第百一話 泣きっ面に蜂
刹那が聯賦たちを見送ったその頃、円は宿から出てくる凛を出迎えていた。
「ねぇ、刹那が戻ってきてあのΩって子を連れて行ったように見えたんだけど、何があったの?」
「俺にも分からん」
突然、踵を返して宿に戻ったと思った刹那がΩを連れて出て行った?刹那が何を考えているのか円には理解できない。
「Ωって子と一緒に逃げたってことは、あのお爺ちゃんと合流するのかな?」
「いや、それはないだろう」
円はもちろん、刹那もあの老人のことは警戒している。たとえ逃げるための手引きをしてやると言われても大人しくついていくとは思えない。
「それで、これからどうするの?」
「まだ分からん。あの年寄りたちの動向も気になるが、その前になんとかしてあのバカと連絡を取る手段を考えねばなるまい」
「そうね。とりあえず戻りましょうか。疲れたわ」
やっと見つけたと思えばまたどこかへ行ってしまうとは厄介なものだ。見つけたら文句の一つでも言ってやろうと円は心に誓ったのだった。
城に戻ると、凜は父に呼び出され部屋を出て行ってしまった。残された円は部屋の中央まで移動すると、腰を下ろしゆっくりと目を閉じた。
なぜ刹那は宿へ戻ったのか、凜が言うにはあのΩという子供を連れて行ったというが、なぜそんなことを?
もしや、何か弱みを握られたのか。もしくは、あのΩという子供との間に何かあったか、だ。
「自分の身が危ういというのに何を考えているんだアイツは」
刹那はお人よしにもほどがある。戻ってきたらそれについてはキチンと言っておく必要があるな。この調子では今後命がいくつあっても足りはしない。
「まったく、余計な心配ばかりかけさせて……」
そうつぶやいた後、円はふと自分の言動に疑問が浮かんだ。
自分は今何と言った?心配させて?自分が刹那のことを心配する?なぜ?
そういえば龍降湖で刹那が撃たれた時、なぜ自分はあそこまで激高した?別に刹那がどうなろうと自分には関係なかったはずだ。
「あの女が変なことを言うからだな」
凜が自分と刹那の関係を友達だなんだというから、少し自分も感傷的になってしまったのかもしれない。そうだ、そうに違いない。
そんな言い訳を自分自身にしていると、部屋のドアが乱暴に開け放たれた。
部屋に入ってきた凜の顔が良くない事態が起きたことを物語っている。
「円、大変なことになったわ」
「なんだ?逆賊の容疑でもかけられたか?」
「なんで分かるの?」
「このタイミングでの呼び出し、機嫌の悪そうなお前の顔、それに先ほどのあの状況ならそう判断されても致し方あるまい。なまじ刹那の肩を持つような発言をしてしまったのがまずかったな」
円は先ほどの自分の考えは端に追いやり、現在の状況を冷静に分析し始めていた。
「分かってるなら話は早いわ。私は刹那のことが片付くまでほとんど部屋から出ちゃダメだって」
「まあそれが妥当な所だろうな。逆賊の可能性があるとはいえ、流石に実の娘を牢に入れる父親もおるまい」
「それだけならよかったんだけどね。円、アナタも部屋から出るなって」
「なにッ?なぜ俺まで?」
「刹那が蓉の前に飛び出して連れて行かれた時、私がアナタと喋ってるの見てた兵がいたみたいなのよ。それで、なんでも兵の間じゃ私が猫の悪魔に取りつかれたなんて噂になってるんだって」
「失礼な!俺は悪魔などではなく誇り高き猫又だ!」
「怒る所そこじゃないって……。それで、あまり目立つことはしないように、だってさ」
「ふむ。だが困ったな。出られないとなると、どうやって刹那と連絡を取るか……」
相手がどこにいるのかも分からず、探しに行くのも困難になってしまった。もし神様がいるのなら、よくもまあここまで厄介ごとを一時に集めてくれたものだ。