15 緊急報告
―― 4 ――
「君たちは、よっぽど寄り道が好きみたいだね」
デスクの向こうから、サヴァンが努めてにこやかに言った。細めた目と引いた口角がそれらしい表情を作ってはいるが、組んだ両手の指は手の甲にだいぶ食い込んでいる。
「……申し訳ありません」
ビアンカは目を伏せたまま、ホロ映像のサヴァンに答えた。
ジェイの逃走後、ビアンカは重症者の救護と警察への説明に追われた。オークションハウスの支配人の心証は悪く、彼女たちがジェイを手引きしたのではないかと疑われてしまっていた。
ルゥが道端のエアバイクを勝手に乗り回したのも悪目立ちした。勢い警察署で事情聴取を受ける羽目になったが、サヴァンによる身元保証とヴィオレットからの一日の行動ログの提供で、たまたま巻き込まれただけだという主張が通った。
「どっちかつーと、自分から巻き込まれに行ってたよね」
ソファの上で憮然としてあぐらをかいていたルゥが、横から突っ込んだ。
「ぐっ……でも、おかげで大惨事にはならなかったわ」
「あーまあね、中惨事で済んだ感じ? 腕一本足一本もがれて、会場はぐちゃぐちゃだし宝石は盗られたしだけど」
「……エアバイク一台とシャフトエレベーターのダイヤ遅延もあるけど」
「それはあいつのせいだろ!? あとエアバイク壊れてないし! ちょっとばかしジャイロがおかしくなったけど……」
「――君たち!」
サヴァンがホロ映像越しに両手をぱん、と大きく叩いた。
「僕は、君たち自身に惨事がなくて何よりだと思っているよ」
投映範囲いっぱいに顔が拡大される。細めたままの目が怖い。
「君たちは、警官でも銀河連邦捜査官でもない、ナノボット監督局の調査員だ。凶悪犯罪に進んで立ち向かう立場じゃないし、子守のために大した装備もしてなかった。少々複雑なキャリアがあるとは言え、かすり傷程度で戻ってこれたのは幸運だと思いたまえ」
手を合わせたまま、人差し指だけでこちらを順番に指す。二人は多少引きつつも映像に向き直った。とげとげしくなりかけていた空気が引っ込んだのを見て、サヴァンはズームを戻した。
「警察では、本件を宝石強奪事件だと考えている。客に紛れた不審人物が遠隔で特殊な力場発生装置を作動させ、オークションハウスの従業員二人が巻き込まれて重症を負った。不審人物は、混乱に乗じてスード・ルビーを持ち去ったとの見解だ」
ビアンカたちも警察署で同じ話を聞いた。スード・ルビーの暴れぶりは「特殊な力場」で片付けられ、すべてはジェイが仕組んだことになっていた。
「だが、君たちが踏み込んだからには――ビアンカ、君でなければわからない事情があったからだろう? 君は、何を見た?」
ビアンカは顔を上げた。サヴァンは真顔に戻り、彼女の言葉を待っている。ほっとして口を開く。
「あのスード・ルビーは、ただのスード・ルビーではなくて――アルティファクトだったんです」
「〝人工物〟?」
「〝錬成物〟です。錬金術師によって作り出されたアイテムで、術師やロッドがなくても周囲のエーテルやオーラを取り込んで効果を発動させることができます」
「そんな妙なものが紛れていたら、オークションハウスでも気づくと思うが?」
「インクルージョンの中に、巧妙に隠されていたようです」
「ふむ」
サヴァンが顎を撫でながら続きを促した。
「インクルージョンは、あの場からありったけのエーテルを集めて燃料にし、手近にいた者を襲いました。インクルージョンの先端を触手のように伸ばして――触れた人体を瞬時に分解して、石の中へと吸い込んでいました」
「吸い込む?」
「物理的に全部取り込んだのかはわかりません。ただその後石の中で激しく反応していて、インクルージョンが一際存在感を増したような印象がありました」
「それは、錬金術的な反応ということかね?」
ビアンカは頷いた。その間にルゥが割って入る。
「せんせー、しつもん」
「何よ」
「そのアルなんちゃらとかインクルージョンとか、ビアンカ的には大事件なのはわかるけど、結局うちらの事件とはどう繋がんの? ナノボット関係ある?」
ビアンカはソファに背を預け直し、答えた。
「私も最初は単に、あの石が何かをやらかしそうで気になっただけなの。でも思い出して。あのイケオジぶった説明員が言ってたでしょ、あれはガイウス氏が亡くなったときに握ってたって」
「ああ、うん」
「遺体には頭部と片腕がなかった。石は血溜まりの中にあった。もしあれがルバイデの事件と同じように違法ナノボットの仕業だとしたら、石の中にまだナノボットが潜んでいて――」
