召喚して働かせるなら、まず雇用契約を結びましょう
気づくと石造りの八角形の部屋の真ん中に、私は立っていた。
明かりは壁付けの蝋燭だけのはずなのに、やけに明るい。私を取り囲むキラキラしい光の粒のせいだ。
遅れて、ワッと歓声が上がった。
ー 成功だ!
ー やりましたな、殿下
ー とうとう聖女が召喚されたぞ
ー これで、あやつらの鼻も明かせる
ー 聖女様!
わあわあとうるさい集団の中から、煌びやかでご大層な服を着た金髪の男が進み出た。
「ようこそ、聖女様。名はなんという」
「ヨネコ(嘘だが)」
「ヨネコ様、わが国の危機に、私どもの招きに応じてくださったこと、感謝する」
「説明をお願いします」
では、私から、と前に出てきたのは、やけに角ばったメガネの背の高い男だった。
「我がインソール王国で」
「ぶほっ」
「聖女様、いかがなさいました、大丈夫でございますか」
「いえ、失礼しました。インソール王国というのですね(靴の中敷き王国か、何度聞いても笑ってしまう)」
「我がインソール王国では、最近、隣国アウトソール王国との間にある魔の森、我々はミッドソールと呼んでいるのですが、ここに魔物の大量発生を確認しました。
本来、隣国と協力して魔物を両側から攻め込んでいくのが理想ですが、近年、隣国とは貿易をめぐって緊張状態にあります。足並みを揃えて効率的に戦うことは困難でしょう。その上、アウトソールとは反対側の隣国であるハトメ公国からは、きな臭いうわさが流れてきており、一部で小競り合いも発生しています。というわけで、戦力を魔物の方に全振りする訳にもいかず、こうして聖女様を召喚し、魔物の退治にお力を貸していただけないかと考えた次第でございます。なにとぞ、お力添えをお願いできませんでしょうか」
メガネ男は説明を終えると、恭しく頭を垂れた。他は誰一人、頭を下げていない。
「いいよ」
と、私が答えると、
「本当か、ではさっそく」
と、煌びやかな金髪が、俄然、張り切りだした。
「では、雇用契約を結びましょう」
「は?」
「は?って何?」
「なぜ、そんなものがいるのだ? 聖女が魔物を倒す、それだけだろう? 何か説明がいるのか?」
「バカなのかな? これじゃない人と話をしたい」
「なんだと、俺を愚弄するのか」
「今説明してくれたそこのメガネの人にしよう。私にお願い事をするのに、唯一頭を下げたよね。常識人で苦労人と見た。ただ、あなたに決定権があるようにも思えないのが厄介だな。ちなみに役職はあるの?」
「いえ、殿下の側近の一人に過ぎません。父はこの国の宰相ですが」
「ふうん、いざとなったらお父様頼ろうか。宰相殿は常識は持ち合わせてる?」
「さっきから何なのだ、俺を無視するな」
「あなたが、その殿下なの?」
「そうだぞ、俺は王子だ」
煌びやか殿下は、分かりやすく胸を反らせた。
「王位継承権は何位?」
「第4位だ」
幾分背筋が丸まった。
「なるほど、4位では何者にもなれませんね。そこで聖女を召喚して魔物を倒した功労者になりたいと。実に安直で、他力本願なやり方で起死回生を狙っているのですね」
殿下は屈辱にプルプルと震えた。なんだよ、事実じゃん。
「殿下は交渉に向いていないようですから、そこで大人しく聞いていてください。分からない単語があったら、となりのマッチョ君・・・も、無理そうだから、後ろの少しでも賢そうな誰かに確認してくださいね」
「俺がここで一番偉いんだから、俺に決定権があるだろう」
「ここでは一番偉くても、国の事業として行うのに、インソール王国王位継承権第4位のぼんくら殿下には署名する権限もないでしょう」
「今、どさくさに紛れて、ぼんくらって言ったろう!」
「名前聞いてないから仮の名前ですよ」
「ふざけんな!」
「だって、私の名前は聞いたのに、ここの誰も名乗りもしなかったよね。聖女に対する敬意とか、国を救ってくれるかもしれない人物に対して、礼儀がなってないじゃない。だから、それなりの対応になるのよ、分かる? ごんべえちゃん」
