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03章……背ぇ高のっぽの誰かさん

 ホームルームの連絡事項がつつがなく終了した時、クラスの数少ない男子が自然と女子と離れた所に寄り集まり、こそこそと話していた。中には軽く鬱になったのか頭を抱えている男子もいる。

 爽奈達が所属する幼稚園教諭保育士養成科は、2クラスに分かれている。生徒を総計すると80人。うち10人が男子で、それが男女半々分けられるから、1クラスに35人の女子と5人の男子という構図ができあがる。まるで、共学に成り立ての元女子高のような男女比率である。

 必然的に女子がどう思っていようとも男子は、様々な意味で肩身の狭い思いをせねばならなくなる。女子に苦もなく話せる男子にとっては、天国とも何ともないと思われるが、みんながみんなそんな男子ばかりではない。中には女子と話すことがどうしても馴染めず、内向的な男子もいるであろうから、この状況を苦痛と感じる者もいる。それが前述した頭を抱えている男子である。

 しかし、彼が頭を抱える原因は違った。むしろこの状況は、昨年から1年も続いているので、こんなことでいちいち頭を抱えるわけがない。問題は、ホームルームに告げられ、配られた用紙にあった。

 ――告、ここに書かれしことをなるべく実行すること。

 1つ、定められた班の女子(または男子)と1人につき1日10分~20分は会話し、コミニケーションを図る事。何でもいいんですよ。何でも。そう、何でも…………。まずは話すことからです!!!

 1つ、今夏ひと月に渉って行われる実習時は、なるべく定められた班で行動すること。なるべく私も便宜をはかります。

 1つ、定められた班でボランティーア活動も積極的にすべきこと。尚、班で活動した時のみ1日ボランtiliアした分が、2日分になることもある。私は楽しみにしていますが、みなさんは面倒臭いの一点貼りで卒論なんか書きたくないでしょ? だったら、頑張りましょうよ!!!!!

 似上のことをまもらかった人は、単位をあげませんからね! べ、別に、学長先生若ーいとか美人とか……賛辞の言葉を用いて書いた文章を、書いて、欲しく、なんか、ないんだからねっ! い、1万文字までなら見てやってもいいわよ……!(///)

 以上――


「相変わらず、そこら辺のがきみたいな文章だね。もう、45歳だって言うのに」

 爽奈が小馬鹿にしたような口調で言った。

 真優が顎を引いて同意する。

「そうだね。45って言うと、うちのお母さんと同じ歳だけど、こんな文章書かないよ」

「それより、みんな同じ班で良かったね。離れ離れになったら、どうしようと思ったわぁ」

 笑顔を浮かべながら、しみじみと成佳が言った。

「なるちゃんは、誰とでも仲が良いから大丈夫だよー。私なんか、よく話したこともない人が居るから、どきどきしたよ」

 胸に手を当てて、ほっとした表情を見せる真優。

「それにしても、男子ってのは大変だねぇ。小さくなってびくびくしてなきゃいけないんだから。まるで、ライオンの群れに紛れ込んだシマウマみたいだ」

 いつの間にか爽奈は、教室の隅でひそひそと会話を交わしている男子連中の方に、体を向けていた。

 そんな男子連中を女子達の半数以上は、端から眼中にないのか無視を決め込んでいるが、談笑しつつ時折ちらちらと様子を窺う者も中には居た。

 真優は男子の心を酌む。

「私も男の子だったら、恐々としているなぁ。だって、自分以外に同性が居ないって気を遣うもん」

 そんな真優の言葉が耳に入っていないのか、受け流すように爽奈が反対方向に向いた。

「と言うかあんな奴居たっけ? まゆっちと話している時に、ちょっとだけ気になったんだけどさ」

 成佳と真優も爽奈が言う"奴"に視線を移す。そこには1人だけ席に座って、支離滅裂極まりない文章を、割りと真剣な表情で熟読している男が居た。2人が首を傾げる。

「去年まで居なかったような気がするわね。転校生かしら」

「きっとそうだよ。だって、あそこに男の子達が5人居るし、あの人を含めたら6人になっちゃうもん。男の子は2つのクラスを併せて10人だから、こっち1人多いってことは変だよ」

