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6 定時連絡

 無機質な狭い通路の途中で、素っ気ないブルーグレイのドアの前に立ったルゥは脇のインターホンから中へ呼びかけた。


「おーい、ビアンカ。生きてる?」

「……」

「ビアンカ! おいってば。聞こえてる!?」


 応答がないのでドアをがんがんと叩いてみる。


「……」


 それでも反応がなく、インターホンのモニタも真っ暗なままだ。


「ったく、いつまでラボに籠もってんのさ。ドアをぶち破るよ?」


 ここは、二人が乗ってきた宇宙船の中だ。現在もルバイデ宇宙港に停泊中で、彼女たちはここで寝起きしている。経費は出るので地上のホテルを取ってもいいのだが、船内にある実験室(ラボ)を使うためにあえて船から離れずにいる。


〈お待ちください〉


 ルゥがグローブをはめた拳を振り上げかけたとき、船内スピーカーから声がした。


「止めないでよ、ヴィオレット」

〈ビアンカには、しばらく集中するので邪魔しないでと言われています。それに、彼女のバイタルは安定しています。睡眠を取っていないので呼吸がやや浅くなっていますが〉

「でもさ」


 天井のスピーカーを見上げ、ルゥは口をとがらせた。


「もうちょっとしたら定時連絡の時間だし、いい加減引っ張り出さないと」

〈……わかりました。私にお任せください〉


 返事と同時に、通路の端のドアがシュッと開いてメイド姿の少女が現れた。淡い紫色の長い髪を左右で三つ編みにし、瞳もアメジストの色だ。肌は滑らかだが単調な色合いで、血が通っていないことがうかがえた。口角は少しばかり上がった形にデザインされ、長いまつ毛や下がり気味の目尻と相まってふんわりと優しげな印象を与える。


「ルゥは動かないでください」


 すたすたと歩いてくるこの少女――アンドロイド型端末――の口を通して、ヴィオレットが言った。


「船内を壊されると後が面倒なので」

「あーはいはい。悪いね、これが売りなんで」


 ルゥは憮然として肩をすくめると、後ろに下がった。ラボのドアロックが解除され、ヴィオレットが前まで来ると滑らかに開いた。船の制御システムもアンドロイドも、無駄なく効率的に動かすのは彼女が得意とするところだ。

 ラボの中は真っ暗だった。


「きゃっ! な、何……?」


 ドアから差し込む明かりに驚いたのか、悲鳴とともに一対の金色の光が揺れた。室内の照明が穏やかに光量を上げたが、それでも闇に慣れた目にはきつかったと見えて、ぎゅっとつむった目に腕をかざすビアンカの姿がそこにあった。


「うわー、ひど。一体何の実験してたの?」


 ごちゃごちゃした器材に囲まれたテーブルの奥に陣取り、顔の下半分を覆うマスクと防護エプロンをものものしく装着している。後頭部のシニヨンは崩れかけて、パサパサの髪があちこちから突き出ていた。


「申し訳ありません、ビアンカ」


 ヴィオレットはずんずんと中に入り、まだ両目を指先で揉んでいるビアンカに近づくと両肩を軽く掴んで立ち上がらせた。だいぶぐったりした声でビアンカが咎める。


「ちょっと、まだ分析中だから邪魔しないでって言ったでしょ」

「定時連絡の時間が迫っています」

「だから、それまでにレポートに落とし込まないと……って、ひゃっ! ちょっとヴィオレット、下ろして!」


 意にも介さずヴィオレットは(あるじ)をひょいと担ぎ上げた。ビアンカは肩の上でもがくも、膝裏をアンドロイドの腕でがっしり抑え込まれて抜けられない。


「もう、何なの!? ロボット三原則はどうしたのよ!」

「その概念はさすがに古すぎます。世の常識はAI倫理7原則です」


 言いながらもヴィオレットは踵を返し、通路へ出た。ルゥが半笑いでやり取りを眺めている。


「私の仕事は、お二人の意志を最大限尊重しながら任務を支援し、かつ安全を確保することです。そのためには状況を総合的に判断し、指示の優先順位を調整したり最適なプランを採択し遂行することもあります」

「何よ、最適なプランって」

「ビアンカ、あなたにはまずシャワー、それから朝食が必要です」

「でもレポートが……」

「リフレッシュした方が思考が整理されます。食後にミントウォーターも付けましょう」

「う……」

「今日だけ特別にハニーシロップを増量しますよ」

「……」


 次第に大人しくなったビアンカを通路の斜向かいにあるバスルームへ押し込むと、ヴィオレットは振り返った。


「ルゥと私はラウンジで待機しましょう」

「いいなあ、ハニシロ」

「あなたにはコーヒーを用意します」

「うん。ここはどうすんの?」


 ルゥは散らかったラボの中を指し示した。


「私が片付けておきます」


 そう言ってヴィオレットはルゥの前を通り過ぎ、ラボではなくラウンジにつながるドアを抜けていった。ラボの中では天井からアームが繰り出され、器用に器具を整理し始めた。

 先程までビアンカが向かっていたテーブルの上には十センチ四方のガラス箱が置かれ、その中には赤い石が鎮座していた。この石の正体を突き止めるために彼女はずっとかかりきりだったのだ。あの様子だと、あまりいい成果は上がっていないのだろう。

