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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百六話 姉の想い

 雲ひとつない澄み切った青空はまるでこの日を祝福しているようだ。闘技場に響く歓声は罪人と戦う誇り高き王族に向けられている。


「なんとか無事にこの日を迎えることが出来たな」


 王は貴賓席に腰掛け、傍らに座っている王妃に話しかけた。


「そうですね。あとは凛が勝利してくれることを祈りましょう」

「それならば問題ないだろう。アレは武道なら相当に秀でた娘だ。例え相手が誰であろうと後れを取ることはあるまい」

「それなら良いのですが……」

「自分の娘を信じなさい」


 王は国民に挨拶するために玉座から立ち上がった。その瞬間、今まで賑やかだった会場が一気に静まり返る。


「諸君、まずはこの堅要の王として諸君に謝罪したい。罪人を捕えながらもみすみす脱獄を許し、あろうことか断罪の日を遅らせてしまった。だが安心してもらいたい。我々は逆賊を再び捕らえ、今日この日に改めて罪状を決める決闘を執り行う準備が整った。今から罪人と我が王族の戦士が刃を交える。もしその戦いに罪人が勝利すれば――」


 父親の演説を、凛は控室で装備の確認をしながら聞いていた。


「相変わらず挨拶が長いんだから」

「そう言わないであげてよ。父上も王族の長として責任重大なんだから」


 靴を履きかえるために座っている凛の横で、苦笑を浮かべながら蓉が立っている。自分の代わりに戦う姉に激励を送るためだ。


「姉さん、今日戦う相手だけど……」

「あぁ、大丈夫、あれとは一回戦ったことあるから。どういう戦い方してくるかも分かってるし」


 靴ひもを結びながら凛が答える。止まることのないその手は言葉の信憑性を増している。


「そう。それなら良いんだけど」

「安心して私に任せときなさいよ」

「うん」

「さて、じゃあそろそろ行くわ」


 凛は立ち上がると、そのまま控室のドアへと向かった。


「あ、あの、姉さん」

「ん?」


 自分で声をかけたにもかかわらず、蓉は姉の視線を避けてしまった。


「いや……やっぱり、なんでもない」

「――そう。蓉、私の戦い、よく見ておいてね?」


 控室を出た凛は闘技場への暗い廊下を真っ直ぐ進んで行った。それに並ぶようにして円が歩いている。


「結局この日が来てしまったな」

「そうね。ただ、事情が変わったの。私、今日は手加減しないわ」

「そうか」


 凛の言葉にも円は動じる様子が無かった。凛としてはもっと円が驚くことを予想していただけに、この反応は意外だ。


「円、刹那のこと、どうでもいいの?」

「あぁ、別にアイツが死のうが俺の知ったことじゃないな」

「嘘だね」


 円が目に見えて動揺する。円が気にしていないわけがいないのだ。そんなこと、付き合いの浅い自分にだってわかる。


「円、今も刹那のこと気にしてるでしょ?」

「……」


 円が目を逸らす。目は口ほどにものを言うとはよく言ったものだ。彼の目は肯定の色一色に染まっている。


「とにかく、刹那も今日は本気で来るだろうから、お前も手を抜かなくていいぞ」

「……わかった」

「あぁ、それと凛、お前の弟だが、この前の襲撃――」

「自作自演のこと?」

「――ッ!気付いていたのか?」

「えぇ。だって賊に襲われたにしては部屋が綺麗過ぎたし、なにより、たとえあのΩって子が相手でも後れを取るような子じゃないわ。。昨日問い詰めたらね、認めたわ。実はね、私達が堅要に来る前にあの聯賦っていうおじいさんと蓉は会ってたみたいなの」

「なにッ?」

「そこであのおじいさんに今回の計画を持ちかけられたんだって。なんとかして刹那を捕まえたかったみたいよ、あのおじいさん。ただ、あのおじいさんが刹那の脱獄を手引きするとは思ってもみなかったみたいだけど」

「あの爺さん、何を考えているんだ?」


 円の言うとおりまったくあのおじいさんの考えていることが分からない。わざわざ刹那を捕まえて何になるというのか。


「今回の決闘はね、あの子にとっても重要なものなのよ。王になる人間は継承前に必ず罪人と戦うことになってるの。通過儀礼みたいなものね。で、そこできちんと勝利を収めれば次期堅要の王として王族にも民にも認められるわけ。逆を言えば、決闘をしていないような人間は王になれないのよ。お父様はその気だったみたいだけど、蓉は昔から王になりたくないって言ってたから、今回も決闘を避けて王位継承を引き延ばそうとしてたみたい」

「そうだったのか」

「だけどね、いつまでもそういうわけにはいかないのよ。あの子も自分の置かれた現実と向き合わなきゃいけないの」

「それならお前が王位を継承してやればいいじゃないか。本人が望んでいないことを伝えれば、父親も分かってくれるんじゃないか?」


 円の言うことももっともだ。だが、自分はそれが出来ない。なぜなら――


「お父様は無理でしょうね。それに、私は上に立つ器じゃないわ。蓉にはその器がある。なにより、放浪しながらいろんな人と戦うのは楽しいしね」


 そう言いながら、凛は武器を握りしめた拳に力を込めた。

 まだ見ぬ強敵たちを思うとワクワクしてくる。それは紛れもない事実だ。しかし、多くの民を守る立場の人間にはその感情は許されないものだ。だからこそ、民を守るという重大な仕事は、それ相応の人間にやってもらいたい。


「今回の戦いを見て、少しは考えてくれるといいんだけどね」

「……凛」

「そういうわけで、手加減するわけにいかなくなっちゃったわ。勝っちゃったらゴメンね」

「刹那はそこまで弱くはないさ。ここに来るまでに相当成長している」

「それはお互い様よ。私もあれから鍛え直したんだから」


 目の前に大きな鉄格子が見えてきた。外の光が入り込み、暗い廊下を明るく照らしている。この扉をくぐれば闘技場だ。そして、それはもう後戻り出来ないことを意味している。


「それじゃあ行ってくるわ」

「せいぜいがんばるなよ?」

「残念、全力で行かせてもらうつもりよ」


 鉄格子が上がり、凜が前に進むと視界が光に包まれた。

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