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2 ナノボット監督局違法ナノボット対策課嘱託調査員

「あーあ、やってんなぁ」


 ルゥは現場の惨状を見下ろすと眉根を寄せた。ゴーグル内では集団の先頭の一人にフォーカスして状態の解析結果がはじき出されているが、そんなものを待たなくとも正気でないのは明白だった。

 高度三メートルを保って旋回を続けながら、右脚のホルスターから短針銃を引き抜く。


「よ、っと」


 片手で銃を構えたまま左手でエアバイクのハンドルを操り、先頭の巨人へ急接近する。独特の固い連射音とともに数発撃ち込み、離脱。針の束は巨人のうなじに突き刺さったが、パラライザーと同様の反応を見せただけだった。


「小娘、邪魔だ! 素人がどうにかできるか! 帰れ!!」


 隊長の怒鳴り声が飛んできたが、ルゥはまるで動じない。


「っさいな。(M)(E)(D)の手間を省いてやってんじゃん」

「何だと?」

「出前だよ、〝ワクチン〟の」


 手にした銃を軽く振りながら笑ってみせる。


 ふざけるなと隊長が言おうとしたとき、また後ろが騒々しくなった。今度は地上を、大型スクーターが猛スピードで突っ込んできた。封鎖係の警官が制止しようとしたが、ビームバリケードの光が突然落ち、その間に通過を許してしまった。

 スクーターは中まで入り込んで横ざまに停まった。ドアを跳ね開けて出てきたのは、先ほどの乱入者と大して年の変わらない娘だった。アタッシュケースを手に、宿主(ホスト)集団の方へつかつかと歩き出す。


「ビアンカ! やっぱダメだった」


 ルゥが今度は彼女に向かって銃を振りながら叫んだ。


「ええ、ありがと」


 ビアンカはうなずくと、アタッシュケースを地に置いた。状況はアイカメラやルゥのゴーグルからの中継で把握できている。先に到着した相方は、初手でワクチンを撃ち込むという正規の手順(お約束)を済ませてくれた。

 彼女が短針銃で撃ち出した針には、生体電流を通じてナノボットを強制停止させる〝ワクチン〟プログラムが仕込まれている。先ほど警察回線で医療局に要請していた「ワクチン」はつまりこれを指す。

 普通の手が効かなければあとは自分の出番だ。アタッシュケースを開け、ロッドを握る。


「おい、お前……」

「下がってて!」


 歩み寄ろうとした隊長を目もくれずに一喝すると、ケースから取り出した円盤を前方へ放り投げる。円盤は空中で六本のアームを伸ばし、ドローンとなって宿主(ホスト)集団の頭上へと飛んだ。

 隊長は振り返り、なぜこいつを通したと封鎖係を叱った。


「それが、監督局のパスだったもので……」

「監督局だと!?」


 ナノボットの製造や流通を監督し違法な動きを取り締まるため、銀河連邦の医薬技術庁と通商興産省ナノテク産業局の共同により設置されたのが「ナノボット監督局」だ。製造・販売の許認可や製品の検査・分析のほか、ときに各惑星の治安当局と連携してナノボット絡みの事件調査を行う。

 だが慢性的な人手不足により地方星系の隅々にまではオフィスを置けず、せいぜい医療局が検査を代行するぐらいが関の山だった。ここルバイデもそんな星の一つだったから、監督局の人間が直接出向いてくるなどにわかに信じがたい話だった。


 その間に、宿主(ホスト)集団のいた方向が出し抜けに光った。


「おお、何だ!?」

「眩しい……!」


 光が収まると、宿主(ホスト)はひとかたまりになって地面から生えた黒い(つる)に絡め取られ、動きを封じられていた。

 手前ではビアンカがまっすぐ前方に右腕を突き出し、ロッドを掲げていた。ロッドの先端は金色に輝き、揺らめきながら光を収めるところだった。

 宿主(ホスト)たちはまだ、戸惑うようなうめき声を上げながらも身をよじっている。

 隊長はなんとか状況を把握しようと努めた。蔓はよく見ればアスファルトが飴のように変形したものらしかった。地面と蔓のまわりを時おり金色の光が電流のように走る。その頭上にドローンが浮いているのを見るに、あれを彼女が操って一瞬で拘束したのだと判断するしかなかった。


