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15章……紗弥菜の告白

「えー、『仮面戦隊アヤシンジャー』の主人公の必殺技は、"轟旋風・一刀両断"でしょー?」

「違う違う。それはラスボスに使った1度きりの技だ。……と言うかそんなに観てないとか言ってた癖に、1回使った技を憶えてるな」

「ふっふっふっふー、第1話と最終回はきちっと観るからね。その辺は抜かりがないのだよ。あとは適当だけどねー」

「おいおい、そりゃないだろ。せめて何話か続けて観ろって」

「そうは思ってもさー、大体朝早くて起きれないもん。あ、録画しろったって無駄だよ。消したくないアニメが沢山詰まってるし」

「ああ、そうかい……」

「で、必殺技は何なのさ」

「あ、そうだな。それはだな、こうやってしゃがみながら柄に手を掛けて、抜刀しながら"轟旋風・斬切"、と、言うやつだ」

「へえー、格好いいじゃん! 他には? 他にはないの!?」

「いきなりテンションが上がったな……。ま、あるっちゃあるぞ。こうやって構えてだな……」


 10月1日から執筆を開始した脚本は、規定の1週間で仕上がり、その翌日はひとまず読み合わせ、そのまた翌日から稽古を始めた。

 因みに衣装は、卒業生が作ったものの借り物である。何回も使いまわされているせいか、ほつれや汚れが酷かった。しかし、いちから自作してたら、それこそ劇の本番で醜態を晒しかねないので、借りられるだけの衣装を借り、過不足分やほつれなどは真優と成佳が製作・修繕することで帰着した。

 『桃太郎』を劇に使おうとしていた班が他にも2つあったが、1つの班は何を迷ったか『笠地蔵』に変更した。本家の『笠地蔵』は地蔵が7体。おじいさんとおばあさん役で2人抜けるとしても、3体しか居ないことになる。まあ、異説があって3体という地方があるらしい。それにそんなことは、園児達にとっては些末なことであり、教師も特に何も言わないから問題ないらしいが。

 もう一方の班は正史の『桃太郎』を行うそうだ。その為に、衣装の争奪戦が繰り広げられると思いきや、過去にも何班が被って劇でやったそうで、何着も衣装室に眠っていた。だが、比較的新しい方はさっさと持っていたらしく、爽奈達が取りに行った時には古びたのしか残っていなかった。

 腹は立てども後の祭である。先に述べたように、器用な真優と成佳が修繕できる部分は修繕していた。

 この日は2時間限定で体育館のステージを使えることになっていた。時間制限つきなのは、他の班も使用するからである。担任はこういうところには頭が回るらしく、班ごとに使える曜日や時間など、大雑把に振り分けたプリントが、泣き落としを使った翌日に配られた。因みにこの時ばかりは、程好く振り分けられていたので不満は出なかったという。

 体育館に成佳と真優が談笑しながら、入って来た。2人の両手には、お菓子やジュースなどが入った袋を持っている。

 真優は、ステージに上がる際に使う階段で、腰を下ろしている紗弥菜を発見。駆け寄って両手を挙げて見せた。

「ただいまー。さやっちゃん、1人でどうしたの?」

「おかえり。台本のチェック中。あと、あいつらが何話してんだかさっぱりで、ここに居たの」

 ちら、と紗弥菜は、はしゃいでいる爽奈と侑治郎の姿を流し見る。何処か複雑な表情を面に浮かべながら。

「それに、何かは分からないけど、いらいらするのよ。……あ、決してあいつらのことが本当に大嫌いって訳じゃないのよっ。む……むしろ、好きだし……。で、でも、なぜかいらいらするの。ああやって仲良く話していると、特に……」

