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01章……小学生……?

 抜けるような青い空。春特有の柔らかい日差しが、木々や地面や人々を照らしている。長期に亘る寒い季節がようやく終焉を迎えた。知らず知らずであるが、人々の顔つきも寒さから解放されて朗らかだ。

「殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す」

 そんな中で、うつむきつつ何やら物騒な言葉を、ぶつぶつと無表情且つ小声で吐いている小学生が居た。

 その小学生は、周りの大人から見れば当然小さいが、同じ歳の子どもに比べれば平均的な高さと言える。

 しかし、キャラもののトレーナーに、白地に水玉模様を浮かべたスカートと言う出で立ちだ。

 加えて、襟足より少し伸びた後ろ髪と眉を覆い隠す前髪のショートヘアであるのに、左側頭部の髪を小さくまとめてゴムで結んでいる。ちょうどそこの部分だけ擬態語を用いて言うなら「ぴょこん」と出ている感じだ。

 更に小学校1,2年生が被るような真っ黄色い通学帽を深々と被り、赤いランドセルからはリコーダーが少し顔を出している。手さげ袋も、でかでかと可愛くデフォルメされたよりにもよっておこじょが貼ってあった。

 ……以上の点からどうしても、格好のせいで実年齢から3,4歳幼く見えてしまう。 彼女も好きでこんな格好をしているわけではない。年相応の格好をしたいと願っている。しかし――

「おっはよー」

 と、後方から明る気な声が聞こえてきた。

 彼女がとっさに口を引き結んで笑顔を作りつつ振り向くと、同級生らしき少女が駆け寄ってくるではないか。

 内心では舌打ちをしながらも、にこりと笑い、年相応の声でやってきた女の子の名札と顔を素早く交互に見て、挨拶を返す。

「おはよー。えーっと……ゆりちゃん……?」

 途端にゆりと呼ばれた少女が、ぷうっと頬を膨らます。

「違うよー。一般的には百合は"ゆり"って読むけど、私の場合は"りりぃ"って読むんだよ。……昨日も言ったよねぇ?」

 最後の方はやや責める口調だったので、彼女はかちんときた。が、おくびにも出さずに困った顔の作り、素直に謝る。

「ごめんごめん。わざとじゃないんだよ。この頃みんな個性的な名前でさー。ほら、隣のクラスにゆりちゃんっているじゃん。百合りりぃちゃんと同じ漢字のさ」

 彼女は歯切れの悪い口調で言った。

 そう言われてみればと、百合は苦笑する。

「そうだね。隣の子と一緒になっちゃうよねぇ」

(いるのかよっ!)

 心中では、すかさずつっこみをいれた。だが、口に出してはまずいと、何とか出てきそうな言葉を飲み込む。

「おっはよーっ!」

 2人の許に元気よく走ってくる少女がいた。かなり離れていたのだが、たちまち追いつき、ぱっと笑う。

「おはよー。るなちゃん」

「うんっ。おっはよう! りりーちゃん」

「だから、後ろは伸ばさないでよ。小さい"ぃ"なんだから」

「たはははは。ごめんごめん」

 るなと呼ばれた少女は軽く笑って見せた。

 彼女は、突然の"るな"と呼ばれている闖入者に、目を瞠っていた。

(こ奴……小6の分際で少し胸があるではないか。しかも背ぇ高いなあ。なるさんが自分の背を165って言ってたから、160はあるかな。にしても)

 百合と仲良く談笑しているるなの胸をちらっと盗み見る。

(羨まけしからん。私なんか……)

 両手をそれぞれの胸に置く。そして、2度3度さする。微々たる膨らみはあるが、皆無に等しい。

 それに対してるなの胸は、まだ小さいながらもはっきりとした膨らみがあった。

 虚しさと悲しさで胸が痛む。彼女が少し顔を下げ、溜息を小さくふうっと吐いた瞬間に、不意に声をかけられた。

「どーしたの由加ゆか。胸に手を置いて溜息なんかついちゃって」

 るなが挨拶と同じ調子で言った。

 彼女――由加は反射的に顔を上げて、微笑む。当然、るなの名札を確認しつつ。

(月と書いて"るな"って読ませるのかー。ま、"らいと"よりはましかもね。それにしても、この2人の親のツラを一度でいいから、拝んでみたいものだね)

 由加が黒いことを思っているなど露ほども知らないるなが、あっと言いながら手をぽん、と打った。

「胸が小さいことなんか気にすることないよ。私なんかあったって邪魔だし、ブラジャー着けんの激しくめんどいし」

 ずばっ。

 百合も月が言った前者のみを肯定しつつ、同調する。

「そうそう。私達はこれからだよ。きっと、これから大きくなるよっ。だから毎日牛乳飲んでがんばろっ。ねっ」

 ずばっ、ずばっ!