 ビアンカはロッドを振り下げ、またケースを探った。


「1番、26番、……サポートに7番」


 青やオレンジ、紫などのカラフルな液体の詰まったアンプルを選び出し、中身をシリンジに詰めて手早く撹拌する。舞い戻ってきたドローンにそれをセットすると再び飛ばす。

 ドローンは集団の頭上に陣取ると、シリンジの溶剤を噴霧し始めた。それは宿主(ホスト)らのひび割れた体表をまんべんなく濡らし、鼻や口へも流れ込んでいく。


 ビアンカは改めてロッドを構えた。深みのある琥珀色だった瞳が金色に変わる。右腕からロッドへと電流のような光が走り、先端に付いたジルコンを(とも)す。


 彼女の瞳はいま、この場に漂うエーテルの流れを()ていた。


 宇宙の(あまね)く場所に存在する星間物質の波、エーテル。人類は未だその性質の全容を解明できておらず、主に宙航学の分野において限定的に活用するにとどまっている。だが稀に、観測機器によらずとも生身でエーテルを感知できる人間がいる。そういった者たちは専用のエーテル操作桿――〝ロッド〟を使い、独特な活用を行うのだった。

 まさに今ビアンカがしているように。


「エーテル濃度、よし。触媒(メディウム)の浸透、よし」


 中空と宿主(ホスト)らを交互に睨み、構えたロッドの先端を小さく揺らす。ジルコンがエーテルの波の裾を引っ掛ける。流れがたわんで渦巻き始める。


「ふっ!」


 半身を翻して踏み込み、熟練の指揮者のようにロッドを大きく振るう。ジルコンは流麗な軌跡を描いて宿主(ホスト)らをぴたりと狙い、同時に再び走る電流がつかまえたエーテルに方向を与えて開放する。渦巻きは奔流となり、宿主(ホスト)らを覆い尽くした。

 (はた)目には、ロッドの先端からぱっと光の傘が一瞬広がったように見えただろう。直後宿主(ホスト)らの体が発光した。彼らは一瞬身を震わせると、次々と意識を失いくずおれていった。

 全員が倒れたことを見届けると、ようやくビアンカは隊長に振り向いた。


「もういいわ。飛び入りして悪かったわね」

「……で? お前らは何なんだ」


 隊長は厳しい顔で詰め寄った。


「私たちは監督局の――」

「この星にはいないはずだ」


 どうやらまだ二人の身分を疑っているようだ。


「隣の星系から来たのよ」

「いくら何でも早すぎる。まさかこいつらの飼い主が後始末に来たってんじゃないだろうな?」

「心外だわね」


 さすがの言われようにビアンカは大きくため息をつき、左の手首に着けた端末に触れた。彼女の一歩前にスクリーンが浮かび上がり、隊長に向けてID情報が表示される。


「私はナノボット監督局違法ナノボット対策課嘱託調査員、ビアンカ・クァトロ。あっちは――」

「同じく、ルゥ・ジーエ」


 ビアンカの後ろで地表に降り立ったルゥが、ゴーグルのパネルを額の上にはね上げて手首を突き出し、同じようにスクリーンを表示した。


〈照合。クリア〉


 隊長の端末が二人のIDを認めた。


〈ルバイデ1108時に監督局は連携要請を受理し、二人をアサインしています〉


「ふん、身元は本当らしいな」

「私たちは、隣の星系の事件を調査していたの。手がかりをたどってこの星に降りたところだったんだけど、ちょうどアイカメラでこの騒ぎを見つけて。スタンピードの疑いが濃厚だったし、連携要請も出たし」

