第8話 もう一つの光
「おはよう。天音さん」
「おはよう柳。昨日はぐっすり眠れたかしら?」
「うん。おかげさまで疲れがすっかり取れたよ」
「そう?ならよかった。朝ごはんで来てるからこれ食べて学校に行きましょうか」
「ああ。そうだね」
これから学校に、か。
もう一度あの敵だらけの環境に飛び込まないといけない。
でもこれは俺が選んだ道だ。
「本当に辛いなら無理しなくてもいいのよ?」
「いや、そういうわけにはいかない。俺は天音さんと契約をした。君を学校に送り届けるし帰るときも一緒に帰る。そして、帰ったら愚痴を聞く。そういう契約で俺はこの家を借りてるし昨日もらった100万円もその行動に対する対価だから仕事をしないわけにもいかないからね」
「そっか。強いんだね。柳は」
「強くなんかないさ」
ただ俺はやるべきことをやってるだけだ。
そう言う天音さんのほうが俺は強いと思う。
見ず知らずの男に優しくできる人が本当に強いと思うから。
「謙虚すぎるのが残念なところなんだけどね。それじゃあ行きましょうか」
「だね。カバン持とうか?」
「そこまでしなくてもいいわよ。私あんたとは対等でいたいから」
対等、か。
、、、昨日全然主人命令使ってなかったっけ?
いや、そういう問題じゃないのか?
「そうか?ならいいんだが」
天音さんの家から学校までは電車で数駅移動してすぐといった地点にある。
電車を降りてから10分ほど歩くのだがその道では好奇の視線にさらされていた。
「なんかめっちゃ見られてない?」
「それはそうですね。あなたと私が一緒に歩いてるですから」
学校付近だからか天音さんの口調は家にいたときよりも丁寧なものになったいた。
「そういうものかな~」
「そういうものですよ。それに今のあなたはある意味私に並ぶ有名人ですから」
ははっ、それは確かに。
天音さんの皮肉が胸に突き刺さった。
「ん?校門前が騒がしいですね。何かあったんでしょうか?」
「どうだろう。というか今もずいぶん騒がしいと思うんだけど?」
こうしてふたりで歩いている時も絶えずに周りからなんであいつが天音さんと二人でいるの?とか、天音さんも脅されてるのかな?とかそういった声が聞こえてきていた。
予想はしてたけど俺の名前は悪い意味でこの学校に広がってしまったらしい。
まあ、それを抜きにしても今まで浮いた噂の一つもなかった学園のマドンナが男と二人で歩いてたらそれだけでこうもなるか。
「いえ、そういうわけじゃなくて。ほらあそこにうちの学校じゃない制服を着た女の子が居ませんか?」
「え?本当だ。こんな時間に何の用なんだろうって、美空!?」
「知り合いですか?」
「うん。俺の妹で一個下の美空だ。ちょっと行ってきていいかな?」
「私も行きますよ。場合によっては今日は学校を休みましょう」
「いいのか?」
「だって休まないと落ち着いて話しもできないでしょう?」
ありがたい。
天音さんのこういう気遣いができるところは本当に好感が持てる。
「ありがとう」
「お礼を言われるほどのことじゃありません」
天音さんはかぶりを振ってそういう。
本当に、いい人だな。
「あ!!お兄。無事だったんだね!」
「おわっと、抱き着いてくるなよ。一応ここ学校の目の前だぞ?」
「あわわ、ごめんなさい。嬉しくてつい」
美空は俺を見つけるとすぐに抱き着いてきた。
周囲に目が多いからすぐに離れてくれたけど甘えん坊な所は高校生になっても変わらないらしい。
「えっと、この方が妹さんですか?」
「うん。紹介するよ。俺の一個下の妹で柳美空だ」
「初めまして。柳美空といいます。お兄、この人は?」
「え~とどうしようか?」
俺と天音さんの関係は結構複雑であるためこの場で話していいものかと天音さんに目配せをすると
「場所を変えましょうか。ここでは落ち着いて話すこともできませんし」
「場所を変えるってどこに?」
「そりゃ私の家ですよ。行きますよ二人とも」
天音さんは近くにいる生徒に聞こえるような声量でそういった。
あはは、また俺の悪評が広まるのか。
乾いた笑みがこぼれる。
現に周囲に耳を傾ければ、
『あいつ、次は天音さんに手を出してるのか?』
『もしかして無理やり?』
『クズはどこまで行ってもクズなんだな』
といったように風評被害が広がっていた。
理不尽にもほどがあるだろ。
「お兄、気にしちゃだめだよ!」
「そうね。あんな有象無象共の言葉なんて気にする必要はないわよ。放っておきなさい」
「有象無象って」
酷い言いようだな。
天音さんは俺にだけ聞こえるような声量でそういった。
2人の言う通り気にしても仕方ないか。
俺は諦めて天音さんの後を追うことにした。
◇
「ねえ、お兄?ここって」
「ああ。天音さんの家だな」
「でも、ここってタワマンだよね?何階に住んでるの?」
「最上階だ。それも三部屋全部」
「え!?」
驚くのも無理ないよな~
俺も初めて聞いたときは驚いたし。
「二人ともぼさっとしてないで早く入りましょう?せっかく学校を休んで話し合いの席を設けるんだから有意義な時間にしたいわ」
「わかった。行くぞ美空」
「う、うん」
美空は物珍しいのかタワマンの至る所をきょろきょろと見渡していた。
うん。気持ちはわかる。
俺も昨日はずっと驚いてばっかりだったしな。
「お邪魔します」
「そんなにかしこまらなくてもいいわよ?えっと美空さんだったかしら」
「はい。すいません緊張しちゃって」
「無理もないよな。いきなりこんなタワマンに連れてこられたら誰でもびっくりするよ」