 アームがガラス箱を持ち上げて標本ロッカーにしまい、施錠するまでルゥは難しい顔で見守った。


* * *


 こじんまりしたソファセットやテーブル、キャビネットなどがレイアウトされたラウンジの真ん中で、中空に拳程度の小さな球体が浮かんでいた。ナノボット監督局のロゴのホログラムだ。くるくると回転しながら、呼び出し音のリズムに合わせて一瞬だけ膨らんだりしている。


「いいわ、繋いで」


 ビアンカはミントウォーターを飲み干すと、ソファから背を離して一声言った。ロゴが消え、その場に立体映像が出現する。船内とは全く違う趣のオフィス――監督局違法ナノボット対策課の課長室だ。本庁のある惑星アンバースの青い空も、部屋の窓越しにきれいに再現されている。

 映像の中央には、長身長髪の男がデスクに軽く寄りかかるようにして立っている。彼女たちの雇い主、違法ナノボット対策課課長のサヴァンだ。かっちりしたスーツに身を包み、端正な顔は(ひれ)のような大きな耳と額に生えた紋章のような三枚の鱗でさらに印象付けられる。


「やあおはよう! 君たち、調子はどうかな?」


 映像が出た途端、待ちかねたようにサヴァンが言った。明るい笑顔とともに大仰に両腕を広げると、指先から光の粉が振りまかれるようだった。


「相変わらず、爽やかが服着て歩いてるような奴だねえ」

「しっ。――おはようございます、サヴァン課長」


 爽やかなのはいいが、声量が大きい。隣に掛けるルゥが二杯目のコーヒーを注いだマグで口元を隠しながら呟くと、ビアンカがたしなめた。


「ふむ、休息は取れているようだね。結構」


 特に聞こえた風でもなく、サヴァンは満足気にうなずいた。


「昨日の定時連絡ではだいぶ気落ちした様子だったからね、気になっていたよ」


 結局、倉庫街から立ち去ったらしい何者かの追跡は不調に終わっていた。その区画の先は旧宇宙港で、人の立ち入った形跡はなかった。別の方向は繁華街へ合流しており、人通りの中から怪しい人物を探し出すのはもう無理だった。

 一方、保護した宿主(ホスト)のほとんどは犠牲となり、生存者は最後に廃ビルで確保したライカン族のみだった。いま医療局でナノボット排出処置を慎重に施しているが、意識はまだ戻っていない。


 出張日程を延ばして深追いしているのに、いまだ実態を突き止められない。焦りと徒労感が滲む二人を、サヴァンはなだめた。


「あのアジトを使っていた人身売買組織と、それを仕切っているマフィアは隣の星系とは別の組織だ。星系間で合同捜査本部を立ち上げて関係を洗い出すとルバイデ警察の総監から連絡をもらっているよ」

「別の組織? そんなにあちこちで流行ってんの?」

「まだわからないが、警戒したほうが良さそうだね」


 ルゥの疑問に、サヴァンは真顔に戻って答えた。


「だが君たちはあくまで嘱託なんだ。技能と熱意は素晴らしいが、あまり身の危険を顧みないような行動は謹んでくれたまえよ」


 警官隊より先行してアジトに踏み込んだことにやんわりと釘を刺す。うへえい、とルゥが肩をすくめ、ビアンカも小さく口を尖らせつつ目を泳がせた。


「僕たちは僕たちの得意分野で真相に迫るのさ。――さて、君たちが採取してくれたナノボットの解析状況を伝えよう」


 サヴァンが軽く手を上げると立体映像の前に平面スクリーンが現れ、ナノボットの構造モデルといくつかのグラフが表示された。

 医療局の緊急処置車は現場で宿主(ホスト)たちからナノボットを排出させていた。そのデータは医療局から監督局へ送られ、専門部署である解析課が調べている。


「実のところ、解析は難航しているね。このナノボットは代謝を早めるタイプをアレンジしたもので、オリジナルモデルより数十倍の速度で作用する。だが体組織を膨張させたり崩壊させたりといった副作用は認められない。バーチャルシミュレーターでスタンピードの再現を試みたが、一千パターン試行しても何も起きないんだ。いや、三回ほどは摩耗によるエラーを起こしたが、まあ基準値どおりだな」