「……随分タイミングがいいな」

「それは私も気になるわ」


 ビアンカはにっこりと笑ってスクリーンを消し、宿主(ホスト)らへ向かって歩き出した。周囲の警官たちは、彼らに近寄ったものかどうか迷っている。隊長が合図すると、警杖を構えて遠巻きに待機した。


「つまり、その事件とこれは繋がりがあると?」

「そこを調べたいのよ」


 彼女は折り重なるように倒れている宿主(ホスト)の前にかがみ込んだ。ひび割れた口元に手をかざし、息があることを確かめる。

 その様子をすぐ後ろで眺めながら、「手慣れてるな」と隊長が言った。本庁で許認可のサインばかりしてる事務屋というのが彼にとっての監督局のイメージだった。


「機動隊並みに立ち回れるとは思わなかった。それに、あんたのそれは新型のパラライザーか何かか? まるで魔法みたいに一網打尽だったな」

「魔法?」


 ビアンカは自嘲めいた薄い笑みを浮かべた。


「この世界には魔法なんかないわ」


 確かに魔法があればもっと手っ取り早く片付けられただろう。でも残念ながらここには、魔法も魔力の源(マナ)も存在しない。

 ただ、代わりに――


「代わりにエーテルがある」

「は?」

私たち(・・・)にとって、エーテルは一種の燃料みたいなもの。このロッド――エーテル操作桿は言わば着火剤。ドローンから射ち出した触媒(メディウム)を用いて物質と反応させ、変容を促す。触媒次第でアスファルトを蔓に変えたり、宿主(ホスト)の体内に浸透しているエーテルに伝播させてナノボットを狙い撃ちしたり……」


 淡々と言いながら宿主(ホスト)に巻き付いている蔓をロッドの先で引っ掛け、石をちかりと光らせた。蔓を構成していた素材が結合力を失い、ぼろりと崩れ散る。


「エーテル? エーテルをそんな風に操作できるなんて初耳だ。監督局はそういう開発もしてるのか?」

「監督局にそんな技術はないわよ。これは私のスキル。だから嘱託として監督局に協力してるのよ」

「なんと……」


 呆気にとられる隊長をビアンカは見上げた。


「私、本業は錬金術師なの」

「れんきんじゅつ?」

「ま、覚えとかなくていいわ。境界科学の中でもだいぶマイナーでマニアックな分野だし、そもそも適性者がかなり少ないし」


 遠くからサイレンの音が近づいてきた。隊長が振り向くと、医療局の緊急処置車が通りへ現れた。ひとまず封鎖係に合図し、バリケードのビームを止めて通させる。

 ビアンカは立ち上がり、宿主(ホスト)たちの上にロッドで波打つような軌跡を描いた。魔法ではないと言われても、どうにも(まじな)いめいた動きにしか見えない。


宿主(ホスト)は皆失神してて、数時間は目覚めないでしょう。後の処置は医療局に任せるわ」


 宿主(ホスト)の救護やナノボットの排出は彼らの領分だ。緊急処置車のスタッフへデータを共有するようヴィオレットに指示すると、ビアンカは撤収にかかった。ドローンを回収し、アタッシュケースを拾う。


「どこへ行く?」

「彼らの出どころを調べるわ」


 増援の到着まで待てと言う隊長をいなし、スクーターに乗り込む。


「ビアンカ」


 待ちかねていたようにルゥがインカムから話しかけてきた。あちらはもうエアバイクを浮かせている。


「ビンゴ。こいつらが出てきたところは、うちらが調べようとしてたアジトのあたりだよ」

「首を突っ込んだ甲斐があったわね。――出して、ヴィオレット」

〈はい〉


 二台は動き出し、すぐにスピードを上げて宿主(ホスト)たちが現れた方角へと走り去った。

2025/7/12 修正

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