禁門の準備中の変
【登場人物】
[長州藩の面々]
・入江…他4人の行動に困惑する。
・久坂…真面目だが天然気質。
・時山…おかしな行動が目立つ。
・寺島…超マイペース。
・市之允…少々欲張り。
[福井藩の面々]
・村田…福井藩軍監。開戦準備中。
元治元年七月十九日〈新暦:1864年8月20日〉朝、政変により京都を追われていた長州藩が失地回復のため、京都御所に進軍。久坂率いる長州藩の一隊は、福井藩兵が守る御所南方の堺町御門の前にいた。
久坂「もう後戻りはできませんよ?」
入江「覚悟はとうに出来てる。俺たちはいつでも突入できるぞ。」
(時山、寺島、市之允の三人も頷く。)
久坂「よし!参るぞ!」
一同「オー!!」
(久坂が門の扉にゆっくりと近づく)
ーコンコンコン
(久坂は扉の板を拳の関節で軽く叩いた)
一同「………」
ーコンコンコン
一同「………」
入江「?」
ーペシペシペシ
(久坂は手の平で軽く扉の板を叩いた)
久坂「すいませーん!」
入江「ちょっと待て。」
久坂「なんですか?」
入江「何をやっているんだ?」
久坂「そりゃ、中の人を呼んでるんですよ?」
入江「お前は一体、何を言っているんだ?」
久坂「だから、戦するんですから、中の敵兵に来てること知らせなきゃ。」
入江「穏やかすぎないか?」
久坂「穏やかすぎる?」
入江「俺たちこれから、戦をするんだよ? 露骨に言えば殺し合いをするんだよ? 平穏すぎないか?」
久坂「そりゃ…敵とはいえここで戦をさせていただくんですから、それなりの敬意は払うべきでは?」
入江「…なんだその純真な目は…。」
寺島「ねぇ、まだですか~」
市之允「僕、もう待ちきれないですよ~」
(時山は飛び跳ねながら塀の先を覗いている)
久坂「あ~だよね。すいませ~ん!」
入江「全員、自分が何をしに来てるのかわかってる?」
久坂「いないのかな?」
(そーっと扉を開け、門内を覗く。)
久坂「………」
(門内では福井藩兵たちが武器の点検や盾の配置などの準備を黙々と行っている。)
村田「………」
(慌ただしく動く兵たちの中心で幹部の村田は大きな釜で飯を炊いている。)
久坂「………」
村田「………」
(久坂と村田の目が合う。)
村田「まだ準備中だよ。」
久坂「…あっ、そうですか。すいませーん。」
(ゆっくり扉を閉める。)
久坂「準備中だって。」
入江「何してんの??」
久坂「まだご飯炊いているみたいです。」
入江「あっちもあっちで随分とのんきだな。」
久坂「というわけだから、みんなもう少し待とう。」
寺島&市之允「はーい」
(塀を背に座り込む二人)
入江「え?何この状況?マジで開くまで待つ感じ?」
時山「ねぇねぇみんな…」
(いつのまにか塀の上にまで身を乗り出していた時山)
時山「今のうちに、誰がどの兵士を討ち取るか決めちゃわない?」
久坂「あ、その方がいいですね!」
寺島「決めちゃおー」
市之允「どんなのがいるかなー」
入江「効率的だけど合理的ではないよな。」
(久坂、寺島、市之允も続々と身を乗り出す。)
市之充「時山さんは誰にしました?」
時山「自分は、あそこの弾丸を選別してる人にしようと思ってる。」
久坂「私はどうしようかな~やっぱり、あそこの飯炊きしてる幹部らしきやつがいいかな~。寺島は?」
寺島「う~ん、僕は…あそこの生八ッ橋食べたい…」
(福井藩兵が軽食として生八ッ橋を食べている。)
市之允「相変わらずですね。寺島さん。」
寺島「そういう市之允は?」
市之允「僕は、あそこの少々ふくよかな壮年の兵士とあそこにいる長身の若い兵士、あとついでに銃撃隊の兵を一人いっちゃおうかな~」
寺島「そっちも相変わらずの欲張りじゃん。」
久坂&時山&寺島&市之允「ハハハハハハハハ!!」
入江「こいつら狂ってるな。よくこんな楽しそうに物騒な会話を…。」
ーシュタッ!