「ゴンベイチャンってなんだよ」
「私の国で名無しの、とくれば、ごんべえって決まってるのよ。正統派の仮名なのよ」
「さて、外野がうるさいけど、メガネ君と雇用契約の労働条件を決めて行こうか。後でお父様の宰相様に確認していただこう」
「名乗りもせず、失礼しました。私は、シューレース侯爵家が次男、アイレットと申します。召喚後の数々の不手際、お詫び申しあげます」
「いいの、いいの、全部あの殿下に引きずられてのことでしょう。放っておいてさっさと詰めましょう」
「はい」
「まず、労働の対価はいかほどか。
すぐに出かけるわけではなく、訓練やら準備やらで時間がかかるよね。月々の給与になるのかな。この国の騎士よりは多くないとおかしいよね。騎士や兵士たちにできないことを、私一人にやらせようっていうんだから。騎士何人分かはもらわないと割に合わないよね。危険手当もつくよね。遠征中は遠征手当てもありだよね。もちろん、成功した暁には、成功報酬だってほしいかな。
そのほか衣食住も保証してね。先に支度金としてもらわないと、私身ひとつで来たからね。着替えも何もないんだよ。これは急いでね。
同行者も厳選してほしい。この国の地理も気候も分からないんだから、その道の専門家をよろしく。それから護衛もほしい。聖女は魔物には強いけど、不意に複数の人間に襲われたら対応できるかわからないからね、四六時中気を張ってるなんて無理。安心して魔の森まで行けるようにしてほしい。
それから、ここで生活するに当たって、この国のことを教えてくれる人が必要だと思う。最低限の常識だけでなく、高位貴族の常識が知りたい。マナーじゃなくて常識の方。だって、ただの兵士じゃないんだよ、いいように使われるなんてごめんだからね。上の人の考えてることが知りたい。その上で、私の存在が邪魔だと言うのなら、帰るから」
「帰れるのか!」
驚愕の殿下。間抜け面だな。
「そうだよ。私は、自分の意志で召喚に応じることができるし、帰ることもできる。でなければ、こんな強気じゃいられないでしょ。あちこちで、面白そうな召喚に応じて暮らしているんだよ。条件が合わなければ、帰るから」
「それは、困る」
「!」
殿下が悪い笑顔を浮かべた。何か思いついたらしい。
「魔導士ウェルト、こいつの名前で縛れ」
「は。ヨネコ κινήσου όπως θέλω (私の意のままに動け)」
「やなこった」
「ばかな、なぜ動ける」
「ヨネコじゃないから」
「嘘の名を申したか」
「あんたたち、靴紐侯爵んとこのぼっちゃん以外、名乗りもしてないくせに、そこを責めるの?」
「ねえ、靴紐家の鳩目君、この殿下の側近、辞めた方がいいんじゃない。将来性なし。何かあってもかばってくれる甲斐性もなさそうだよ。お父様に相談して、将来を考え直したら?」
「・・・」
「おい、アイレット、なぜ黙る。俺の側近で光栄だろう?」
「そうでもないみたいだよ」
「聖女は黙っていろ」
「それよりさ、さっき私を名前で縛って意のままに動かそうとしたよね」
「んぐっ」
「これはもう信頼関係を築くのは無理かな。国の命運を左右する召喚かと思って張り切って応じてみれば、何、これ。終了。私帰るわ。
ほかにもっと誠実な依頼もあるからね。そうだ、ハトメ公国の召喚もあったなあ。こっちに来るからって見逃したけど、また召喚に挑戦するなら、応えてみようかなあ」
「待て! ハトメ公国だと! やめろ、やめてくれ。うちに勝ち目がなくなるではないか」
「誰のせいでそんなことになるのかな。早めにパパに謝りに行った方がいいよ。聖女を怒らせたから、聖女がハトメ公国に味方するかもしれないって」
名前も知らない殿下は涙目だ。
「パパ、怒るかなあ。お取り巻きの皆々様も、今後の身の振り方を考え直した方がいいですよ~。じゃあね」
私は最後に、ばか丁寧なお辞儀をして、召喚室を去った。
ハトメ公国に肩入れするつもりはないけど、これからしばらく国境沿いは、緊張感にあふれるんだろうなあ。頑張って!
読んでいただき、ありがとうございました。