「待った!」
ルゥは急いで遮った。
「そもそも、ガイウスがスタンピードを起こしたとか、違法ナノボットを使ってたとかって話は全然出てないんだけど」
そんな事実があれば、必ずサヴァンを通じて違法ナノボット対策課には共有されていたはずだ。
「踏み込む前に確認したけど、遺体からはナノボットが検出されてる。ただ、違法ってほどじゃなくてグレーゾーンのものだったの」
「どういうこと?」
ヴィオレットが検索した調査資料によれば、さらに邸宅には無認可のナノボットのストックが大量に保管されていた。事件当時、監督局でも警察からこれが違法な製品ではないかと照会を受けていた。
「その履歴は僕もチェックしたよ。あるナノボットメーカーの新製品で、当時はまだ認可申請中だったんだ」
「え、じゃあ無認可なのに自分に投与してたのか?」
「製品検査では問題なかったから、通る見通しだったんだよ。作用もありふれた消化機能補助で、感覚作用系じゃない。フライングで味見するのはいただけないが、本人死亡なら咎めようもない」
監督局としては、メーカーに厳重注意とストックの廃棄指示を出して対応を終えていた。
「とにかくね、実は物騒なナノボットかもしれなくて、それが堂々と展示されて明日には見知らぬ誰かの手に渡るとしたら止めなきゃいけないと思ったの。今思えば、ナノボット自体がアルティファクトの疑いが強いわ」
「錬金術って、そんなもんまで作れんの!?」
「もちろん勝手に推理したことだから、石をちゃんと調べたかったけど……」
「あいつに奪われた」
「……」
二人は無言で頷き合った。「宝石泥棒のジェイ」と呼ばれていた乱入者。アルティファクトをたやすく封じ込め、格闘や空中戦が得意なはずのルゥを手玉に取っていた。
ジェイは宇宙港のゲートを突破した後、あの壁抜けを駆使しながら用意してあった一人乗り航宙機に乗り込み、オーロ28を飛び出してすぐにハイパードライブで逃げおおせてしまった。
「用意のいい奴だよ、まったく」
「一体何者かしら……」
ヴィオレットに調べさせたが、ジェイの情報は大して見つからなかった。噂は専ら宝石コレクターのクローズドコミュニティで流れていたようで、部外者には知ることができないのだ。
「ビアンカ。話を聞く限り、君の同業者である可能性が高そうだが?」
サヴァンはそう言うが、可能性は半々だとビアンカは思った。ジェイの目はゴーグルに隠されていて、金色なのかどうかわからなかった。スード・ルビーを封じたときも壁抜けするときも、ロッドを取り出すことはなかった。
「アルティファクトを扱うだけなら、一般人でも可能です。壁抜けも、そういうアルティファクトを使ったのかもしれません。ただ……」
ジェイと目が合ったときのことを思い出す。ビアンカの金色の目の意味をすぐに気づいていた。
「錬金術師に詳しいことは確かです」
そして、何らかの悪感情があることも。「錬金術師か」と投げかけられたときの声音には、侮蔑とも憎悪とも取れる感情が微かにこもっていた。
「あー、あたし今回まるでいいとこなしだったよ! 今度会ったら絶対ギタギタにしてやる」
ルゥがこらえきれず手近のクッションをぼすぼすと叩いた。
「同感。追う相手が増えたわね」
ビアンカの返しを聞いて、ルゥは何か閃いたのか動きを止めた。
「あのさ」
「なに」
「ルバイデで、アジトから逃げた見張りの赤い石を持ち去ったの、あいつじゃね?」
「!!」
二人は目を見開くと勢いよくサヴァンへ顔を向けた。彼は片手を軽く上げて二人を制し、先に口を開いた。
「わかった、ルバイデ宇宙港に問い合わせよう。一方で今回のジェイの足取りや過去に関わった事件は、警察へ情報提供を依頼しておく。だが物証がない話だから、どこまで協力してくれるかな」
珍しく弱気な発言に、ルゥが混ぜ返した。
「言ってみればいいじゃん、実はナノボットが宝石に取り憑いてたって」
「話の枕に怪談を披露するのは、僕の趣味じゃないな」
「おお、真のイケオジ」
「あの、課長。ガイウス氏の邸宅も調べてみたいんですが、オーロ28にもう一日――」
「ビアンカ」
サヴァンがまたにっこりした。
「寄り道は終いだよ。これ以上拾い物や失せ物を増やす前に、アンバースへ――ここへたどり着きたまえ」
一段低い声で噛みしめるようにそう言うと、自分のデスクを指さした。
はい、とうなだれるビアンカの隣でルゥは他人ごとっぽく肩をすくめていた。




