第百八話 感情の爆発
「くっ」
「どうしたの?防ぐだけじゃ勝てないわよッ?」
状況は刹那の防戦一方。凛の怒涛の攻めに全く太刀打ちできない状態だ。
どんなに風で防いでも攻め込んでくる。いったいどうしたら?
「距離を取れ刹那!」
「――ッ!」
刹那達のすぐ近くから聞こえてきた声。この声は――
「円……」
見れば、刹那たちのすぐ近く、鉄格子で区切られた通路の向こう側から円がこちらを見ていた。交錯する視線。しかし、刹那はすぐに凜へと視線を戻した。その行動にハッキリと拒絶の色が現れている。
「刹那」
「気安く呼ぶな!」
円の方を見ずに叫ぶ刹那。その声は怒気すら孕んでいる。何があっても裏切ることのない存在。世界でただ一人であろうと考えていたその者に裏切られた事実は、刹那に悲しみよりも怒りを植え付けた。
「違う!俺は!」
「言い訳なんて聞きたくない!」
刹那は円の助言を無視して凛との距離を詰めた。それは作戦というよりも裏切り者の言う通りになることを拒んだ結果だった。
円に背を向ける形で、凛と再び鍔迫り合いの状態になる。
「誤解が解けるまで話させてあげたいんだけど、そういうわけにも、ね」
「誤解?白々しい!そうやって俺の動揺を誘おうってのか?」
目の前にいるこの相手も自分のことを嵌めようとしているんだ。その手には乗らない。
「少しは話を聞きなさいって!」
凛の攻撃が顔を掠めた。どうやら、風の防護壁も突破されてしまうなら、こちらから攻めるのみ!
「らァッ!」
まっすぐに振りかざした飛旋は、しかし空を切る音を響かせて虚しく空振りした。
「甘いッ!」
「ぐっ」
今度は掠るなどという優しいものではなく、見事に凛の攻撃が刹那の脇腹を捉えた。脇腹から広がるような鈍い痛みに飛旋を握る手が緩む。
「だから距離を取れと言っただろうが!」
円の声にも刹那は答えない。それどころか、意地になって凛との距離をますます詰めていく。
「まだまだァッ!」
「何度やっても同じよ!」
凛は刹那の攻撃をことごとく返していく。彼女自身が実力を上げたというのもあるだろう、だが、それ以上に今の刹那は動揺し、いつもの実力の半分も出せていない。
「もう終わりなの?」
肩で息をする刹那に対して、凛は傷こそたくさん作っているものの、呼吸は乱れず、その動きには一切の無駄がなかった。
「はぁはぁはぁ」
「刹那!距離を置け!今のままでは消耗するだけだぞ!」
うるさい――
「刹那!聞いているのかッ?」
うるさいうるさい――
「刹那!」
「うるさいんだよ!相棒面するな裏切り者!」
その言葉に円が黙る。そして、背後の円の気配が消えた。
「……見損なった」
凛の非難するような眼が刹那を捉える。
「だったらなんだってんだッ?そう思うなら君が円の相棒になればいいだろッ?アイツと組んでたんだ、簡単じゃないか!」
「本気で言ってるの?」
「あぁ本気さッ!」
そうだ。円は自分を裏切った。俺はアイツのことを信じていたのに。友達だと、相棒だと思っていたのに!
全部演技だった。俺の心臓を手に入れるための。俺は利用されていた。アイツに!
刹那の中の感情が爆発した。抑えきれないほどの怒りと悲しみが彼に押し寄せる。次々と湧き上がる感情に、怒れば良いのか、それとも泣けば良いのか。刹那にはただ子供のように喚き散らすことしかできない。
「……残念ね。そんなになる前の君ともう一度、出来れば全力の時の君と戦って勝ちたかった」
凛が棍を自分の方へと引き寄せ、力を溜め始めた。どうやら、大技を出すつもりらしい。今の刹那にはそれを受け切れるだけの余裕はない。
あぁ、俺はここで終わるんだ――
そんな予感が刹那の脳裏をよぎった。