Um episódio
魔王都サトゥリキュアには100年以上噂される話が2つあった。
1つは魔の大陸グリターニャを統べる魔王様について。
今代の魔王の名前はルドルフ・クリスティーナ・バルツェル。
先代魔王より受け継いだ魔王城より出たことは数える程度、というほどの歴代でも類を見ぬ引き籠り魔王である。
引き籠っている理由ははっきりとしたものは知られていないが、どうやら魔族嫌いだそうだ。
そもそも魔王になどならず辺境にて引き籠ろうとしたのを無理やり魔王の座に座らせたのが元親友の現側近であり、そのことも相まって魔王城より出なくなったらしい。
そのため時折退屈凌ぎに呼ばれる雑技団や劇団の言葉が100年以上続く噂となっている。
もう1つの噂は凄腕の柔道整復師について。
魔王都は魔王都でも遊女屋の集まるラヴィソントを中心に広まったこの噂は魔王様のものと違い信憑性が高い。
何故ならば魔王都の住民の多くがその柔道整復師の世話になっているからである。
ある者は医者にもう動かないと宣告された腕を元通りとは言わずとも自由に動かせるようしてもらったといい。
またある者は不治の病に冒されていたが治療を受けることで後遺症は残るものの医者の薬で直すことができたという。
そのような重症から軽症まであらゆる病を癒す、もしくは軽くするとして魔王都以外でも噂を聞きつけた人々が彼女のもとへとやってくると噂されていた。
今日もまた1人、彼女のもとへ訪れる。
***
「アン先生!どうか、どうか息子を助けてください!」
「落ち着いてください。必ず治すとは言えませんが私にできることなら手を尽くします。まずは息子さんの容体を教えてください」
「息子は事故で意識不明になってしまったんです……!体も癒えてあとは目覚めるだけだというのに目を開けてくれないの……!」
息子を助けて、と泣く婦人をどうにか慰めつつ助手のルーディンに目配せをして患者さんを連れてきてもらうことにします。
アン先生と呼ばれたのは私、ラヴィソントで柔道整復師をしています、アンジェリーナ・エリッサ・オーランシュと申します。以後よしなに。
赤毛で赤目に見せていますが本来私が持つ色は違うのです。まあそれは追々わかるでしょうから置いておくとしましょう。
年は700を過ぎたばかりです。ようやく一人前とみなされる年齢に達しました。
ああ、そうこうしている間にルーディンが患者さんを連れてきたようですね。
「アン先生、患者を連れてきました」
「ありがとうございます。……今日はサティアを呼んできてください」
「わかりました」
「倒れてしまうと思いますからベットの用意をお願いしますね」
「はい」
紛い物な私と違ってルーディンは緑の髪に緑の眼を持つ風の純属性の魔族でサティアは青の髪と青の瞳を持つ水の純属性の魔族です。
私は彼らの力を借りることによって患者を治療することができるのです。本当に感謝してもしきれませんね。
あ、魔族に限らず生きとし生けるものは魔力を持ち、その魔力には必ず属性が備わっているんです。そしてその属性は髪や目の色として現れます。
髪は第一属性、目は第二属性を表し、両方が一致するものほど質のいい魔力を有することができます。これは両親の属性によるので運次第ですね。
属性は基本となる火・風・地・雷・水の5つの属性と、特殊な光・闇の2つの属性の7属性でなります。魔王様の一族、魔王族は必ず闇属性を持つので闇属性は結構優遇されてますね。まあ大抵軍部に行くそうなので私みたいな庶民には縁遠い話です。
ちなみに魔族に光属性が生まれることは決してなく、人間で闇属性に生まれてしまうと多くは生まれてすぐ殺されてしまうのだとか。
たまに魔族が助けて育てて結婚したり、後追い自殺したりとちょっとした事件になっていたりしますね。人と魔族の寿命は比べるのが馬鹿らしいほど差がありますから。
と、サティアが来たようです。患者さんの治療をしなければ。
「サティア、手を」
「はい先生」
私よりも年上のサティアの手を取りました。私と違って凛とした美しさを持つサティアはおしゃれに力を入れているので手も綺麗です。今度手入れの仕方を聞きましょう。
患者さんの額に手を触れてサティアに頷けばサティアも頷きました。
それと同時に流れてくる高密度の水属性の魔力。患者さんの頭を覆うように意識して操り、患者さんの魔力も頭部のあたりを巡るようにします。
時間にして10分、そうしていました。手が離れドサリという音と共にサティアが倒れたことを知りましたが、ここからが本番です。サティアは他の助手が運んでくれますし、治療に専念することにします。
いくら同じ水属性とはいっても魔力は生命力。他人の命がすぐさま体に馴染むわけではありません。
このまま馴染むまで―――彼の場合はおそらく1時間程度、ぐるぐると魔力を混ぜます。
これが2属性を持つ魔族であればもっと時間がかかります。今までの最高は1週間かかりました。
この作業中は全神経を集中させなければならないので食事や睡眠をとることができないので死ぬ思いをしましたね。おやつですら食べられないなんて拷問にも等しいです。
