Dois episódios
「……私魔王様に何か喧嘩売りましたっけ!?」
「なんでそう思うんだよ!?」
「売ったわけないでしょう!?」
うっかり心の声が出ました。
まだ助手になって日の浅いキースは素で突っ込んできましたがルーディンはちゃんと敬語でした。流石助手最古参です。っていうか私みたいに敬語が素になりかけてませんか?
そんなことよりも中身です。まさか本当に喧嘩売ったとか……ないですよね?
「キース、先生に対してその口のきき方はどうなんです?」
「謝るから怒んなって!」
「敬語」
「すみません!」
キースとルーディンの口論―――というには一方的すぎますが―――を聞きながら封筒と共に渡されたペーパーナイフで封を開けて中を見ます。
紙は灰色が基本です。字の色は第一属性を示すので黒い文字。ああ、黒い封筒に黒い封蝋、そして黒い文字―――絶対見たくない組み合わせナンバーワンです。なんでこれ読まなきゃいけないんでしょう。
たまに魔王族の方から依頼の封筒が届きますがどちらか一方で済んでいたのに。
恐る恐る読んだ内容はとんでもないものでした。破りたい!ぐしゃってして燃やしてしまいたい!不敬罪にあたりますから無理ですが!
「アン先生?」
「どうかしました?」
キースとルーディンが心配そうに尋ねてきますが返事なんてできません。
誰か、誰か助けてください。無理ですって。
あわあわと混乱しているとルーディンに手紙を奪い取られました。
見られたら現実だって認めなきゃいけないじゃないですか!読まないで下さいよ!
「あ、アン先生……」
「何も言わないでください!」
「これ……」
「黙ってください!」
「魔王城へお呼び出しじゃないですか!」
「いやあああああ!!」
キース給料3割引きぃいいいと叫んだらアン先生の鬼ぃいいいいと泣かれました。私が泣きたい気分なんですけど!
ルーディンに叩かれて二の句が継げなくなったキースを横目に項垂れているとルーディンがぽんと肩を叩いてきます。
やめてくださいお願いします。そしてできることならこの手紙燃やしてください封筒ごと。
返された手紙にもう一度目を通しました。やっぱり見間違いじゃありません。……見間違いだったらどんなに良かったことか。
“右足を痛めた。魔王城に赴き治せ”
意訳するとこんな感じですが断れるわけがありません。ですが、問題があるんです!
行くのも嫌ですけど、行く以前の問題が!
私の治療法は助手の魔力で患者さんの魔力を補い以前と同じように動かせるようにするものです。
何故そんなことができるのか―――これは私の秘密に大きく関わるので詳しく言えませんが、私には魔力が見え、そして触れることができます。
そのまま体から離せば魔力は霧散しますが私を媒介にすることで患者さんの体に移すことができます。
ですが席ほど語った通り魔力は生命力。他人の命がすぐさま体に馴染むわけではありません。しかも放っておけば霧散します。だから助手からぎりぎりまで貰ってぐるぐるかき混ぜるわけです。
一応5属性の純属性とよくいる混合属性の方は助手として雇っています。
ですがここで問題が浮上するんです。
「でも、どうします?闇属性を持ってる助手なんていませんよ」
「そうなんですよね……」
そう、闇属性の方はいないんです。
しかも魔王様は闇の純属性。もし仮に第一属性、第二属性どちらかが闇だとしても混合属性である限り治療には使えません。魔王様が死ぬ可能性があります。
「どうしましょう?」
「……動かなくなった、とは書いてありませんからちょっと調子が悪い程度でしょう。その程度ならアン先生だけでもいけます」
「でも……」
「噂の魔王様に直接お会いする機会です。帰ってきたら噂の真相、教えてくださいね」
「私を見捨てる気ですか!?」
「俺が一緒に行っても無駄ですよ」
「ルーディン!?」
「頑張ってください」
爽やかな笑顔で見捨てられました。
ひどいです!昔から思ってましたけど、ルーディンは私に優しくないです!サティアや他の助手には優しいのに!キースにもひどいですが!
ひどいひどいと言い続けているといつの間にか復活したキースにはい、と封筒を渡されました。
……キース、貴方もですか!
