れて見ている円に恨み節をぶつけて渋々神威を抜いた。
「もし怪我したら、一生円を怨んでやる」
そんな逆恨みの言葉をつぶやく刹那だが、目の前の少女の殺気からして、負ければ怪我だけで済みそうにないことは明らかだ。しかし、円への恨みで気持ちがいっぱいになっている彼に、それに気づく余裕はなかった。
「さてと」
先ほどまで荷物をいじっていた少女が立ちあがった。その手には、小柄な彼女の頭一つ分飛び抜けた長い棒状のものが握られている。その棒には所々にぐるりと一周回るようにして棘状の反しが付いている。
「なんだあれ?変な棒だな」
刹那はただ変わった棒だ、くらいにしか考えておらず、何の警戒もせずに神威を構えた。対して、それを眺める円の眼は真剣そのもので、いくらか緊張しているようだ。
「やる前に、アナタの名前を聞いておくわ。私は凛。アナタは?」
「刹那」
「そう、刹那ね。もう二度と会うこともないだろうけど、一応よろしく」
凛はそう言うと刹那に握手を求めてきた。
「よろしく」
刹那も快くその握手に応える。どうやら、彼女は喧嘩っ早いが根は良い人なのかもしれない。握手が終わり、二人が距離を取る。
「翔棍流、凛、いざ参る」
凛はその棒を構えるとまっすぐな瞳を刹那に向けてきた。もはや、彼女の眼には彼以外映っていない。
「ん?よし、俺も。え~と、神威流剣術、刹那、参る」
「刹那、お前、そんな流派だったのか?」
円がもっともな疑問を口にする。
「今作った!」
「馬鹿者!ふざけてる場合か!」
「いや~、雰囲気は大事かと思って」
刹那がそう言って円の方に視線を向けようとした瞬間、凛があっという間に間合いを詰めて手に持った棒を上から振りかぶる形で刹那に見舞った。
「うおっ」
刹那は寸での所で神威でそれを受け止め、剣術で言う所の鍔迫り合いのような形になる。
「決闘の最中によそ見するなんて、ずいぶん余裕なのね」
「いや、それほどでも」
正直、本当にそれほどではない。というか、結構無理をしている。今、刹那は予想外の凛の力に怯み少し後退しているのだ。だが、凛はその刹那の言葉を違った受け取り方をしたようだ。
「そうやって余裕でいられるのも今のうちよ」
凛が後ろに下がって再び間合いを取る。
刹那は向かいあった感触から彼女の放つ闘気が本物であると感じ取っていた。別に戦闘の経験が特段多い訳ではない……はずである。が、そんな刹那でもこの前自分が倒した盗賊たちなどとは比べ物にならないということは感じていた。本当に油断すればあっという間にやられれてしまうだろう。
「シッ」
再び間合いを詰めてきた凛は先ほどの線の攻撃から点の攻撃へと切り替えていた。容赦のない突きが刹那を襲う。攻撃の面が小さくなる分、受けることも難しくなり、そして――
「うお!」
避けたつもりの刹那だったが頬を伝う血の感触で自分が避け切れなかったことを悟った。頬から広がる鋭い痛みが緊張感を高めていく。なるほど、本体は避けることができたが、側面に付いている返しにやられたらしい。見た目以上に厄介な武器だ。
その後も止むことのない凛の猛撃を、刹那はなんとか躱しながら反撃を試みた。彼女の持つ獲物から大ぶりな攻撃は動線が読みやすく、その隙をついて小刻みに的の大きな体を狙って神威を走らせる。
だが、まるで凜は刹那の思考を読んでいるかのように攻撃を避けて見せた。武芸者の都、それは刹那が考えていた以上に大きな差なのかもしれない。
「そんな攻撃じゃ当たらないわよ!」
「そうは言われても、女の子相手だとちょっと……」
思わずそう口にした刹那だったが、別に彼はそれを言い訳にするつもりではなかった。彼女の動きから全力でいかなけれまずいと思っていたし、事実、今の刹那は本気で神威を振り回している。しかし、彼女の体がそれを見事に避けてしまうのだ。
と、突然、凛の猛攻が止んだ。
「そう……女だから……」
再び間合いを取った凛はしばらく下を俯いたと思うと、その視線だけで相手を射殺すような瞳を刹那に向けてきた。雰囲気が変わった?
「刹那、気をつけろ!」
突然円が叫んだ。刹那も凛のただならぬ雰囲気を悟って目の前の相手に集中している。凛が棒を自分の背中まで振りかぶる。
まずい、何か大技が来る――
その動きに並々ならぬものを感じ、その一挙動に集中する刹那。今の自分と凛との間合いはおよそ大股四歩分。両者の武器どちらも間合いの外と思われる。しかし、凛の纏った空気がその考えを打ち消す。次に彼女が動いた時、自分に必殺の一撃が来る、刹那は確信に近いものを感じていた。
いったい、何が来る?
空気の揺れる音ともに凛の棒が振られた。すると次の瞬間――
「――ッ!」
先ほどとは違った、空気を鋭く切る音が聞こえたかと思うと、刹那の左肩に鋭い痛みが走った。見ればいつの間にか彼の左肩の服が抉られ、そこから血が垂れている。いったい何が起こったのか?
その答えは刹那の目の前にあった。
「なんだ、ありゃ?」
刹那がそこで見たものは――




