ある男の独白
俺には友達がいる。友達といっても、そういう関係になったのはつい一週間前のことだ。でもだからって思い出が薄っぺらいわけじゃない。なんなら、大学からの付き合いでそいつより思い出が薄いやつはいっぱいいる。
名前を出すと怒られそうだからあんまり言いたくないんだけど、同じサークルのAやたまに帰りの電車で会うTなんかがそうだ。あ、あと食堂でよく会うYなんかもそうかな。あとそうだな……
おっと、話がズレかけていた。まぁ、結局言いたかったのは、これから一生涯の親友になるはずだった友達(これからはSと呼ぶ)の話をさせて欲しいってことだ。
ん?
「だった」が気になるって?
うーーん……まぁ、そうだよな……実を言うとSは亡くなっている。
おっと、そんなに驚かないでくれよ?このことは遅かれ早かれ言うつもりだったんだ。それが今だったってだけ。好きなものを最初に食べるか、最後に食べるかぐらいのちっぽけな違いだ。
ん?
次は何、途中で食べるって?
そんなのどうでも良いんだよ。
ハイハイ、俺の例えが悪かったですよー。
と、に、か、く!早くSとの思い出について話させてくれ。忘れないうちにな。
よしっ…そうだな、最初にSがどんなやつなのかから話そう。まず、Sを語る上で絶対に外せないことがある。それは、Sは目が見えないって事だ。
世間一般的に見れば目が見えないってことは哀れみの対象になりやすいらしいけど、俺たちの間ではそんなことは一切なかった。
ん?
疑ってるのか?
おいおい、冗談はやめてくれよ。まぁ、確かに最初はほんの少しくらいはあったかもしれないけどさ。そんなの関係ないくらい俺たちの友情は深かったんだよ。カエサルとブルータスくらい。
それなら裏切るじゃないかって?
ハハッ、もちろん冗談だよ。お前ならわかるだろ?
あぁ、ヤバいまた話がズレかけてた。Sの他の特徴は…無い、っていうか無いのが特徴だな。それくらい本当にフツーの人間。最初会ったとき思わず俺「名前は田中太郎ですか」って聞きかけたくらい。あ、もちろん冗談、田中太郎さんに悪気はないからね?もちろんそれもわかるよね。お前なら。
まぁー、そんな盲目普通人間のSくんと出会ったのはもちろん一週間前。場所は……どこだったっけか……あ、思い出した、桜田公園。たしか、Sがベンチで落ち葉の匂いを嗅いでてそれを見た俺が思わず、何してんすか?って言ったのが最初だったかな。
それでしばらく話して、Sが名前に「桜」が入ってる公園だから落ちてきたものが桜の花びらだと思ってたって言った時は、それはそれは大爆笑。だって普通わかるだろ触った時の感じで。サボテンとティッシュペーパーくらい違うぜ。あぁ、それは言い過ぎか。……でもさらにその後Sはなんて言ったと思う?「本当に桜の匂いがしたんです」って、これが笑わずにいられるかっつーの。大体、目が見えない人ってのはそれ以外の感覚が他より優れているって聞いたことあるけど。よく言うよ、Sなんて他の人以下だったのに。
あぁ、でもその後Sに言い返されたんだった。
「あなただって目が見えなかったらわからないに決まってる」って。
だから勝負したんだ。俺が目隠しをしてSが渡したのが落ち葉か桜が当てるっていう勝負。結果はもちろん全問正解。でも桜の匂いを嗅いだ後だと落ち葉の匂いがわかりにくくて、実はSはめっちゃ鼻良くて周りの桜の匂いのせいで落ち葉が桜の匂いだと勘違いしたんじゃ無いかって思ったりもしたな。
結局その日はそんまま別れた。確かその日は日曜だったかな。
そんで次の日も同じ時間に行ってみたら、またSがいたんだ。Sは本読んでたから、俺が、目、見えないんじゃなかった?って聞いたら
………って俺あの時結構失礼なこと言ってたんだな。ごめんな…S……
あ、やべどこまで話したっけ…あぁ、そう聞いたら、Sは「俺は目が見えないと思われるのが嫌なんだ」ってじゃあ何してんのって聞いたら「イヤホンで音楽聞いてる」って。それ聞いて俺確信したよ、あぁ、こいつ面白いやつだなって。
それから俺たちがLINE交換するまでは一瞬だった。
そうだな…地球の歴史の中で人類が存在する時間くらい。
どう?長いようで短い、良い例えだろ?
え?ベタすぎるって?じゃあ…(x^2ーy^2)の因数分解くらい。……ってなんか言えよ!
