7 面会
* * *
白を基調としたいかにも病棟然とした廊下を、スタッフの案内でビアンカとルゥは歩いていた。人身売買組織のアジトで保護した狼人族の宿主が、この医療センターで治療を受けているのだ。
「体内の違法ナノボットを排出すると同時に修復用ナノボットへの入れ替えを慎重に行っていましたが、明け方にいったん完了しました。違法ナノボットの影響による急激な体格変化で損傷していた体組織は修復用ナノボットが応急処置し、今は本人の自己治癒力を支援しています」
先頭をせかせかと歩くルゥに半ば追いすがるようにして、スタッフが説明する。
「今朝目を覚ましたときにあなた方への面会を求めていましたので、容態を見てご連絡した次第です」
「もう会ったりして大丈夫なのかい?」
「はい、ライカン族は標準的な銀河系人よりもかなり回復が早いですね。体格も本来の大きさに戻りつつあります」
「へえ」
ルゥは彼が助けを求める声を直接聞いたせいか、無事に回復できるのか気がかりだった。意識も本人の意思もあるらしいことがわかり、ほっとした。
殺菌ゾーンをくぐり、特別治療室の前に着く。スタッフがスライドドアをノックして開け、続いてルゥたちも進み入る。視界の先には点滴の管やモニター機材に囲まれたベッドがあったが、誰も横たわってはいなかった。
「え? 一体どこに……ひゃっ!」
いきなり胸元に毛むくじゃらのものが飛び込んできて、ルゥは思わず頓狂な声を上げた。
「ガウ! バウわふ! グルルッフゥ」
「なっ何なに!?」
どうやらゼロ距離にいるのがくだんのライカン族らしい。意図がわからず慌てているとスタッフが隣から「失礼」と手を伸ばし、そいつの手首に巻かれたユーティリティバンドに触れた。直後に翻訳音声が流れ出す。
『ありがとう! お姉ちゃんがボクを助けてくれたんだね!?』
「お姉ちゃん!?」
なんとか引き剥がすと、彼は意外と小さかった。ルゥが両脇を支えて水平に持ち上げると、つま先が彼女の膝より上に浮いているくらいだった。仔狼そっくりの頭部に淡青色の瞳をキラキラと輝かせ、まだじたばたと手足を掻いてお礼を続けようとする。
『あり、ありがと、ボク、うれし、お礼、ボク……』
「落ち着け」
『きゅん』
ルゥのひと睨みで静かになる。アジトの地下で対峙したときの凶暴さは微塵もない。青灰色の体毛は柔らかく、牙も愛らしいサイズで口の中に収まっている。
「本来の体格って……現場じゃこの五倍くらいはあったわよね?」
〈ライカン族の成人男性の一・四倍と推定していましたが、現在の体長と比較すると二・二倍です〉
後ろから覗いたビアンカが驚きを漏らすと、襟元のモニターチップからヴィオレットが答えた。
「えらく縮んだなあ。ていうか、何歳なんだ」
どう見ても子どもだ。ルゥが床に下ろしてやり何気なく問うと、バンドがその台詞のライカン語訳を発した。彼は驚いて手首を持ち上げると、ルゥと交互に見比べた。
ルゥは片膝をついて目線を合わせてやった。
「名前は?」
『あの……ボク、ガルォンです。九歳、です』
「そっか」
それだけ言って一呼吸おき、ルゥはガルォンをハグした。
「よく、生き延びたな。……偉かったな」
「……」
小さな両手がおずおずと彼女のシャツの背中を握りしめるのを感じ、そっと頭を撫でてやる。
それから彼を抱き上げてベッドへ戻し、短時間ながらガルォンから話を聞いた。勝手にベッドを抜け出すほど驚異的に回復しているのかと思いきや、修復用ナノボットの支援が想定以上に効いているだけらしくすぐに休ませなければならなかった。彼の身に起こったことを考えれば、現時点で話ができるだけでも十分非常識なのだが。
ガルォンは獣人タイプの人種で構成されるセリオン星系で、狼系獣人であるライカン族の街に生まれた。少し前に感染症で両親を失くして孤児になったところを、他星系人に奉公する名目で引き取られた。しかしそれは、地方星系を回って田舎者や珍しい人種を狩り集める人身売買組織の末端の奴隷商だった。
この星で、買い手がつくまであの地下のアジトに他の同様の人々と押し込められていた。ただ、ライカン族どころか獣人は彼だけだった。何日いたのかはっきりしないが、弱ってきた者が出始めたために変な注射――つまり違法ナノボットを投与されたらしい。すぐにそこにいた人たちに次々と副作用が出始め、見張りがドアを開けた途端に暴れ出ていった。
ガルォンは部屋の隅に縮こまって暴風のような騒ぎが過ぎるのを待っていたが、次第に何だかわからなくなってしまったという。
『とにかく怖くて、目の前が真っ暗なのに真っ赤で……お姉ちゃんがそれを取っ払ってくれた』
「いや、あたしは……結局カタを付けたのはこっちのお姉ちゃんだけど」
『でも、ずっとついてて一生懸命「死ぬなよ」って呼びかけてくれてたのを覚えてる』
確かに、彼を昏倒させた後ビアンカは通りへ呼び戻されたが、ルゥはその場に残り、入れ替わりで到着した調査班が慎重に処置を進める間もしばらく傍らで待機していた。思いがけなく助けを求める声を聞いてしまったせいで見守らずにいられなかったのだ。
頑張ったのはあんた自身だよともう一度褒めてやり、ルゥと面々は部屋を出た。
2025/7/12 修正