第百四話 裏切り者
「ふぅ」
刹那は今、堅要に来た初日に大道芸を披露した通りに一人佇んでいた。
昨日路上で受け取った手紙には、『明日の昼、大道芸をしたあの通りで待つ。』と書かれていた。シンプルだが、要件がすぐに伝わる手紙だ。
「大丈夫、だよな」
人目を避けるように刹那が辺りを見回す。どうやら見回りの兵隊などはいないようだが、それでも用心するに越したことはない。脱獄犯として指名手配などされているかとも思ったが、そのような張り紙なども見当たらない。もしかすると、不祥事ということで内密に処理しようとしているのかもしれない。
「あの時はまさかこんなことになるとは思わなかったな」
訳も分からず捕まって、自分の意思とは無関係に脱獄させられて、思わぬところで他人の過去を知って……。ここ二、三日はいろいろなことがありすぎた。
「円、まだかなぁ」
円はちゃんと来てくれるだろうか?
聯賦達と別れてから、何度も同じことを考えてしまう。円が未だに自分の心臓を狙っている。自分の命を……。
「ありえないよな」
円は来てくれるに決まっている。再会したら、飯でも食いに行こう。そうだ、初めて堅要に来た時に寄ったあの飯屋に行こう。いや、今は自分もお尋ね者だからあまりそういった場所に行かない方が良いだろうか。
「円に何か買ってきてもらうか?いや、そんなことしたら店の人がビックリするだろうな。ふふ、見ものだな」
その光景を想像しながら刹那がニヤついていると、彼方からこちらに走ってくる物影が見えた。どうやらこちらに向かってきているようだが?
「いたぞ!」
「えッ?」
刹那がその姿の主を判別した時にはすでに遅かった。姿がいくつも増え、そして、その反対側、刹那の背後からも大勢の人影が押し寄せたのだ。
「ウソだろッ?」
逃げようにも前後を挟まれては逃げようがない。刹那が視線を右往左往させている間に、兵士たちは刹那を取り囲んでしまった。周りの人々は何事かと彼らに好奇の目を向けている。
どこからか見張られていたのだろうか。だが彼らの姿には細心の注意を払っていたはずだ。
「大人しくしろ!」
「くそっ放せ!」
兵士たちに抑えつけられ、刹那は地面に組み伏せられた。今まで一人も見なかったのになぜこんなに?
「あの情報通りだったな」
情報?何のことだッ?
「気の毒な奴だ。仲間に売られたんだよ、お前は」
「――ッ!」
仲間に売られた?この場所で待ち合わせることを知ってるのは、自分と円だけ。そんな馬鹿な。
「嘘付くな!アイツが!」
信じられない!そんな、円が……。
『円君もグルだったら?』
違う――
『円君は君の命を狙っているんじゃなかったかね?』
違う違う――
『今ではそうじゃないと言い切れるのか?』
違う違う違う――
「騒ぐなよ。信じられないのも無理はないが、お前は裏切られたんだ」
目の前が真っ暗になり、頭が真っ白になった。
円はやっぱり俺の心臓を狙っていた。だから逃げられないように俺を罠に嵌めて。そうやって俺の心臓を手に入れるために……。
ショックのあまり刹那は項垂れてしまいピクリとも動かない。
「やっと大人しくなったな。よし、連れていくぞ」
茫然自失の刹那は手錠をかけられ、二人の兵士に挟まれるよう歩きだした。そこに
「ふぇふな(刹那)!」
息を切らしながら駆けつける黒い影。口には神威を咥え、よほど急いできたのか肩で息をしている。
「おい、アイツ確か凜様と一緒にいた猫じゃないか?」
「なんでここにいるんだ?あいつも一歩も外に出られなかったはずじゃ?」
「やっぱり悪魔なんだ!」
兵士たちがどよめき出す。しかし、刹那は一点を見つめたまま動かない。円の声が聞こえていないのだろうか?
「刹那!」
もう一度刹那の名を呼ぶ円。刹那の顔がゆっくりと円の方へと向く。
「せつ――」
「何しに来たんだよ、裏切り者」
「――なッ?」
刹那が円を睨み付けると、円はその場から一歩も動かなかった。
あぁ、やはりコイツは自分を売ったのだ。
絶望に打ちひしがれた刹那は抵抗することもせず、そのまま兵士たちに連行されてしまった。