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08章-2…先輩達の教え

 生徒達は、一連のあまりにも不可解な振る舞いに、様々な感情や思いが交錯し、せきを切ったように意見や感情を吐露し合い始める。

「あの馬鹿たれが……」

 侑治郎は頭痛を覚え、掌を額に当てて床に視線を落とした。

「あんれー? でっくん、先輩方のことを知ってるの?」

 爽奈がいつもの調子で問うた。

「……そりゃ、1年の時同じクラスだったからな。晋之介とは友人だったし、あっちの馬鹿とは悪友。忘れる方が無理ってなもんだ」

 溜息をひとつ吐き、床を凝視しながらややいい加減な態度で淡々と返答した。次いで太息を漏らし、顔を上げて推論を述べ始めた。

「多分、あの登場の仕方は馬果穂の差し金だろう。さしあたり、晋之介の弱み握って逆らえなくしてんだろうな。全く、あいつのやりそうなことだ」

 真優は何とも言えない表情で、しきりにかぶりを振る。

 侑治郎が聞き咎める。

「ん? 成松は、あいつらのことを知ってるのか?」

 真優が苦笑いしつつ眉をハの字する。

「知ってるも何も、私がボランティアによく行く児童館の職員ですからね」

「あー、そういえば前に、ボランティアを掛け持ちしてるとか言ってたな。なるほどね。……にしても、何で2人で揃って児童館の職員になったんだか。確かに、仲が良かったのは憶えているんだけど……」

 黙って話を聞いていた紗弥菜が冷ややかな視線を、眼鏡の奥の双眸から難しい顔で唸っている侑治郎に送る。

「円城寺、時の流れは残酷なものなのよ」

「は?」

 いきなりそんなことを言われても、理解できるはずがない。困惑し、紗弥菜の方を見やるが、つんとした態度で無視された。

(いつまでも冷たい奴だな……)

 1ヶ月弱経つのに、未だに他の3人と違って慣れない。と言うよりも馴染みづらい。侑治郎の方も骨を折っているのだが、どれもこれもいまいち反応が薄かった。

「いつまでも冷たい奴だな。だから彼氏が――」

 後の言葉に耳聡く反応した紗弥菜が、きっと爽奈睨む。 

「爽奈、学科内の生徒や教授が居る前で事を起こす気? 喧嘩ならあとでいくらでも買うわよ」

 恫喝にも似たような言を伝え、ふんと軽く言いながら、よそを向いた。

(江里口とはおそらく理由が違うけど、百武に腹を立てる理由を何で抱くのか、ようやく分かった気がする)

 侑治郎は、紗弥菜を理解したと思ったらしく、心中で数々のしこりが一気に氷解しさせた。そのまま流れで快哉を叫びたくなったが、残念ながら公衆の面前であり、流石に自重した。

「みなさーん、静粛に静粛に! 再度準備が整ったらしいので、静かにして下さーい!」

 進行役の女子が、体育館中に金切り声を響かせる。どうやら再開されるようだ。

 喧々囂々(けんけんごうごう)となっていた生徒達の話し声が徐々に収束し、段々と数十分振りにしじまが帰来した。

「それでは納富晋之介さん、お願い致します」

 全員が、先ほどのような事態の再来に危惧や期待を持って、左の幔幕を注視する。

 流石に2度はなかった。それでも、緊張のあまりに手と足が一緒に動いており、所々からくすくすと失笑が発生してしまったが。

「えー、ご紹介にあずかりました。納富です。先ほどは、大変失礼致しました。切にお詫び申し上げます。

 私がここ野瀬保育専門学校通っていた理由は、単純に子どものことを世話するのが、好きだったからです。だから、子供と触れ合える仕事であれば、何でも良かったのです。しかし、保育士と幼稚園教諭の2つを卒業と同時に取得できる魅力に魅せられ、職業の選択の幅が広がると思った点もありました。

 さて、なぜ私が児童館職員に就いているかと申しますと、こちらも理由が単純過ぎて申し訳ないのですが、幼い頃地元の児童館にお世話になっていたからなのです。本校に入学してしばらく経ってから、保育士の資格があれば児童館職員になれると知って欣喜したものです。実習も当然、2年間児童館でお世話になりました。