はぁ…えっと…あぁ、そんで水曜には会おうって話になったんだ。ご飯食べに行こうって。そんで、ラーメン食べたいって話になったから、Sがいつも人多すぎていけないって言ってたとこに行くことになったんだよな。
クソ長い列に並んでる間Sは俺に言ってくれたんだ。
「実は今週の日曜から目が見えるようになるんだ」
突然過ぎて正直めちゃめちゃびっくりしたけど、俺は素直に嬉しかったよ。その後どんな手術かについて教えてもらったけど。俺ははバカだから詳しくは覚えてないや。これもSとの大切な思い出の一つなのにな。Sの目が治ったら何しようか…いや、多分目の前の建物からするキョーレツな豚骨の匂いに気を取られてたんだと思う。笑えるよな。そっからラーメンが出てくるまでずっと、ラーメンの話しかしてなかったな。トッピングに一番良いのは辛子高菜か紅生姜か論争なんかもしたな。俺は断然高菜派なんだけど、Sと戦ってるうちに、結局何もしてない状態が一番いいって話になったんだよな。まじで、まるでメッシとロナウドどっちのほうが上手いか論争ぐらい熱かったな。俺は断然メッシ派だけど………
ああ、ごめんごめん、もう例えるのはこれで最後だから。怒らないで。
今思えば、なんでそんなことばっか話しちゃったのかな。もっと話すべきこといっぱいあったのに。
まぁそんな悔やんでも仕方ないよな。うん、仕方ないよな……
ふぅぅ………そんで出てきたラーメンはマジで美味しくて結局トッピングする間もなく食べ終わっちゃったよな。二人とも吐きそうになりながら一緒に家でゲームしてた時は世界一幸せだったよ。本当に。
ふぅぅぅ…………で、日曜日…つまり今日だな……これ話さなきゃダメかな?……ハハッ…ここまできたら話すしか無いよな……………まず朝…俺はSの家まで車で迎えに行ったんだ、そんでSを助手席に乗せて……
ん?
そんなこといいから?
ごめん。でも…大切なSとの思い出なんだ……出来るだけ短くするけど………どうか聞いて欲しい。
助手席に乗せたSはテンションがバグってた。まあ、そりゃ、今まで真っ暗だった世界に色が塗られたんだから当たり前だよな。……そのテンションに俺が引っ張られなきゃ良かったのかな………いやそもそも、俺がSと出会わなかったら……………
ふぅぅぅぅ………ごめん。話がズレてるよな。これから単刀直入にSの身に何が起こったのか話そうと思う……。
Sは………………Sは…………俺が殺した…………………
「違うっ!!!」
大きな声と共に女性は男性に抱きついた。
ここは、とあるビルの屋上。
ぽつんと、二人の男が笑顔で肩を組み合った写真が置かれている。男性はそれに向かって話していたようだった。彼が持っているスマホには録音中の文字が出ている。靴は綺麗に揃えられていた。
女性は、彼を離すまいと、強く抱いている。彼は困惑した顔でこう言った。
「志村さん………何故ここに……」
「弟は、志村太郎は死んでいない!…あなたが急にいなくなったから彼に頼まれて探すのを手伝っていたの」
「そんな……でも太郎は電車に轢かれたはず………」
「間一髪のところで警察に止められたわ」
「……よ…よかったぁぁぁぁぁ…はぁ…はぁっ」
彼はまるで生まれたての赤ん坊がするように、なんとか呼吸をしようとしながら泣いているようだった。
「何があったの?ゆっくりでいいから話して」
志村という女性はまるでその泣きじゃくる赤ん坊の母かのようにゆっくり問いかけた。
「太郎は……ヒッ…目が見えるようになって俺に聞いてきたんだ………ウッ…赤色ってどんな色って…………ハァ……それで俺は冗談のつもりで…いつも乗ってる電車に轢かれたら見れるよって…ハァ……そしたらあいつ外出て行って…しばらくしても帰ってこないから、もしかしたらってテレビつけたら自殺のニュースやってたから……それで……それで…」
「はぁ…そんな早くニュースになるわけないでしょ…もういい…早く病院にいってあげて」
志村はそう言うと、男性を、彼が向いていた方とは逆方向に押した。
もう日が暮れようとしていた。男性は走りながら志村太郎と書かれた画面に耳を当てながら話していた。
「太郎…ほんとに…本当にごめん……」
「うん…俺は大丈夫だよ、お前の方も大丈夫か……ところでさ、今の空、なんていうか…ヤバくね…」
ああ、彼は美しいという感情を知らないんだ。そんなことを思いながら男性は言った。
「太郎…それが…赤色だよ」
最後まで読んでくださりありがとうございました。