「う、うん」

 困惑を混ぜた微笑みを2人に返しつつ、由加は思う。

(くはっ……侮っていた。多分、悪気はないんだろうけど、思ったことをずばずば言われるとは……。小6なのに、まだまだ子どもってことか。それにしても、刀で斬られたことはないけど、斬られるとこんな感じなのかな。胸がずばーって切り刻まれたように痛い。さ、さあって、内面創痍の私に次は何を言うのかな――)

「由加ちゃん、危ない!」

「へ?」

 慌ててスカートを押さえている百合に、目の焦点が合っていた。

「隙ありっ!」

 掛け声一閃、由加のスカートはふわりと浮いた。当然、下着もあらわになる。

「よっしゃ――っ! ゆーかのパンツ、真っ白けー!」

 少し前方から、歓喜と勝利が一緒になった声が聞こえた。

 スカートをめくられた由加は、何が起こったのか理解できずに、その場に立ち尽くしている。

「もー、孝一こういちのスケベ、ヘンタイ、煩悩の塊――っ!」

 頬を朱に染めた百合が、スカートをめくった半袖短パンの少年に、非難の声を浴びせた。

「ぼ、ぼんのーのかたまりぃ? 何だそりゃ」

「知らないけど、お母さんがお兄ちゃんに言ってたの!」

「意味も分かってないのに、言うなよ。ブスー!」

「うるさーい、この年がら年中短パン小僧! ポ○モンの世界に行って帰って来るな――っ!」

 そのまま2人は、如何にも小学生らしい口喧嘩に突入した。

「あーあ、まーた始まっちゃったなー」

 月は両手を後頭部で組んで、半ば呆れた様子でつぶやいた。

「くすん、くすん……」

「あれ?」

 いつの間にか由加が両手で顔を覆い、泣いていた。

「ひどい……ひどいよぉ……」

 手の中のくぐもった声は、嗚咽を混じらせており、聞く者の良心が痛むには十分過ぎるほどだった。

 月は由加の帽子を取り、頭を優しく撫でつつ、百合と孝一に呼びかける。

「ちょっとー、お2人さんストーップ!」

 2人が月の声に反応して口合戦を止め、月の方を見る。由加の様子が明らかにおかしい。

 百合が軽蔑の表情で孝一の頭を叩く。

「ほら、由加ちゃんが泣いちゃったじゃない。謝ってきなよ」

 孝一がしまったと言う顔になる。

「そ、そうだな」

 困り果てた様子で由加の許に歩み寄る。そして、さっと頭を下げた。

「ごめん! マジでごめん! ほんとーにごめん! 許してください!」

 言い終わると、由加の嗚咽が収束していった。ほっと息をつく。が、しかし、突如として胸倉を掴まれるや、そのまま持ち上げられて地面から数十センチ浮いた。

 突然のことに意味が分からなくなった孝一は、正面を見た。すると、怒気も顕にした由加が、右手1本で自分の胸倉を掴んで、軽々と持ち上げているではないか。しかし、割と幼い顔立ちな為、いまいち迫力に欠けてはいたが。

「ごめんで済むなら警察はいらねぇんだよ。このうすらヴォケが! てめぇは何しくさったか分かってんのか。あ゛?」 

 その代わりドスがかなり効いていた。一気に恐怖感がこみ上げてきた孝一は、思わず目をついと月の方に逸らす。と、月がぽかんと口を開けて、半ば無意識に由加の頭を撫で続けいていた。さらに首をやや後ろに回して目の端で百合を見ると、魂を奪われたかのようにその場に立っていた。

「ど・こ・を・見ているのかなー? こっちを見ないと痛い目にあわせるぞ!」

「は、はい!」

 首を素早く回し、再び正面を向く。

「全く、嘘泣きなんて何十年振りに使ったことか。それで、ほいほい謝りにくるとは……ははっ、間抜けも間抜け、大間抜けだねぇ。いや、今どきの小学生――しかも高学年は、小生意気なガキっばっかだと思っていた。けど、あんたも含めて案外、純粋なんだねー。お姉さん、感心しちゃったよ」

 はっはっはと愉快そうに笑う由加。

「お姉さんってあんた……あ、ごめんなさい。えーっと……あっ、あなたは由加じゃないんですか」

 孝一は苦しげに言った。

「はははは、違う違う。そーだ、証拠を見せてあげようか。ほら、そっちに居る子もこっちにきなよ」

 余った片手で百合を手招きする。

 百合はなぜか自分でもよく分からないが、引きつった笑みを作り、由加の所へ駆け寄る。

「よし、揃ったねー。うん、貴様邪魔」

 ぱっと孝一の胸倉を離す。

 あまりにも突然だったので孝一は、足で着地することが叶わず、尻餅をついてしまった。

 由加は、そんな孝一を一顧だにもしないで、手さげ袋のチャックを開き、財布を取り出す。さらに財布を開けて、1枚のカードを取り出して3人に見せつけるように、正面に突き出した。