 真優は、かけている眼鏡みたく目を丸くした。

「ええっ? さ、さやっちゃん。それって……恋じゃないの!?」

 釣られて紗弥菜の目も丸くなる。手にしている台本を落としそうになるほどだ。

「こ、恋!? そ、そんな訳ないと思うけど……こんな気持ちになるものなのかな?」

 額に手を当てて顔を隠すようにしてうつむく。紗弥菜自身、しばらくは縁もなさそうな話だと思っていたからだ。

「私にもよく分かんないけど、多分そうだと思うよ。……本で得た知識だけど」

 真優は慌てて付け加えるが、時既に遅く。紗弥菜の耳には真優の声が入らず、長考の海に沈みかけたその時。

 紗弥菜と真優の会話の途切れた頃合を見計らって、絶やすことのない笑みを珍しく潜ませ、成佳が切り出した。

「こんな時にいきなり訊くのは、如何なものかと思うんだけど……。紗弥菜ちゃん。貴女、爽奈ちゃんにキスをしなかった?」

 平坦な口調だった。成佳は別に喜怒哀楽は顔に出していない。ただ、訊きたいこと訊いただけらしい。

 びくっと体を1度震わせただけで、顔を上げようとしない紗弥菜。長い髪が前に垂れてきて顔の側面を覆い隠し、真正面以外からでは窺い知ることができない。

「ええっ――」

「ごめん!」

「むぐぅっ」

 仰天して大声を挙げようとした真優の口を、成佳は割りと強めに掌で塞ぐ。

「それはっ……そのっ……」

 いつの間にか顔を上げていた紗弥菜。突然のことで、適切な言葉がなかなか出てこない。その代わりに、頬が徐々に赤々と染め上げられていく。

 紗弥菜が抱いているであろう懸念を振り払ってやるように、成佳は優しく推察を述べる。

「紗弥菜ちゃん、大丈夫よ。そういう意味でしたんじゃないということは、よく分かっているから。おそらく、お粥を口移しで食べさせてあげてたのよね」

 はっとした顔でゆっくりと顎を引き寄せる紗弥菜。

「そ、そうね。その通りだわ……。でも、どうして分かったの?」

 面を笑顔でふんだんに彩らせる成佳。

「紗弥菜ちゃんの唇に、ちっちゃいご飯粒がくっ付いていたからよ。だから、もしかしてと思って」

「あー、なるほどね……」

 納得して首肯した紗弥菜。

 普段の表情に戻っているのだが、何処か成佳に対して構えている話し振りだった。

 それを敏感に察知した成佳は、ひとまず掌で口を押さえていた真優を開放し、詫びを入れつつ紗弥菜の前にしゃがんだ。咳払いの代わりに、ひとつ微笑みを挿んでから発し始める。

「あのね、紗弥菜ちゃん。私は何も咎めようとして言ったんじゃないわ。ただ、その時どんな感情があったか知りたいだけなのよ。差支えがなければ、それで紗弥菜ちゃんのもやもやが晴れるなら、私達にだけでも聞かせてもらいたいの」

 ねっ、と謝罪の念を含ませた眼で涙目の真優を振り仰ぐ。

「うん。私も聞きたいな~」

 真優は涙をハンカチで拭きながら、紗弥菜の眼を直視してにこりと笑った。

 もう、胸の中に閉じ込めておくのは限界だった。紗弥菜の胸の内は、懸念が渦巻いていた。脳内では、はたして言っても大丈夫なのだろうか、信じて理解してくれるのだろうか――そんな思いが無尽蔵に湧いてきていた。しかし、眼前の友人達の優しく暖かな眼を見ていると、本音と事実を打ち明けてもいい、と言う気持ちがだんだん生じてきた。そう思うと意識せずとも、面輪おもわに笑みがこぼれた。

「分かった。話すわ。口移しをする時は、嘘偽りなしで爽奈のことを率直に可愛いと思った。けれど多分、成佳が思っているであろう、私もよく知らないんだけど"百合"の世界とは関係ないと思う。その……情欲を掻き立てられるとか、キスし続けたいとは思わなかった。何より爽奈や侑治郎を含めて4人は友人以上、もしくは家族かきょうだいだと私は思っているからね」

 そこまで言うと、唾をごくりと飲んだ。どうやら、喉が渇いているらしい。

 真優は、袋を漁って500mlタイプのお茶を取り出し、紗弥菜に手渡した。

 紗弥菜は礼を言いつつ、半分ほど飲み干した。キャップを締めて傍らに置き、話を再開した。

「ここから先は誰にも言ったことがないんだけど、2人だから話すわ。私には妹が居た。名前は紗弥香。紗弥は同じ漢字で「か」は香るの香。歳は5歳違い。シスコンだと思われるけど、凄く可愛い妹だった。生意気で威勢がよくて、屁理屈は1人前にこねるのが上手で……。でも、誰に対しても差別なく接していて、いじめが大嫌いの正義感の塊で融通が利かなかったけど、それでも良い子だった。口喧嘩も取っ組み合いの喧嘩も沢山したけど、仲は良かった。だけど……」