「諦めてさっさと行ってさっさと終わらせてきたらいいと思いますよ、アン先生」
「給料5割引き」
「先生俺に何の恨みがあるんですか!?」
「大丈夫です、その分俺が貰いますから」
「1番高給取りのくせに!!!」
「何言ってるんですか。1番はサティアに決まっているでしょう?」
「え、マジで?」
「そうですよ」
私のことを放って話しだす2人を睨みながら覚悟を決めました。
そもそも名指しで封筒が届いた時点で終わってるんです。腹をくくりましょう。
ちなみに助手たちのお給料は指定+魔力提供回数です。
患者さんに多いのが純属性で比較的多いのが水、次いでが風ですかね。混合属性だと雷と水。その分助手の方も水と風、雷の属性を多く雇っているのですが、やっぱり重症の時は古参のサティアが助手になってくれたほうがやりやすいのも事実です。
というか多分相性の問題だと思うんですよね。ルーディンを含めた古参の5人は私に魔力が馴染みやすいですし。
あ、古参の5人はまたいずれ紹介しますね。
「……じゃあいってきます」
「昼食を食べてから行きなさい」
「魔王様のお食事の邪魔しちゃいけませんしね!」
ルーディンとキースに指摘されて時間を確認すると、魔王城へ着くころにはちょうどお昼になりそうでした。
確かに邪魔しちゃだめですね。お昼を過ぎてから向かうことにします。
じゃあちょっと早いですがお昼にしましょう!と私が言うとルーディンが茶髪で赤目の第一属性地、第二属性火の混合属性の助手のフローラにご飯を作ってくれるように頼みました。
私の半休だけ潰れたことを知ったフローラは私の分だけ多めに入れてくれたのを見てキースが悔しそうな顔をしました。ふふんいいでしょう!とかやってたらサティアに怒られました。キースがそれを見て笑ってたので私は言いました。
キース給料7割引き!……と。
まあいつものごとくルーディンが俺が貰いますね、とか言ってキースが騒ぎましたが冗談ですよ冗談。そんなの本気にしてたら今頃キースの給料は0どころか-ですからね。そこまで鬼じゃありません。
そんな風にいつも通り和気藹々としてから診療所を出ました。
出るときに死んだら骨は拾ってくださいね!と言ったらルーディンがいい笑顔で御冗談を、といいました。いつか給料差し引いてやります。覚えてなさい。
では行きますか。憂鬱です……。
***
「ラヴィソントにて柔道整復師をしております、アンジェリーナ・エリッサ・オーランシュと申します。この度は魔王様にお会いできまして大変嬉しく思っております」
「面を上げよ」
無事魔王城に着いて魔王様に謁見することになりました。謁見とはいっても治療が目的なんですけどね。
それでも魔王様は魔の大陸グリターニャを統べるお方ですから公式に会いに来たとなれば謁見も欠かせません。
失礼があったらどうしましょう、と緊張しながら魔王様の言葉に従って顔を上げた私は固まりました。
噂には聞き及んでいましたがこれほどとは思っていなかったんです。
私の噂も随分と流れていますが、それは魔王都サトゥリキュアの住民の人とかかわり続けているからです。噂も少し誇張されていますが大体事実ですし。
だから魔王様の噂はあまり信じていませんでした。長年流れたために誇張されまくってるんでしょうって思ってたんです。
でも、違いました。噂以上でした。
「アンジェリーナ、と申したな。そなたが診たところ余に悪いところはあるか?」
「は、はい。右足首、左腕……右耳もですね?」
なにこれ美しすぎるでしょう!!?
わ、私女なのに!魔王様男なのに!卑怯ですよ!!
なんとか質問内容に答えてますけど魔王様から目が離せません!!
「診る目は確かにあるな。アンジェリーナ、治せるか?」
「……魔王様に触れる許可を、いただけましたら」
「よい。許す」
ここで治療していいんですかね、と考えて紛らわそうとしても魔王様の美しさから目が離せません。
それでもと赤面しつつしっかりとした足取りを保って魔王様に近づきます。
ああこの麗しい方に触れるなんて恐れ多い!と思いつつも触れたいという欲望が止まりません。
魔王様の魔族嫌いの噂は嘘ですね。多分というか絶対この美貌に目が眩んだ魔族が魔王様に近づいたりだとか魔王様を襲おうとだとかして引き籠ってるんだと思います。
なんで宰相の人、この方を魔王様にしたんでしょう。親友だったんなら独り占めしとけばよかったのに。私だったらそうします。
自分以外に見せないように囲ってしまえばよかったのに。どれだけの労力を払ってでもそうする価値がこの方にはあります。
「……治したい順番にご希望はお有りですか?」
「ない」
「……でしたら1番痛んでいらっしゃる右足首から治させていただきます」
魔王様は座っていらっしゃるから必然跪く形に。
これって絵面的には逆ですが……すごく役得ですね!
うっかり靴に口付けそうになったことは生涯胸に収めておくことにしておきまして、さっそく治療を開始しました。
治療は助手の魔力を患者さんに移す、といいましたがそれは全く機能していない場合のことです。全く機能していない場所には魔力が巡っておらず、いくら時間をかけても患者さん自身の魔力では再び動かすことはできません。
だから助手の魔力で補うのですが、魔王様のように痛めた程度なら別です。魔力の巡りをよくしてあげれば治ります。時間だって短いし、楽でいいんですよね。
魔王様が重症でなくてよかったです、と安堵しつつ右足に集中しました。
***
時間にして20分かかるかかからないか、といったところで右足の治療が完了し、次いで左腕の治療が完了しました。
残すは右耳。……すごく緊張しますね!
どきまぎとしつつ魔王様の右耳に触れます。跪いた時より背徳感がするのは何ででしょうか?
麗しの魔王様のお耳触れるなんて、まるでキスするみたいじゃないですか。
……魔王様の美しさって、罪ですよね!
ダメだと思いつつもちょっと顔を近づけてみます。治療するんだからこれぐらい目を瞑っていただきたいです。
どぎまぎとしつつ耳の治療を終え、離れようとしましたら魔王様がお顔を近づけてこられました。
えええなんですか!?と赤面しっぱなしの顔をさらに赤くさせていますと、魔王様が口を開かれます。
吐息、吐息かかってます!と叫びそうになりましたが、魔王様の言葉を聞いた瞬間頭から冷水をかけられたかのような心地がしました。
「人間の魔術にしては高度なものよな」
……何で気づけるんですか!?