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記憶と心臓を求めて  作者: hideki
本編
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第百五話 誤解と勘違い

「刹那……」


 刹那が連行された方を円はじっと見つめたまま動かなかった。

 裏切り者。刹那は自分をそう呼んだ。そしてあの目、今まで見たこともない冷たい目は冗談でもなんでもない、明らかに自分を拒絶している目だった。


「間に合わなかったのか」


 悔しさのあまり下唇を噛み締める。もう少し早く到着していれば、こんなことにはならなかったはずだ。


 自分が、あの手紙を受け取ってからもっと早く行動していれば――


 昨晩、円の元へ……いや、正確には凛の元へ奇妙な手紙が届いていた。その手紙を運んできた女中の話によると、買い出しをしている最中に顔を布で隠した人物――声から判断するに男だったらしい――にこの手紙を凛に渡すように頼まれたという。不審に思った女中だったが、見た所普通の手紙だったので凛に渡すことにしたのだという。

 その手紙を凛が開けると、そこには『円へ』と書かれた紙が入っており、そこにこの場所と待ち合わせ時間が記載されていたのだ。

 円はその手紙の内容を凛に伝えることはしなかった。それは彼女を信用していなかったからというわけではない。円自身がその手紙を信用していなかったのだ。

 この手紙は凛に渡すようにと言われたという。だが、刹那は凛の正体を知らないのだ。仮にどこかでその事実を知ったのだとしても、刹那が手紙を渡せたはずがない。なぜなら、その女中が手紙を渡されたと言っていた時間帯、刹那はあのΩに見張られていたのだから。

 こんなことを考える人物を円は一人しか知らない。聯賦だ。

 自分たちが刹那を助けに乗り込んだとき、その場に聯賦はいなかった。恐らく、この手紙を渡すために出かけていたのだろう。まさか自分が留守の間に手紙を渡す予定の相手が向こうから出向いてくるとも知らずに。

 なぜこんなことをするのかは分からない。だが、あの年寄りが絡んでいる可能性がある以上、用心するに越したことはない。そう、十分に用心するべきだったのだ。


「わかっていながら俺は……くそっ」


 後悔しても時間は戻らない。頭ではそう分かっていても悔やまずにはいられない。


「……戻るか」


 刹那が捕まった今、ここにいても仕方がない。凛のそばにいれば再び助け出す機会が訪れるかもしれない。

 刹那が拒否しなければの話だが……。


「おい、貴様ら」

「ヒッ」


 円は彼の周りで近づくに近づけないでいた兵士たちに声をかけた。


「俺が外に出ているとバレたら貴様らも困るだろう?俺を城まで連れていけ」

「は、はい」


 円は神威を持って凛の部屋へと戻ることとなった。


「おかえり円。どうだった?」

「あぁ……」


 円を出迎えた凛は彼に何も聞かなかった。凛なりの気遣いだったのだろう。今の円にはそれがとてもありがたかった。彼女に説明すれば、あのことを再認識することになる。それは出来れば避けたかった。


「円、私食事に行ってくるけど、どうする?」

「悪いが今は食欲がない」

「そっか。分かった。女中の人にもそう言っておくね」


 それだけ言って凛は部屋を出て行った。一人になった部屋はとても静かだった。


「ふん、下らんな。俺は誇り高き猫又だ。その俺があの程度のことで」


 誰に言うでもなく、まるで自分に言い訳をするように円はつぶやくと、目を閉じて丸まった。今日はいささか疲れた。少し休もう。


 * * *


「ん?」

「あ、ごめん。起こしちゃった?」


 円が目を開けると、そこには凛がいた。窓の外を見てみると、外はすでに暗くなっていた。どうやら、自分はいつの間にか寝てしまっていたらしい。


「俺は、ずいぶん寝てたみたいだな」

「うん、私が戻ってきたらもう寝てて、そのまま放っておいたら夕飯が済んじゃったくらいだしね」

「そうか」


 疲れていたのか、それとも現実逃避なのか。


「円、聞いたよ。刹那、また捕まったんだってね」

「あぁ」


 きっと、俺のことを恨んでいるに違いない。


「明日ね、刹那の罪状を決める決闘をやるんだって。本当だったらいつもの曜日にやるんだけど、今回は特例だって言ってた」

「明日だとッ?」

「あ、心配しないで。明日は私が刹那と戦うことになったから」


 それを聞いて少し安心した。それならまだ希望がある。


「よかったじゃないか。やっとお前の力が認められて」


 凛は自分の力を認めない父親に反発して家を出たのだ。これでやっと本懐を遂げたと言えるだろう。


「う~ん、まだちょっとそんな感じじゃなかったかな。蓉の腕が治ってないから仕方なくって感じだったし。ま、別に蓉と私どっちが上だろうと、どうでもいいんだけどね」

「どうでもいい?お前、実力を認められないことを怒っていたんじゃないのか?」

「は?そんなちっちゃいことで怒るわけないでしょ。私があの時怒ったのは、死力を尽くした私と蓉の戦いを下らない考え方で否定されたのが許せなかったからよ」


 ほう――


「だから、私はそんな下らないことを言う人の元で武を磨きたくなくて、王族とか女とかまったく関係ない、外の世界に相手を求めたの」


 この娘、俺が考えていたよりもずっと『武』に対して真摯に接しているな。


「すまない。俺はお前のことを誤解していたようだ。俺はお前が自分の力を認めてもらえないからという幼稚な理由で家を飛び出したのだと思っていた。だが、お前は真摯に武と向き合っていたんだな」

「え?う、うん、まあね。でも、そういう言い方されるとちょっと照れくさいかな」


 その言葉通り、凛の顔は少し赤くなっている。


「だからね、私は刹那との決着も納得してないのよ。彼、私が女だからって止めを刺さなかったでしょ?アレは納得いかないわ」


 確かに、凛の価値観を聞いた今ならあの時の凛の気持ちも分かる気がする。


「円からも言ってやってよ。彼、君の言うことなら聞くでしょ?」

「あぁ、任せて……いや、もう無理だな」


 言うことどころか、二度と自分とは顔を合わせたくないと言うかもしれない。


「円、さっきは訊けなかったんだけど、刹那と何かあったの?今日も突然部屋を出るなんて言い出したし、あの手紙、刹那からだったんじゃないの?」

「……ふぅ」


 円は昨日の手紙の内容や今日のあの出来事を凛に包み隠さず話した。話すことで少しは心が晴れるかもしれないと思っていたのかもしれない。


「そっか。そんなことがあったんだ。あのお爺ちゃんかな?」

「恐らくな。俺たちを仲たがいさせて得をするのはあの爺さんだけだ」

「でもさ、ちゃんと話せばわかってくれるよ」

「そうだと良いがな」


 本当にそうあってほしいものだ。


「円……もし、駄目だったらさ、私と一緒に旅しようよ」

「あぁ――何ッ?」


 その予想外の言葉に円は目を丸くする。


「円って、結構良いやつ、いや、良い猫だしさ。私も一人旅が長くて、話し相手が欲しい時もあるからさ。もし刹那が円のことを許せないって言うんだったら、私のお供になってよ」

「……考えさせてくれ」


 ハッキリとした意思表示は出来ない。だが、自分が刹那と旅をしているのはアイツの心臓が必要なためだ。それ以外に理由はない。

 それなら、アイツが俺を拒絶するなら、その選択も悪くないかもしれないな。

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