 だんだん紗弥菜の表情にかげりが浮かんできた。

「妹が10歳の時、体育で100メートル走をゴールした瞬間に倒れて、そのまま死んでしまったの。原因は分からないんだけどお医者さんは、急性心筋梗塞で片付けてしまったわ。私は当時中学3年生だったけど、わんわん泣いたわ。通夜の時も葬式の時も出棺する時も。家族のみんなは、しばらく経って元通りになったけど、私は沈んだままだった。高校に行ってもショックを引きずっていて性格も暗く、積極的に交流を図ろうともしなかったから友達なんか1人もできなかった。ほとんど一日中紗弥香のことを考えていた。高校3年生になって進路をどうするんだと言われた時、一応小学生ぐらいの頃から抱いていた夢があって、とりあえずそれにすることにした。幸い成績は良かったから、早々に進路を決めることができたわ。高校を卒業して、資格を取る目的だけに、ここに来た。友達も高校の時同様に作らない気でいた。ところが……驚くほど紗弥香に似た女子が居た。その女子には悪いことをしたと、今でも思うわ。なんせ、開口一番大声で「紗弥香!」って言いながら、抱きついてしまったからね。しかも泣き始める始末で。幸い、周りに人が居なくて良かったけど、当人もかなり困惑してたわ」

 苦笑いしながら、お茶をあおる。

 成佳が勘を働かせ、間隙をつくように質問する。

「もしかして、爽奈ちゃんのこと?」

 意想外なことに耳を疑う紗弥菜。

「あれ? あいつから聞いてなかったの? 以外ね。そう、如何にもあいつ――爽奈のことよ。最初は成佳と真優みたいに和気藹々(わきあいあい)やってたけど、3日も経ったら、あいつの本性を知って呆れたものよ。私も最初は大人しくしてたけど、だんだん我慢ならないことは言うようになったしね。しょっちゅう口喧嘩をしてたわ。そうであっても話は合うし、何だかんだで面白い奴だから、付き合ってたけどね。あと、紗弥香に似ていたせいか危なっかしいから、ほっておけなかったし。で、そうこうしているうちに成佳と真優が加わって、今の関係が形成された訳なのよ」

 一旦句切って、また翳りを帯びた表情になっていく。

「だけど、最近になって……よく爽奈と紗弥香がダブって見えるようになった。私は、その都度接し方に困ってしまう。ダブって見える時は声や言ってることまでが、まるで紗弥香が言ってるように聞こえるの。その時は『紗弥香!』って叫んで抱きしめてあげたい。でも、できないもどかしさ……。だってそんなことをしたら、爽奈を困らせてしまう。何も知らない爽奈を、巻き込みたくないのはやまやまだけど、衝動を抑えきれなくなったらを考えると……。その葛藤が、今の私の中にあるの。本当、どうしたらいいのか……」

