表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/28

05章……カオスの中の一般人

 侑治郎は少なからず仰天し、脳内で様々な語彙を駆け巡らす。と、そこに、

「広辞苑だ!」

 掛け声とともに拳で頭を殴られた。

「痛っ」

 考えていたことなど忘れ、殴られた所を擦る。殴った主を睨むようにして見ると、無邪気な顔で寝ている爽奈だった。

 真優がカレーを侑治郎の前に置きつつ、苦笑する。

「そーちゃんは寝相が悪いんですよ。許してやって下さい」

「あ、どうも。それにしても、何でタンクローリーなんだろうか?」

 素直に疑問を口すると、切った食材をガラスで出来た底の深い透明な容器に移しつつ、成佳が饒舌に答える。

「『デリックの無謀な挑戦』と言うアニメの記念すべき第1話、"メタボリック将軍危機一髪"の中で主人公が、メタボリック将軍こと田部杉雄たべ すぎおに、とどめの一撃を喰らわせる時の台詞です。まあ、広辞苑を使った攻撃があんまりにもリアルと言うか、広辞苑の出版社から訴えられて2話で打ち切られた伝説のアニメなんですけどね。終わり方が斬新でした。だって主人公はアメリカ人の設定なのに日本人で、しかも武士の打ち首前の白昼夢だったんですからぁ。あと、そうですね――」

「へ、へえ~……」

 普通のアニメはそれなりに知っているものの、2話で打ち切られたアニメなど知る由もない。侑治郎は、嬉々として語る成佳に、適当に相槌を打つしかなかった。

「なるちゃん。そろそろそーちゃんを起こすね」

「だからあのシーンは――うん、いつものやつでお願いねぇ」

 一瞬だけ真優を見て承諾は出したが、すぐさま視線がたじたじになっている侑治郎に向けられた。

「はーい。では、こほん。……キャー、助けてー! 怪人・トンマリミセが前半戦終了時点で、打率2割0分1厘の本塁打15本の打点が17で失策が18だよー! 怪我人も出まくるし、色んな意味で終わっちゃうよ――っ!」

 少し演技が入ったのか声音が多少ながら違った。でも、聞く方がすんなり分かるくらい棒読みは棒読みではあるのだが。

 最後の台詞から数秒後、脊髄反射的に跳ね起きた爽奈は、そのままベッドの上で何ごとかを言い始める。

「はーっはっはっはっ! 小生――ヴォウビョウマンが来たからには、安心ぞ。トンマリミセよ、己の悪行の数々をさっさと詫びてこれで安らかに逝くがいい! ……って、んっ?」

 やっと気づいたのか、みなが自分の一挙手一投足に注目することに、ようやく気づいた。

「みなさん、おはようございます。そして、まゆっちはナイスチョイス! よくまあ、あんな長い台詞を憶えれたね」

 だが、爽奈の態度は動揺することなく、にかっと笑うぐらいの余裕があった。

「たまたま昨日借りたDVDを観てたんだー。偶然だよ偶然」

 照れながら謙遜してみせる真優。

 そんな真優を成佳は褒め称える。

「長台詞お疲れ様。真優ちゃんもそのうち私と爽奈ちゃんみたいに。詳しくなるかもね」

「うん、何でも話せるように頑張るよっ」

「よーし、さぁーっすがまゆっち! その意気で次は野郎向けと言われている『ソルドバルド大作戦』を観てみようか!」

「ふふふ、爽奈ちゃんったらマイナー趣向なんだから~。ソルドバルドと言えば、『うぬらに渡す物など何も無いっ!』……って、毎回決め台詞のキャラクターがいた気がするわ」

 細めていた眼を台詞の時に限ってかっと見開き、眉を逆立て片膝を立てて見せた。また、今まで控えめな感じで品があったのだが、極限まで喉を絞ったのか低くそれでいて威厳のある声であった。

「えっ……?」

 思わず成佳をまじまじと見つめる侑治郎。

「そうそう、さあっすがなるさん。レイニー軍曹の物真似が上手いねー」

「なるちゃんは何でもできるよね。声優になれるんじゃない?」

「ふふ、私なんかなれないわぁ。上手な人は沢山いるし」

 そのまま3人は、アニメ談義に花を咲かせてしまった。

 侑治郎はそんな光景を目にして、しばし口をあんぐりと開けていた。だが、どう声をかけていいか分からず、困り果てた表情で隣に黙って座っている紗弥菜の様子を窺った。

 視線を敏感に感じ取った紗弥菜は、読んでいた漫画から眼を離し、眼鏡のブリッジを押し上げながら、侑治郎の眼を直視する。 

「残念だけど、こうなったからにはしばらくこっちに戻ってこないわ。私は、アニメには興味がないからこの話題になったら、いつも黙ってるけどね」

「あっそうなの……」

(やっぱり、女子ってのはよく分からない生き物なんだな……)