「じゃーん! これは何でしょーかっ?」

 3人がカードをまじまじと見る。因みに、意識的なのか無意識的なのか、氏名欄の苗字の部分と本籍欄と住所欄は、指で押さえられている。

「め、免許証……?」

 百合が生唾を飲み、恐る恐る言った。下手に変なことを言えば、何をされるのか分からない状況になったからである。

「そー、大当たり! じゃ、名前の横を背ぇ高の子読んでみて」

 月がこっくりと頷く。

「えーっと、昭和63年5月5日生……。あれー? ということはー……」

「由加じゃないの?」

 月が言いかけた言葉を百合が継いだ。

「そーなの。私は、君らが言う由加ちゃんじゃないんだよねー。名札を見てくれれば分かるけど、爽奈って言う名前で、年も小6の11か12じゃなくて、20歳。つまり、はたちのお姉さんなんだよ」

 にいっと3人に笑いかける爽奈。

 3人は級友じゃないこともそうだが、自分達よりも8歳も年上の女性に対する数々の行為を思い返していた。それぞれの胸中に、えも言えぬ重圧が押し寄せる。

「ごめんなさい」

 重圧に耐え切れなくなり、子どもながらに気持ちを精一杯込めたつもりなのだろう、体をきちんと折った真摯な謝罪の言葉が発せられた。

 爽奈はいささか慌てた。まさかそんなに丁寧に謝られるとは、思いもしなかったからだ。

「いやいやいや、そんな体まで折ることはないって言うか謝ることないんだよ。うん。私も紛らわしい格好だしさ、間違えられても仕方ないんだわ。何せ、身長もりりぃちゃんだっけか。同じくらいだしねぇ。にしても、百合でりりぃは読めなかったよー」

「紛らわしくてごめんなさい」

「いやいや、いいんだよ。今の時代名前っつーのは、個性重視なところがあるからねー。胸を張ればいいと思うよ。多分、そのうち成長するから。あ、でも牛乳はあんまり当てになんないから、キャベツがいいかもね」

「あ、ありがとうございます! 私、頑張ります!」

 顔をぱあっと輝かせる百合。

 爽奈が満足そうに親指を立てると、月に顔を向ける。

「月と書いてるなちゃんだっけか。いやー、私は君が羨ましい! 背は高いし、胸も成長が大いに見込めるものだし、足は速いし、可愛いしー。しかも、元気一杯な性格でなかなか思いやりもあるときたもんだから、ある意味超人だわー」

「そうですかー? やー、そこまで言ってもらえると照れますよー。……そう言えば、さっきは失礼なことを言ってすいませんでした。あと、気安く頭を撫でてしまって」

「んなこと、気にすることはないよー。確かに、ブラジャー着けるのめんどっちいって言った瞬間は、ぷっつんして胸を揉みしだいてやろうかと思ったけど、私の嘘泣きに反応して頭を撫でてくれて、評価が一変したね。君はマジで良い子だ! 悪い虫にとっ掴まらないことを祈ってるよ」

「はーい、あざーっす」

 右手を高々と上げて、無邪気に喜ぶ月。

「さて、最後はっと……」

 孝一の方に目をやる爽奈。

 孝一は、恐怖を直感的に覚えたのだろう体がびくん、と震えた。

「勇敢なる戦士君――やや、名前が普通過ぎる孝一君と言ったかな。君はとにかく元気が良くて宜しい! お姉さん感心しちゃうわー」

 2人に話していた時と態度が全く変わらず、しかも思いがけず褒められたことで、孝一は照れ笑いをする。

 爽奈とともにめくられかけた百合は、面白くないと言った顔をしている。

「だがしかし、君は私を怒らせた。私は、やられたことはやり返す性質たちでね。仕返しはちゃんとさせてもらうよ。なぜなら君は、まゆっちの下着を見てしまったからねぇ。友達の仇は討たせてもらうよー」

 まさに天国から地獄である。

 表情が喜から哀になった孝一を見て、爽奈は更に付け足す。

「大丈夫、大丈夫。痛いのはねー、うーんっと……数十秒から1分間ぐらいだから♪ さーあ、選んでもらいましょっか! 電気アンマがいいかカンチョーがいいかくすぐり耐久がいいか。3つの内1つをどーぞ!」

 どれもこれもただでは済まなさそうなものばかりである。

 孝一にしても、3つ全てが凄く嫌だったのだが、逆らえば痛い目に遭わせられることが目に見えているから、素直にしばし悩んだ。悩みぬいた末に、か細い声で爽奈に告げる。

「最後のくすぐりでお願いします……」

 やっぱり、痛みよりくすぐったい方がまだ良いと考えたのだろう、賢明な選択だ思われた。

 しかし爽奈は、口の端を吊り上げて含み笑いを口腔に響かせる。

「ふぅん、くすぐりねぇ……。じゃ、始めますか」

 その爽奈の様相を見て反射的に1度、おこりのように体を震わせる孝一。選択肢を間違ったと悔やんでも、最早後の祭りである。

 やがて、爽奈が孝一の前に立った。両手をまっすぐ上げ、手首を曲げて指を動かし、手の形を変える。熊が人間を襲うような格好だ。

 孝一は、生唾を音を立てて飲み込んだ。その顔は恐怖と不安に包まれ、ともすれば泣きそうである。

 爽奈の両手がゆっくりと下ろされ、脇の下辺りに至った。

 その瞬間、朝の通学路に、何とも形容しがたい悲鳴が響き渡った。

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