 言い終わるや、頭を抱え込んでしまった。 

「紗弥菜ちゃんは、本当に悩んでたのね……。妹さんと重なって見える、か……」

 成佳は居た堪れなくなったが、同時に何とかして紗弥菜の問題を解決してあげたいと思い始めていた。断腸の思いを隠そうともせず、天井を向いておもんぱかりだした。

 真優はと言うと、紗弥菜の話があまりにも悲しく、しゃがんで顔を伏せてしまい、解決策を思案できる状態じゃなかった。

 しばし、3人の間に静寂が生まれた。相変わらず、ステージの上では爽奈と侑治郎の2人が全然飽きもせずに馬鹿騒ぎを続けている。

「この話を、爽奈ちゃんと侑治郎さんにもしてあげた方がいいと思うんだけど。……どうかな?」

 まだ胸を圧された気分なのだろう、憂いを含んだ思案顔をしつつ、成佳は窺うように紗弥菜を見つめる。

 少時無言のままの紗弥菜だったが、幽愁ゆうしゅうを漂わせつつ、顔を緩やかに上げて頷いた。

「そうね。紗弥香のことはいずれ折を見て爽奈と侑治郎にも話そうと思っていたし……」

「分かった。私が呼びに言ってくるわね」

 ふっと笑い、成佳が承諾した。


 紗弥菜は、爽奈と侑治郎にも紗弥香のことを話した。

 2人は驚いたり、悲しそうな顔をしたりと急がしそうに表情を変えていた。最終的に、侑治郎は傷心を顔に浮かべていたが、爽奈はうーんと難しそうに眉間に皺を寄せた。やがて、あっと声を放った。

「そういや、そんなこともあったねー。あん時は驚いたよ。でも、みんなに話さなかったのは、どこかで言っちゃ駄目だなーって意識があったから。だって、あん時の紗弥菜の行為は本物だったもん。演技であそこまで泣けって言われても、わんわん泣けないしね」

 懐かしそうに言って、ふふ、と小さく笑った。そして、反論しない紗弥菜に眼を合わせる。

「こんな私でよければ、その見える時だっけ? できる限り紗弥香ちゃんのように振舞うよ。あんたは命の恩人だしさ、いつかは恩を返そうと思ってたし。だからさ、元気出しなって。

 んー、そんなに似ているんだったら、会いたかったなー。紗弥香ちゃんかー……」

 紗弥菜の真ん前にしゃがみ、同じ目の高さになったところで、満面に笑顔を閃かせる。

「にしても、前々からそうだったんなら、早く言ってくれれば良かったのに。私とあんたは会えば喧嘩ばっかしてるけど、友達は友達じゃん。あ、付き合いが長いからそれ以上か。何でも胸の中にしまってちゃ苦しいだけだよ。今度からはある程度出していくこと。分かった?」

 嬉しさが胸に満ち溢れ、許容できなくなったのか思いがけず瞳が潤む。紗弥菜は、こくっと首肯して唇を引き結び、泣くまいと耐える姿勢に入った。

 しかし、

「――!?」

 爽奈が卒然、紗弥菜の両頬をつまむと、痛くない按配で引っ張り出した。

 あっと言う間のことに、成佳と侑治郎は凍りついた。目が点になり、口は半開きで微動だにしない。

 これに紗弥菜は、反射的にかちんときた。良いこと言ったと思えば、やっぱり無神経な奴なのか。憤然として、それでも爽奈の頬を同じ力加減でつまんで引っ張る。

「何すんのよ!」

 すると途端に、紗弥菜の頬からぱっと手が放された。紗弥菜は意図が掴めず当惑する。頬の掴む手の力が緩む。

「うん! それでこそ紗弥菜だ! 流石私が認めた眼鏡っ娘だけあるわ」

 最後の一言は明らかに余計だったと思えるが、爽奈は気にしない。素早く立ち上がるや、振り向いて声も高らかに呼びかける。

「さあ、湿っぽい空気はこの辺にして稽古をしようよ! あと1時間ぐらいしかないんだからさ! もー、まゆっちもいつまでも泣いてないで早く立つー!」

 真優にずかずか歩み寄って、手を引っ張る爽奈。

「だ、だって……さやっちゃんが可哀相で……」

 真優は、手の甲でとめどなく流れる涙を拭いている。

「その話はもう終わったの! ほら、これで顔を拭いてステージの上に行くー! 侑治郎もなるさんもほらほら」

 ハンカチを真優に渡しながら、今度は突っ立っている2人に近付く。

「あ、ああ」

「そ、そうね。始めましょうか」

 2人も我を取り戻し、ステージに向かう。

「さて、と……」

 きびすを返す。紗弥菜はまだ当惑している様子だった。

「こらー、紗弥菜! いい加減にしないと温厚な爽奈さんも閻魔になるよ――っ!」

「煩いわね。今ステージに行こうとしてたところよ!」

「嘘ばっかり。ぼけーっとしてたくせにー」

「違うわよ! 役に集中できるように意識を集中させていただけよ!」

 その場で口喧嘩が切って下ろされた。

 そんな爽奈と紗弥菜を他の3人は、三者三様の面持ちで、しばし仲裁にも入らず眺めていた。

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