 えー……あとですね。私としては、ボランティアか有償のアルバイトをしておいた方が良いかと思います。実践経験は損にはなりません。むしろ、自分にとって得ばかりです。勉強も勿論いいんですけど、やっぱり現場に立って動く事が肝要かと。勉強以外で気づかなかったことや、その逆もあったりなので。これは大半の方が目指すであろう保育士にも同じことが言えます。現場に出ててんやわんやするよりも、ボランティアやアルバイトの段階でてんやわんやしてた方が、ましとは言い切れないのですが、救いようがあるかなと。まあ、これはあくまで自論なんですが。

 最後に為せばなります。あと、やる気と努力と情熱さえあれば、大丈夫だと思いますので。以上で終わります」

 一礼するや、生徒達の拍手が体育館中を包む。その中を今ではすっかり充実感に満ち溢れた晋之介は、今頃思い出した作法に則って幔幕内に消えていく。

「次に成富果穂さん、お願い致します」

 晋之介以上に生徒達は幔幕を注視する。なんせ、先ほどの騒ぎを巻き起こした張本人である。一挙手一投足が気になってしまうのは、仕方ないことだった。

 だが、生徒達の期待は裏切られた。果穂が真面目くさった作法で出てきたからである。

 対照的に教授陣は、安堵する。これ以上面倒臭いことはごめんなのだろう。

「えーっと、成富です。先ほどは大変失礼しました。だけど、反省はしていません。私はやりたいことをやったからです。まあ、さっきの件はこの辺にしておきましょうか。さっきからお世話になった教授の責めるような視線が、ちくりちくりとか弱い私に突き刺さりましてね。さしもの私も効果は抜群でして、言うなればヒットポイントが最大値100としたら、今は10ぐらいなもんで。

 さて、体験談と言ってもさっき晋――納富……くん? ああ、やっぱ"くん"づけじゃないとまずいっすか。分かりました。ああ、えーっと……そう、体験談でしたっけ? ちょっと前に納富くんが、私の言いたいことを言ってしまったので、特に話すこともないんですけどねぇ。しかも児童館に勤めてますし、8割方が保育士や幼稚園の先生になるでしょうしね。完璧場違いというか納富くんだけで良かったんじゃないかってつくづく思うのですが。まぁ、保育士とかならこの時期運動会の所もあるし、割と近間で暇そうな奴等を引っ張ってきて喋らそうとしたら、私と納富くんしか居なかったという落ちでしょうね。一応は勉強したんだから喋れるだろーと思った教授、私は喋りませんよ。喋るのは……」