天音さんの部屋にたどり着いてから美空はがちがちになっていた。
初対面でもあるしこんなに住む世界が違う場所に連れてこられたらなおさらに緊張してしまうだろう。
「まあいいわ。それよりもあなたは何で私たちの高校の校門に立っていたのかしら?あの時の言動を見るに柳の現状をある程度知っているようだってけれど」
天音さんは他に誰の目もないということもあり先ほどのような丁寧な口調ではなく幾分か砕けた口調になっていた。
「えっと、お母さんからお兄が瑠奈姉に無理やり関係を迫ったって聞いて。それで家を追い出したって聞いてから心配で心配で。学校の前にいたら会えるかなって思って待ってたんです」
「それであなたはその話を信じたのかしら?」
こういうのは俺が聞くべきものなんだろうけど気を使ってくれてるのか天音さんが聞いてくれている。
もし仮に美空も母さんみたいに信じてくれなかったら本当にしんどい。
「まさか!お兄がそんなことするわけないです!」
「美空」
母さんは信じてくれなかったのに美空は俺のことを信じてくれた。
その事実に胸がじんわり暖かくなる。
同時に涙が出そうになる。
「よかったわね柳」
「ああ、本当に。ありがとう美空」
思わず美空に抱き着いてしまう。
「え、あ、え?お兄?」
いきなりのことで動揺してるのか美空は目をぱちぱちとさせていた。
「というより、天音さんとお兄の関係性は何なの?家にまで入れてもらってるし」
「俺と天音さんの関係性か。難しいな」
「簡単よ。私と柳は友人。友人が困っているから助けた。それだけのことよ」
「友人なのか俺達」
「あら、違ったのかしら?」
「いや、そうだな。俺たちは友達だ」
天音さんが俺のことを友達と思ってくれてるのは意外だったけど不思議と嫌ではなかつた。
むしろ嬉しいとすら感じる。
「そうなんだ。昨日は天音さんの家に泊めてもらったの?」
「ああ。家というか、さっき天音さんが最上階の部屋全部を借りてるって説明しただろ?」
「うん。それがどうかしたの?」
「その一部屋を貸してもらえることになってな。昨日はそこで泊まってたんだよ。というか当分貸してもらえるらしくて、とりあえずはお世話になる予定だ」
「そうなの!?」
美空は信じられないといったように目を剝いていた。
「ええ。本当よ。それよりも柳の両親はどういう反応だったの?心配とかはしていた?」
「いえ、そんな素振りはなかったですね。話を聞いた父さんも完全に怒っちゃって絶縁だって叫んでましたよ」
美空はその光景を思い出したのか顔をしかめていた。
どうやら相当に酷い光景だったらしい。
「そっか、父さんもか」
予想はしていたけど父さんにも信じてもらえなくてすこし思う所はある。
それと同時にあの二人への怒りが増していくのを感じる。
「、、、お兄」
「美空さんはこれからどうするのかしら?」
「え?」
気まずくなりかけた空気をぶち壊すかのように天音さんは美空に問い掛けた。
「どうするってどういうことですか?」
「このままその家に帰るのかどうかってことよ。息苦しくない?そんな家にいて」
「それはそうですけど。私は所詮子供ですから。親の助けがないと生きていけないんですよ」
美空は俯きながら悲しそうにそういっていた。
確かに俺たちが子供である以上は親の支援が必要不可欠であることに違いない。
「それはどうかしら。ここにいる柳って、そういえば美空さんも柳だったわね。じゃあ、空も今は親の支援が無くても何とか生きていけてるわよ?」
「それは、」
「もしあなたが望むならあなたが高校を卒業するまで私が面倒を見てもいい。短い時間だけど私はあなたのことも気に入った。だからさっきも言った通り望むなら空と同じように余っている部屋を貸してあげるし金銭面の支援もするわ」
「ちょっと天音さん!?良いのか?」
「空は少し黙っていなさい。私は今美空さんと話しているの」
口を挟もうとしたがすぐに天音さんに黙らされてしまう。
こういわれてしまっては静観するしかない。
「私は、お兄と一緒にいたいです。もし天音さんのご迷惑でなければ私もここに置いてもらえないでしょうか?」
「ふふっ、あなたは空のことが大好きなのね」
「大好きってそんな///」
「わかったわ。今日はいったん家に戻って荷物を持ってきなさい。あなたとは個人的に話しもしてみたいしね」
「わかりました。さっそく荷物を取ってきます」
美空はそう言うなり天音さんの部屋を出て行ってしまった。
「本当にいいのか?天音さん。俺達二人の面倒を見るって。相当お金がかかるんじゃないのか?」
もし、天音さんが美空にも毎月100万円を渡すならそれだけでかなりの出費になってしまう。
そこまでお世話になってもいいのだろうか?
「お金のことなんて気にしないでいいわよ。腐るほど持ってるし。それよりもかわいそうじゃない。あの子相当にあなたのことを好いてるわよ?なのにそのあなたを追い出して悪く言う家族の下で暮らすなんてね」
「でも、迷惑じゃないか?」
「迷惑ならそういってるわ。あなたは気にしすぎ。これは私の自己満足なんだからそこまで気負う必要なんてないの。わかった?」
「、、、わかったよ。何から何まで本当にありがとう」
天音さんのやさしさに俺たち兄妹は甘えることにした。
こうして最上階に新たな住人が増えるのだった。
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