(四人が塀から一斉に地面に着地する。)
久坂「見た感じ、まだかかりそうですね。」
市之允「まあ、向こうは御所を守ってるわけですし、いつも以上に入念にやってるんでしょうね。」
寺島「え~八ッ橋~」
入江「お前たち、まだ待つ気なのか!?」
時山「それじゃ、今の内に誰が一番に切り込むか決めます?」
入江「ほんと時間の使い方上手いよな。目は怖いけど。」
久坂「あ、それなら私が先頭にいきますよ。下関でのこともありましたし…。」
寺島「待って。久坂さん、品川の公使館の時も前に出てたら、たまには僕が…。」
市之充「待ってください! 僕だって一番で行きますよ?」
時山「市之允、お前はまだ若い。俺たち年長者に任せな。」
市之允「あっ、ありがとうございます!」
入江「居酒屋のお会計のじゃないんだからよ…」
久坂「それじゃもう、みんなで横並びで行きますか?」
時山&寺島&市之允「そうしようか。」
入江「割り勘ってこと?」
久坂「入江さんも準備お願いしますねー」
入江「まあ、やるけども。いいの?この流れで。」
久坂「にしてもあっち側の準備長いな~昼になっちゃうよ。」
寺島「え~八ッ橋まだ~」
市之充「早くたくさん討ち取りたい…」
入江「待ってなくていいんだよ! いこうよ!武士同士の真剣勝負だよ!?なんなら向こうからも来てほしいよ!」
久坂「それじゃ、私もう一回様子見てみますね。」
ーギィ~
(ゆっくりと門の扉を開ける。)
入江「なんで鍵掛かってないんだよ。」
(扉から顔を出す久坂と釜の火を団扇で仰ぐ村田の目が合う。)
久坂「すいません。今日ってやってますか?」
入江「なんで営業確認なんだよ。」
村田「もうちょい待っててくれ。もうすぐ飯炊けるから。」
入江「なんで敵より飯が優先なんだよ。」
久坂「あ~そうですか…じゃ、また失礼しま~す。」
(ゆっくりと門の扉を閉める。)
久坂「もうすぐご飯炊けるって~」
入江「夕飯知らせる子供じゃねぇんだからよ!」
寺島「入江さん、うるさい。」
入江「は?」
時山「最年長として、もうちょい威厳を持ってください。」
入江「…俺、別世界に来たのか…?」
久坂「まあまあ、あちらもしっかりと準備してくれているんですから。こちらも大人しく待ちましょう。」
(門の前に座り込む四人を呆然と見つめる入江)
入江「おいお前たち!俺ら、なんのためにここに来たと思っているんだ!」
(声を荒げる入江に注目する四人)
入江「俺たちは、長州の威信を賭けて戦いに来たんじゃないのか!御所を攻めてでも攘夷を貫こうという志を持ってきたんじゃないのか!池田屋でやられた仲間たちに…吉田や杉山に…その姿を見せられるのか!?」
(入江の大演説を死んだ目で静かに聞いている四人)
入江「……八ツ橋食いたくないのか!!」
寺島「食べたーい!!」
入江「いっぱい討ち取りたくないのか!!」
市之允「討ち取りたいです!!」
入江「もう怖ぇなお前ら!まあいい!なにせ俺らは長州の者だからな!!猛々しい長州の武士だからな!! 久坂!時山!お前たちに流れる長州の血はそんなものか!!」
久坂&時山「入江さん…」
入江「松陰先生門下として、荒れ狂う闘志が、お前たちには無いのかーっ!!」
久坂&時山「ありまーす!!」
入江「ではやることは決まったな!!久坂!」
久坂「はい!飯炊きとか関係ない!全員、門を突き破れー!!」
一同「オォーーーッ!!!!!」
(門の板を突き破り、刀を抜いて一斉に突撃する長州藩一同。)
村田「なにしとんじゃお前ら!! 丁度飯炊けたところなんだぞ!!」
市之充「うわーっ!!とりゃー!!」
(村田に向かって刀を振り回す市之充。)
市之充「その飯本当に炊けとるんだろうな!?」
(刀で釜の蓋を跳ね飛ばす市之充。)
市之充「炊けてます!!」
入江「ほぇ?」
久坂「各々!腹ごしらえじゃー!」
時山&寺島&市之允「ウォーーーッ!!!」
入江「なにする気?なにする気?なにする気?」
寺島「ワリャーー!!どけどけー!!生八ツ橋ー!!」
(福井藩兵を刀で振り払い台の上に置かれた生八ツ橋に向かって突進していく寺島。)
寺島「あーっ!!こし餡ー!!」(モグモグモグ…)
入江「八ツ橋で発狂してやがる…」
村田「何をするんだお前らー!!」
時山「失礼、失礼、失礼!」
(福井藩兵の間を通り抜けていく時山。)
時山「あーやっぱり。鮎焼いてたー!!失礼!!」
(焼きたての鮎を数本持ち去る時山。)
入江「コソ泥か!武士の矜持はどこに置いてきたんだよ!?」
久坂「ふんっ!!うりゃー!!うおぉぉぉっ!!」
(福井藩兵を蹴散らしていく)
久坂「肉はどこじゃー!肉がなければ精が出んぞー!!」
入江「肉なんてねぇよ!」
(久坂が木箱を一つ開ける)
久坂「あー!!和牛がある!!」
入江「食の正倉院やー!!」
(久坂、時山、寺島、市之允の四人が食料を持って釜の周りに集結する。)
市之充「あー炊き立て美味しい!!」
時山「ほら鮎と一緒に食え!!」
久坂「和牛炙りまーす!!」
寺島「やっぱりこし餡…」
入江「荒れ狂ってんな!!お前たち!!」
(福井藩兵らの怒号が飛ぶ。それを尻目に炊き立てのご飯を釜から狂ったように茶碗によそり、食らっていく四人。)
村田「お前ら~勝手に貪りやがって…!」
(刀を抜く村田。)
村田「捕らえよ!!」
(一斉に迫ってくる福井藩兵。)
久坂「いかん!逃げろー!」
時山&寺島&市之允「ウオーーーッ!!」
入江「あ~何しに来たんだお前ら~!」
(飯やおかずを貪りながら逃げていく四人とそれを追う入江。)
久坂「とりあえず鷹司さんに払ってもらおう!」
入江「ほんと狂ってんなー!!」
(走り去る長州藩の面々。その後ろ姿に門から怒号を放つ福井藩の面々。)
村田「おい!!コソ泥ー!!食い逃げー!!お前ら出禁(朝敵)だー!出禁(朝敵)!」
その後、長州藩の面々は鷹司さんのいる屋敷に押し掛けるも、あまりの愚行故に突き放された。そして御所内を荒らした長州藩は朝廷の敵「朝敵」に。今風に言えばブラックリスト入りの「出禁」となったのであった。
「禁門の準備中の変」ー完ー
※史実を基にしたフィクションです。
※登場する歴史上の人物の人格・行動・言動はすべて作者の空想であり、ご本人様とは関係ありません。