まあその程度で死ぬようなやわな生き物ではないので治療しましたが、あのレベルの患者さんはもう来ないでほしいですね。まあ滅多にいるレベルじゃないんですけど。
***
無事治療は完了しました。サティアの魔力が馴染むころには患者さんも目を覚ましましたし。
いやー意識不明だけでよかったです。これでどこか動かない、なんていわれたらもう2時間は治療しなきゃいけない所でした。
「先生には本当に感謝してもし足りません……!」
「構いませんよ。私は私にできることをしたまでです」
「でも……!」
「どうしても、というならどうか1人でも多くの子供を救ってあげてくれませんか?ほら、孤児院に寄付するとか教会に寄付するとか、孤児を保護するとか」
「先生がおっしゃるならそうしましょう!」
「お願いします。私も孤児だったので彼らを1人でも多く救いたいんです」
「まあ、そうなんですか!?そういうことでしたら協力は惜しみませんわ!」
「ありがとうございます。貴女のおかげでたくさんの子供たちが救われます」
本当に寄付してほしいのはこのラヴィソントなんですが、それを言えばこの婦人の機嫌を損ねてしまうでしょうから我慢しておきましょう。
ラヴィソントは遊女屋が集まる区画のため、貴族の間―――それも女性の間ではかなり評判が悪いことで有名です。
確かに春を売る商売ですが彼女たちはいい人が多いのです。私も彼女たちの優しさに命を救われた1人ですし。
私は早くに両親が亡くなりました。普通は孤児院へと連れて行かれるのですが、私は親戚へと引き取られ遊女屋へと売られました。
といっても幼すぎて小間使いにしか使えなかったのですが、成長すれば遊女になるのはわかりきっていたことです。
それを憐れんでくださった当時の遊女の姐さん―――今はラヴィソント一の遊女屋の顔役となっておられる方に私を買ってもらい、当面の世話をしてもらったというわけです。
それどころか病気にかかった私の治療費まで出してくださったんです。治療費のほうが私の値段より高かったというんだから笑えますよね。
そんなわけで姐さんに多大な恩がある私は何か1つでも恩返しをしようと考えた結果が―――柔道整復師。
当時はそんな立派な肩書はなくマッサージをする程度でした。それでも私の方法は多くの人を癒し、いつの間にか噂されるようになっていたというわけです。
当時の姐さんの好きな人だった騎士さんのおかげでこの肩書を手に入れましたが、私が肩書を手に入れてすぐ姐さんに捨てられたそうなのでちょっと罪悪感を感じています。
姐さんに捨てられた理由が私を危険にさらした、だそうから一層申し訳ないです。
危険って言っても魔物を10匹程度狩る程度だったんですけど……姐さんってば心配症ですね。
「アン先生、お疲れ様です」
「サティアは目を覚ましましたか?」
「はい。少しだるいそうですが健康そのものです」
「ならいつも通りでお願いしますね。念のため回復魔法は掛けておいてあげてください」
「わかりました」
患者さんたちを見送って診療所へ戻れば金髪碧眼の第一属性雷、第二属性水の混合属性の助手のキースがジュースを用意して待ってくれていました。
有り難くジュースをもらってサティアの様子を聞けばいつも通りの答えが返ってきます。
その答えにほっと一息ついて回復魔法を頼んでおきます。魔力切れを起こせば寝たら治る、というのは常識ですが念のためです。
患者さんにも注意はしときましたけど、魔力切れを起こせば多分また意識不明になるんでしょうね。
魔力切れを起こすと他者の魔力で補ったものが全て消えてしまうのは今日までの報告で分かっていますし。
気をつけて生きて行ってくれればいいと思いますが、軍部所属だとか言ってましたからきっとまた来ますね。軍部は魔力切れを普通に起こす場所だそうですから。
やれやれとため息を吐いてジュースを飲み干します。
今日は午後からお休みにしてあるので助手の皆さんと遊びに行こうかと思ってるんですよね。
年齢はちょっと差がありますけど、和気藹々としていて結構楽しいので私は好きです。
助手の皆さんの意見は聞きません。給料ははずんでいるんですから文句は言わせません。
さてどこにいきましょうか、と思考を巡らせているとルーディンが封筒を持ってやってきました。
「アン先生、残念ながら今日の半休は潰れますよ」
「え、なんでですか。どこの貴族か知りませんけど私今日はもう治療しませんよ」
「そうも言ってられません」
予想外の言葉に驚けばルーディンはどうぞ、と言って持っていた封筒を渡してきました。
半休が潰れると言っていたので中身を見たのかと思っていたらまだ見てなかった様子です。
不思議に思いつつもくるりと裏を見れば全て納得しました。
封筒の色は差出人の第一属性を表し、封蝋の色は第二属性を表し、封蝋印は家紋を表します。とはいっても家紋を持つのは5属性を司る五大貴族と魔王族のみなのですが。庶民は四角、貴族は丸で自分のオリジナルの型を使います。
で、この封筒の封蝋と封蝋印。
封筒、封蝋色は共に黒。
封蝋印は逆十字に絡まる蛇。
つまりは魔王様の紋章でした。
……私魔王様に何か喧嘩売りましたっけ!?