 改めてそう思う侑治郎だった。


 爽奈と成佳と真優のアニメ談義が終わったのは、10分後だった。

 各々が完食し終わったのが更に30分後。出来立て熱々だったカレーも、少し冷めかけていたらしい。

 そして今、女性陣が自己紹介を終えた。今度は侑治郎の出番である。

「改めて円城寺侑治郎と言います。訳あって――」

 侑治郎から見て左斜め横に座っていた爽奈から、腕が伸ばされる。丁度、口の前に掌が止まってもう喋るな、と言わんばかりであった。

「ストォーップ! ちょっと待とうかでっくん。訳ってなんですの? 気になって仕方ないんだけど」

 爽奈に肝心な所を衝かれ、微苦笑を面に表す。少し考えた後、頭を掻きながら口にする。

「んー……正直言いたくなかったんだけど、去年の今ぐらいにこっちに帰ってこようとしたら、事故に巻き込まれてね。それで、大腿部の頚部けいぶを折ってしまったんだよ。それで3ヶ月ちょいは寝たきりだったんだけど、辛かったなぁ……」

 ベッドで過ごした永すぎる期間を思い出したのか、遠い目を天井に投げた。

 成佳が目を瞠る。

「大腿骨頚部骨折と言ったら、お年寄りとか割と年配の方のイメージが強いんだけど、円城寺さんみたいに若い人もなるのねぇ」

「お、詳しいね。担当した医師や看護師さんによく言われたなぁ。あと、相当運が悪かったんだね、とも」

 爽奈がやおら立ち上がり、薄い胸を張って断言する。

「やっぱ、牛乳飲まなきゃ駄目だよ! 私みたいに1日500ml~1リッターは飲まないと。そのせいもあって骨折なんか1回もしたことないし、怪我してもすぐ治るし、良いこと尽くめだよー」

 紗弥菜は、目を細めて野卑にも似た笑みを口角に顕現させる。

「その割には悲しいほどに、胸や身長には行かなかったみたいね。吸収した分は何処へ行ったのかしら」

 挑発されてすっかり頭に血が上った爽奈は、表情を憤怒の形相に変えつつ、人差し指で紗弥菜の胸を指す。

「胸と身長のことを何で言うかなー。何でもでかけりゃ良いってもんじゃないと思うけどね。でも、なるさんは別格。なるさんの胸には愛情が詰まっているからねっ。あんたの胸なんかね、ただの脂肪の塊だ!」

 自慢の胸を面罵された紗弥菜は、ほぼ無意識に眼鏡を外してテーブルに置き、怒髪衝天を衝かんばかりに食ってかかる。

「な、なんですって!? これだから、精神的にも肉体的にもお子様は困るわ。根拠もかけらもないことを、しゃあしゃあとよく言えるわね。ねえ、成佳。馬鹿らしいと思わない?」

 しかし、成佳の答えは紗弥菜が望んでいたものと違っていた。

「じゃあ、爽奈ちゃんと真優ちゃんに触ってもらって、決めてもらいましょうか。はたして爽奈ちゃんの言う通りなのか」

 それにしても、この女ノリノリである。某番組の企画なら、先述の常套句がお茶の間に流れたであろう。

「あ、それいーね」

 一も二もなく爽奈が同意する。

「でも、でもさ……」

 真優が止めようとするが、最早遅い。

 引っ込みがつかなくなった紗弥菜が、折角の整った顔を歪めていると、いつの間にか空気と化していた侑治郎が、手を上げた。

「何、貴方も参加する気? いい度胸してるわね。私の胸を触ったら――」

 わずかに頬を朱に染め、強い口調を侑治郎にぶつけようとするも、途中でさえぎられた。

「あのさ、俺が居ない時にやってくれないか」

 もう、うんざりだ。そう言いたげな顔で胸の内を吐露した。

「分かった。じゃあ、帰れ」

 即座に爽奈が反応。喜色を満面にして、軽い口調で言った。

 出合った時から薄々感付いてはいたが、ここまでお子様な性格とは夢想だにしなかった侑治郎は、胸中に激しく生じた呆れを押し隠しながら、席を立つ。

「そうか。それなら、そろそろおいとましますか。木下さん、カレーごちそうさま。とても美味しかった」

 突然変わった空気に、成佳は若干戸惑う。

「え、ええ。また宜しければ、一緒に食べましょうね」

 早くも玄関で靴を履いている侑治郎が、首だけ振り向いて微笑む。

「ありがとう。じゃ、お邪魔しました」

 ドアが開かれ、何秒も経たずに閉まる。その閉まった音だけが4人をしばらく包んでいたが、やがて爽奈の音頭で再開された。

 階段を上がって自室に入った侑治郎は、1つ大きく溜息を吐くと、しみじみと独語する。

「女の思考回路ってどうなってんのかな……。本っ当、切に知りたいわ」

 明日以降のことを考えると、もう1つ大きな溜息が出る侑治郎だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