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8 気がかりな手がかり

「あの子、これからどうなるんだい?」

「容態が安定するまではこの医療センターで治療を続けますが、その後は……」


 ルゥの問いにスタッフは顔を曇らせた。孤児のガルォンは、生まれた星へ帰っても暮らす場所がない可能性が高い。どこか養護施設を探すことになるだろう。


「セリオンの施設かこの星になるかは本人の意志次第ですが、子どもですし同族のいるセリオンに帰すのが望ましいでしょうね。このあたりでは、獣人は馴染みがないのでうまく受け入れ先が見つかるかどうか」

「そっか……。大変そうだなあ」

「もし見つからない場合は、このまま当センターで引き受けることもできますが」

「ずっと入院するってこと?」

「どのみち、退院しても経過観察のために定期的に面診は必要と考えています。そもそも新型の違法ナノボットに冒されて、かつ生還した貴重な事例ですので今後のために協力してもらえれば何よりです。そうそう、今回の治療費は監督局で補填していただけるそうですが、当センターで研究をさせていただけるのなら、研究費をこちらと――」

「ちょっ、ちょっと待った!」


 セリオンに帰すのが望ましいと言った直後に医療局らしい本音を聞かされ、ルゥは慌てて遮った。言ってることが人身売買とそう変わらない。


「そういうのはうちの課長を通さないと……ねえビアンカ? ――ビアンカ?」


 相方を振り返ると、彼女はまだ特別治療室のドアを見つめていた。目元に指先をあてて難しい顔をしている。


「ビアンカ、あんたもさすがに心配?」


 いささか直情的なルゥとは対照的に、普段は生真面目で仕事優先、悪く言えばあまり他人を思いやらないビアンカにしては珍しい。

 重ねて声をかけると、すっと表情を切り替えてしまった。


「あ、ええ。そうね、費用の件は課長に申し送りさせていただくわ。彼の処遇についても、助言できることがあればお知らせいたします」


 それでその日の面会は終わったが、二人は翌日も医療センターを再訪せざるを得なかった。

 二人が今日明日にもルバイデを離れると聞いて、ガルォンが大幅にごねたのだ。退院したら施設に行かされるだろうとすでに察していた彼は、それぐらいだったらお姉ちゃんについていく、連れて行ってほしいと言ってきかなかった。

 両腕にすがって見上げられ、ルゥは弱りきった。少年の処遇は確かに心配だが、かと言ってここで厳しく突き放して絶望されたり逆に脱走されたりしても困る。


「……どうしよう、ビアンカ」


 いったん部屋の外に出て相談する。


「そりゃあの年頃から、頼れる人も信じられる人もいないまま生きるってどれだけ苦しいことか、あたしは知ってるけどさ。かと言って、連れて行ける筋合いがないよ。見捨てたいわけじゃないんだ、ただ何というかもっともらしい理由がないだろ?」

「連れて行きたいのね」


 ルゥがうなずくと、ビアンカは「なら」と驚くほどあっさりと言った。


「構わないわ」

「マジ!?」

「ちょうど私からもお願いしたいと思っていたの。彼を引き取って、一緒にアンバースへ連れて行きたいって。課長も了承済みよ」

「え……何で? 連れて行ったその後は……?」

「後で話すわ」


 戸惑うルゥをポーカーフェイスでいなすと、彼女はさっさとスタッフと本人に話をつけ、退院日の確認を進めた。幸いにも驚異的な回復力のおかげであと二日もすれば通常通りの生活ができそうらしかった。


* * *


 一辺が二十センチほどの合成ガラスでできた観測ボックスが二つ、実験台の上に置かれている。

 ビアンカは室内の照明を消し、一方の箱の中を自分の〝目〟で凝視した。箱の中には、あの赤い結晶が入っている。


 暗闇の中で、空間に重なるように薄い(もや)がたゆたっているのを感じる。作業机の上に置いた自分の両手もほのかな光を纏っている。観察を邪魔するほどではないが、一応机の下へ引っ込める。

 結晶を見つめる。その内側に微量とらえられたエーテルの存在を感じる。内部へと意識を集中する。ぼうっとした光が視界をわずかに外れたところにあるような、曖昧な存在感。強く弱く、オーラのような揺らぎ。先日、この船内ラボで検査したときも同じ反応だった。


 続いて、もう一方の箱へと視線を移す。そこには、赤黒い液体の入った小さなガラス管(スピッツ)があった。液体の中を〝目〟で探る。


「……やっぱり。でも、あり得ない」


 ビアンカは呟きを漏らし、目頭をぐりぐりと押さえた。

 見ていたのは、ガルォンの血液だ。違法ナノボットはすべて排出したはずなのに、あれの残骸からできた結晶と同様にエーテルの粒子が微かな活動を見せている。

 医療センターで面会したとき、まだナノボットの影響が残っていると感じた。処置にミスはなく修復用ナノボット以外の人工物は一切検出されないにも関わらず。だとしたら、他の被害者のようにいつ体組織崩壊を起こすかわからない。

 サヴァンには、手元で監視しつつ一刻も早く最も環境が整備されているアンバースへ送り届けるよう指示を受けた。この船は定員四名だし、医療ドックも積んでいるので道中はなんとかなる。先進研究の手柄が欲しいルバイデ医療センターには諦めてもらい、速やかに出航したのだった。


「おーい、ビアンカ。生きてる?」


 ノックとともに、ルゥが外から呼びかけた。


「生きてる。今開ける」


 照明をつけ、ドアのロックを解除する。開いたドアから、ルゥとその後ろに隠れる仔狼の耳が見える。


「よ」

『……こ、こんばんは』

「こんばんは、ガルォン。調子はどう?」

『はい、あの、大丈夫です』

「さっきまでデッキで一緒にハイパードライブに入るところを見てたんだ。それでもう子どもにはいい時間だから、お休みを言いに」

「あら」


 ビアンカはガルォンの前にしゃがみ、そのふかふかの頬に手を当てた。


「眠そう」


 ガルォンは目を半ば閉じかけ、ラボの中を嗅ぐように鼻をあちこち動かした。足を踏み出しかけたので、ビアンカは彼の肩を軽くとどめた。


「ここはいろんな器具があって危ないから立ち入らないようにね」

『……うん』

「よしよし、さあもう寝よう」


 ルゥが抱き上げ、キャビンへとつま先を向けた。


「あんたも、あんまり根を詰めないでよ」

「ええ、ありがとう。もう切り上げるわ」


 二人がキャビンに消えると、ビアンカは後片付けをするために再びラボへ引っ込んだ。

第一話はここまでです。

第二話はでき次第公開しますが、しばらくお待たせすることになると思います。

よろしければブックマークなどしてお待ちいただけますと幸いです。

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