 備え付けられた無線式のマイクを奪うようにして掴み、ステージを一思いに飛び降りた。そして、身近に居る女子の前に立ち、にいっと笑う。

 女子は引きつった笑みを返すだけで、そのまま固まってしまった。

「この場に居る生徒達に語ってもらいましょう! じゃ、素敵なスマイルを見せてくれた君っ。あたしが質問するから、答えてね。まずはお名前から、どぉーぞー!」

 鋭い風切り音とともにマイクが振り下ろされ、女子の口から数センチという絶妙な位置で止まった。

 隣の友達らしき女子が小声で呼びかけて、固まった女子を揺らす。意識が戻ったものの、いきなり至近距離にマイクがあることに仰天し、そのまままたも気を失ってしまった。

「あらら、気絶しちゃいましたね。じゃ、友達想いの君にしようか。面倒だから、下の名前だけでいいよ」

 マイクを横に滑らせ、気絶した女子を必死に呼び起こしていた女子の口の前に持って行く。

「……鞠恵まりえです」

 暫時、胆を冷やした鞠恵であったが、二の舞になるまいと己を何とか奮い立たせ、強めに答えた。

 果穂は、マイクを口元に戻して相好を崩す。

「OK、鞠恵ちゃんだね。んじゃ、簡単な質問から。何で鞠恵ちゃんは、この専門学校に入学したのかな?」

「それは……保育士になりたいからです」

「ほう。何で保育士になりたいのかな?」

「幼い子ども達を世話していくことで、日々成長していく様子が見れ、私自身も一緒に成長していけると思ったからです」

 と、ここで果穂が、持つようにと片目をつむって教える。

 鞠恵は素直に従い、マイクを持った。

 果穂は、ポケットからマイクを取り出してスイッチを入れた。どうやら、発言の度にマイクを交互に向けるのが面倒臭くなったらしい。

「ほうほう。殊勝なことを言ってるけど、何だか如何にも面接対策用の答えにしか聞こえないわ」

 図星だった。だが、考え抜いた意見をけなされた気がして、鞠恵はむっとする。

「それなら成富さんは、どんな理由で児童館職員になられたんですか?」

「子どもが好きだから。ただそれだけだよ」 

「そんな子どもみたいな考えでいいんですか?」

「あたしはいいと思うよ。小難しい意見で飾るよりは幾分いいと思うけどね。あと、逆に子どもが嫌いだったら、なる資格なんかないじゃない。だけど、子どもが好きな人は無条件になる資格があるんだよ。……でもね、決して鞠恵ちゃんの意見が駄目ってことじゃないんだ。ただ素を言ってもらいたかっただけなんだよ。意地悪言ってごめんね」

「い、いえ……こちらこそ生意気言ってすいませんでした。成富さんのお考え、よく分かりました」

 そう言って、にっこりと微笑んで一礼する。

「いやいや、逆に良い質問ありがとうね。そういえばさ、何になろうと思ってるの?」

「保育士です」

「保育士か~……んじゃ、親戚かきょうだいに小さい子が居たら、一緒に遊んであげたりしておいた方がいいよ。喜怒哀楽の機微を見分けられるようになったら、完璧かな。赤ちゃんが居るなら、おむつ交換とかミルクの作り方や飲ませ方なんかも。いきなり0歳児クラスはないとは思うけど、さっき喋ってた奴が言ってたとおり、経験は役に立つからね」

「はい、ありがとうございます!」

 思わず、大声で答えてしまったので、耳をろうする大音量がスピーカーから発せられる。周りが耳を塞いでしまう所作を見て、鞠恵は赤面し、ばつが悪そうに下を向いた。

 そんな鞠恵を果穂は可愛く思えた。空いている片方の手で鞠恵の頭を撫でる。

「はははは、どんまいどんまい。見た目と違って元気があって何よりだよ」

 鞠恵の頭からを手を放し、きびすを返す。ステージ上に戻ると、マイクを元の位置に置き、最後にと付け加えながら語り出した。

「専門学校だからと言って、別にその専門学校が特化している職業に就かなくてもいいと、私は思う。第一、去年まで在学しておいてなんだけど、その特化している進路だけなんておかしいですからね。

 人間、学んでいくうちに心変わりもしますよ。それは勉強が思ったよりも面倒臭いだとか、実習で現場を体験して思っていたものと違っていたり、と様々。そうして生まれてきた心変わりと言うかズレを直すのは、よほどのことが起きらないか起こさない限り、無理でしょうね。割り切れる人はいいですよ。これから頑張って行けばいいんだ、と思う人は大丈夫。しかしね、そこからずるずると悪い方に悪い方に考えて行って、とうとう自分は不向きだなんて烙印を押しちゃう人いるんですよ。

 私は、無理に保育士や幼稚園の先生になれとは言いません。難しい理由はいらない。そんな時は単純明快に、何でこの道に進もうと思ったかを思い出せばいいんです。理由なんて十人十色。でも、絶対に"人が好き"、"子どもが好き"って単語はあるんじゃないかと、愚考します。今まさに悩んでる人は、よくよく考え直してみてはどうでしょうかね。では、私からは以上です」

 果穂が形式的な一礼をすると、たちまち拍手が鳴り響く。その中を満足気な表情で幔幕に下がっていった。

 こうして、卒業生講演会が一応は無事に終了した。教授達があとで果穂を呼び出し、説教を垂れたのは当然ことであったという。

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