 全く分からない、おかしいと言った風に、2人は口々に言った。

 2人の意見を耳に入れつつ、腕を組んで何ごとかを考えていた爽奈が、指を鳴らす。

「よし、私が直接問いただしに行ってこよう。怪しい奴なら、鉄拳制裁を加えた後で追い出せばいいんだし」

 鉄拳制裁と言う言葉に、真優がいち早く反応する。

「いくらなんでも、渡り廊下で遇った先輩じゃないんだから……」

「じょーだんじょーだん。もー、まゆっちはすぐに真に受けちゃうよね。だけど、それがいいんだけど」 

 机から弾みをつけて床に降り立った。すると、正面にはプリントを持ってわなわなと震えている紗弥菜が居た。

(ひとまず、紗弥菜をからかってからいこうかな)

 爽奈は、悪がきのような笑みを作った。

「どーした? 紗弥菜さんよ。何かご不満でもあったんかい」

 紗弥菜はプリントから眼を逸らさず、口元を小刻みに動かしながら、憎々しげに漏らす。

「こういう地の文と会話文が一緒になってる文を見ると、非常に腹が立ってくるわ。ああ、直談判して目の前で添削してやりたい……! しかも顔文字や誤字や脱字や疑問符や感嘆符が……!!」

 今にもその場で怒声を挙げんばかりである。触らぬ神にたたり無しと言わんばかりの顔で、紗弥菜を避けて男のもとへ行こうとしたその時。

「あ、チャイムが鳴ったね」

 1限の開始を告げるチャイムが、構内に鳴り響いた。


 履修登録やら学校生活やらの説明が終わり、担任が号令をかけようとした時だった。

「あっ――! わーすれーてた――っ!」

 両手で頭を抱えつつ、絶叫とともに教卓に勢いよく顔を突っ伏す。当然ごん、と鈍い音が教室の静寂を打ち壊すように鳴る。しかし、生徒達がざわつく暇を与えないように計算しているのか、すぐさま絶叫前の姿勢に戻った。

「円城寺くーん、ちょっとこっちに来て」

 担任が手招きすると、一番後ろの席から1人の男が立ち上がり、教卓の方へ歩みを進めていった。

「すっかりみなさんに紹介し忘れていましたが、今更ながら紹介します。円城寺侑治郎えんじょうじ ゆうじろうくんです!」

 担任が失念していたことを全く気にしていないのか、眉1つ動かすこともなく、口を開く。

「みなさん初めまして。訳あって1年間休学してました、円城寺侑治郎と言います。みなさんより1つ年上ですが、宜しくお願い致します」

 言い終えてから体を折り曲げるように、一礼した。その姿はどこか滑稽に見えた。

 なぜなら円城寺は180cm半ばの偉丈夫であり、クラスの男子の中では抜きん出るほどである。針ねずみを頭に乗せたような割ととげとげとした短髪。細身ながらも肩幅ががっちりしていて広く、逞しさを感じさせられる。顔立ちはほどよく整っていて優しそうである。荒々しい雰囲気は全くなく、顔だけ見れば優男にしか見えないほどだ。

 教室中に拍手が巻き起こる。

 その中で爽奈は、手を打ち鳴らすこともせずに、机の上に置いてあるプリントの下部をじっと見つめていた。

(やっぱりだ。あの円城寺とか言う奴、私達と同じ班だ! ……ふっふっふ、どうしてくれようかねぇ)

 プリントに顔を突っ伏してくつくつと笑う様は、どう見ても小学生が何かろくでもないことを、思いついたようにしか見えなかった。


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