第百話 小さな疑念
「これからどうするかな?」
兵士達から逃れた刹那とΩは当てもなく路地うろついていた。あまり大きな通りに出ると兵士が巡回しているかもしれないので、狭い路地を選び、止まらぬように歩き続けた。
「Ω、大丈夫?」
ここまで歩き続けで、流石に疲れただろうと考えた刹那だったが、その心配は杞憂に終わったようだ。Ωは疲れた様子など微塵も見せず、黙々と刹那の後を付いてきていた。
「だけど、なんであんなに集まってきたんだ?」
いくら総出で刹那を探していたと言っても、流石にあそこまで兵士が集まってくるのはおかしい。誰かが手引きしたとしか思えないが……。
「やあ、なんとか無事に逃げきったようじゃな?」
「爺さん」
暗がりの路地に真っ白な白衣が揺れている。兵士は撒けてもこの老人から逃げおおせるのは無理らしい。
「Ωを連れてきてくれたんじゃな、礼を言おう」
「別にアンタの為にやったわけじゃない。それに、出来ればこのままこの子を連れて逃げ出したい気分だよ」
現状を見る限り、それはかなり難易度が高いようだ。おそらく自分たちがどこへ逃げてもこの老人は追いかけてくるだろう。
「ふふふ、まあいいじゃろう。それより、まさかあそこがバレるとは思わなかったの」
「すぐに見つかっちまったな。ったく、何が「ここなら安心」だよ」
「耳が痛いのぅ。しかし、ああなったのは君のお仲間たちのせいだと思うがね」
「何?」
円達のせい?どういうことだ?
「よく思い出してみたまえ。あんなに大勢の兵士がなぜあそこに集まった?君を探しておるのだったらなおさらあんなに一カ所に固まることはないじゃろ。誰かがあの場所を教えて、一斉に攻め込んできたとしか考えられん。わしは密告したところでなんの得もない。となると、残ったのは円君とあのお嬢ちゃんだけじゃが?」
考えられるのは凛の方だが、なぜそんなことをする必要がある?また逃げられないように自分を捕まえて勝負をしようというのだろうか?
「これは小耳に挟んだんじゃが、お前さん、あの娘さんと決闘することになっとったらしいな」
「ああ」
どこから仕入れてきたのか。まあ、今さら驚きはしない。
「君は知らんかもしれんが、あの凛というお嬢さん、堅要の次期統治者候補じゃぞ?」
「は?」
統治者候補?
「早い話が、堅要で一番偉い人間じゃ」
「あの凛が?まさかぁ?」
見たままのじゃじゃ馬のあの女の子がそんな風にはとても見えない。きっと何かの間違いだろう。
「疑いたければ別に構わんが、あのお嬢さんがこの堅要でかなりの権力を持っているのは確かじゃよ」
言われてみれば、確かに刹那の罪を決める決闘にも口を出すことが出来ると言っていたり、刹那を捕まえようと集まった兵たちに指示を出していた辺り、彼女はかなり高い身分であることを匂わせていたが……。
「今の国王は今度の罪を決める決闘を次代の者に任せようとしておる。ならば、彼女が選ばれることも十分考えられるわけじゃ。そうなれば、彼女は労せずに君と戦うことが出来るわけじゃな。加えて、犯罪者の君を捕まえたとあれば、次期統治者の座は揺るぎないものとなるじゃろう」
次期党首の座がどうのというのはあまり彼女には興味がなさそうに思えるが、確かに凛は当初の計画で自分と戦うと言っていた。だが、その時にはわざと負けると言っていたはずだ。彼女自身、そのような形での自分との決着は望んでいないのだろう。
「わざわざそんなことしなくても、次の機会にでもきちんと戦うよ」
「にしては逃げ回っていたようじゃが?彼女としても痺れを切らしたのかもしれんのぅ。ならいっそ、逃げられないようにしておくというのは十分に考えられることじゃないかね?」
言われてみればそういう考え方もある。しかし、今の凛は一人じゃない。傍らには円がいるはずだ。何か不穏な動きがあれば円が何とかしてくれているはずだ。
「円が――」
「その円君もグルだったら?」
「え?」
十分に用心している刹那でもその言葉には動揺してしまう。
「円君もあのお嬢さんの計画に加担していたとしたら、どうじゃ?」
「んなことあるわけない」
そうだ。円がそんなことをするわけがない。
「なぜそう言いきれる?」
「円は友達だからな」
「友達?彼がッ?」
聯賦が本当に愉快そうに笑う。今までに何度かこの老人の笑い顔は見たことがるが、こんな顔は初めて見る。
「わしの情報では円君は君の命を狙っているんじゃなかったかね?」
「前はそうだったけど、今は――」
「今ではそうじゃないと言い切れるのか?」
刹那の言葉を聯賦が鋭い言葉で遮る。だが、刹那はそれにも一切臆さない。
「言い切れるね」
刹那は何の迷いもない視線を聯賦に向けた。円が自分を裏切るなどあるはずがない。
「……そうか。ならばわしはもう何も言わんよ。Ω、行くぞ」
白衣を靡かせて、聯賦は路地の奥へと消えて行った。刹那が引き止める間もなく、Ωもその後についていく。
刹那はその後ろ姿を黙って見送った。ああは言ったものの、聯賦の言葉が少し胸に刺さっている。
今でも円は自分の心臓を狙っているのではないか――
「馬鹿らしい」
刹那はその考えを振り切るように首を左右に振って、聯賦達とは反対の方向へと歩いて行った。