 ビアンカは身を乗り出してグラフを見つめた。


「どういうことですか?」

「通常の解析方法では、スタンピードの原因を特定するのが非常に難しいということさ。さらに言えば、シミュレーターや培養槽の中じゃなく、実際に生身の体の中でないと事象が起きないのかもしれない」


 もちろん銀河連邦倫理規約違反だからやらないけれどね、とおどけ気味にサヴァンは言った。ルゥが口を挟む。


「結局、よくわかんないってことでいい?」

「ああ、ナノボットだけではね。そこでビアンカ、あの遺留物の方は何か分かったかね?」

「……ええ。こちらが分析結果です」


 ビアンカはスクリーンを2Dから3Dへ切り替え、先ほどまでラボで分析していたあの赤い石を映した。緩やかに回転する像の周囲に各種データのテキストが浮かび上がる。


「組成を分析したところ、大半はナノボットの残骸でできているようです。数パーセント含まれる有機成分は、おそらく宿主(ホスト)のものかと……」

「言わば、ナノボットの結石というところか。そんな事例は初耳だな」

「もっと不審なのは、この石がエーテルを内包していることです」


 現場で見つけた時点でビアンカにはそのゆらぎが視えていたが、ラボの解析装置でモニタすることで客観的なデータを採れた。


「通常、エーテルはほとんどの無機物に対しては通り抜けるだけです。一方、有機生命体の体内を通過するときは、微量が体内に留まります」

宿主(ホスト)由来の成分に含まれていたものでは?」

「とは思うのですが、計測したらその成分に見合う比率よりもはるかに多い含有量でした。この指先くらいの欠片の中に、一般的な銀河系人に蓄積される量の半分ほどもあるんです。粒子の活動も、妙な揺らぎのある波形で……まるで……」


 言い淀んでいると、サヴァンが結論を引き受けた。


「生きているようだと?」

「そこまでは言いませんが……」


 この石の中では、いわゆる生命活動らしいことは行われていない。珪素生命体でもない。


「何かの意思を感じるというか……そう、この形になってもまだ何かの命令に従って動いているように感じます」

「面白い仮説じゃないか」


 サヴァンは目を輝かせて一歩踏み出した。照明のせいか感情の反映か、額の鱗もきらりと光る。


「エーテルに着目してそんな仮説を導き出すとは、いかにも錬金術師らしいアプローチだ。おそらくナノボットもだろうが、きっと通常の科学的手法では検知できない領域にこそ真実が潜んでいるんだろう」


 買いかぶりすぎだ、と言いたい気持ちを抑えてビアンカは答えた。


「とにかく、この石の正体は気になります。うちの事務所で本格的な調査をしたいので、アンバースへ戻ろうかと」


 二人の本来の職場は、アレクサンドラ・マーキュリーという錬金術師が運営する「マーキュリー相談事務所」だ。現在アレクサンドラは事務所を二人に任せて長旅に出ており、彼女が受けていた監督局の嘱託調査員の仕事も二人で代行しているのだった。


「ああ、ぜひそうしてくれたまえ。ところで、そこにいるのはひょっとしてヴィオレットかね?」


 ミーティングを終えようとして、サヴァンはラウンジの端のキッチンに立つヴィオレットのアンドロイド姿に目を留めた。


「はい」

「ふむ……端末で活動しているのを見るのは初めてだが、そういう姿になっているとは意外だな」


 ヴィオレットは、監督局が嘱託の二人のために特別に貸し出しているサポートAIだ。本来は、人格を成すプログラムがクラウドシステム上に存在するのみで実態があるわけではない。ただ、人間の体に合わせて作られた空間で生活支援を行うような場合は、人間と同じ姿の方が効率が良いということで、この出張ではアンドロイド端末も渡していた。


「お二人を支援するという役割を果たすために最適化しております」

「そうか。ならばよろしく頼むよ」


 ヴィオレットのお辞儀を見届けたサヴァンは改めてビアンカたちに向き直った。


「では次の定時連絡まで!」


 額の脇にぴしっと二本指を添えてウィンクする。二人が固い笑みを送るうちに立体映像は消えた。


「……ヴィオレット、お茶入れて」

「あたしもコーヒーおかわり」


 一斉にソファに倒れ込む。課長と話すと妙に体力を使う。悪い人ではないのだが、あの〝爽やか〟しぐさにどうも当てられてしまうのだ。


「ルゥはカフェインの摂りすぎです。コーヒーは一日二杯までを推奨します」

「ええ、けちー……ん?」


 つと、前方にスクリーンが再び開いた。今度は2Dで、監督局ではないロゴが表示されている。二人はやれやれと再び身を起こした。ヴィオレットが取り次ぐ。


「ルバイデ医療局から連絡です。繋ぎますか?」

2025/7/12 修正

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