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14 宝石泥棒

 その時やっと会場へ駆け込んできた支配人が、女を見て叫んだ。


「――ま、まさか、宝石泥棒のジェイ!?」


 聞くが早いか、女はフリージングガンを支配人の足元に向けて撃ち、踏みとどまらせた。身ごなしに合わせて、後ろに束ねた青紫の髪が翻る。


「その呼び名はいただけないが、……まあ好きにしろ」


(あ……!)


 ビアンカは唐突に思い当たった。ほんの数十分前にここで、これが本当にスード・ルビーなのかと疑っていたあの女性客だ。本当に下見に来ていたとは。


「お、おお、お前!」


 片腕を失って呻いていた説明員がジェイに向かって叫んだ。すっかり錯乱している。


「お前か! お前の仕業か!? お前のせいで、俺、俺の腕……!」

「そいつは気の毒だったな」


 まったく感情を込めずにジェイが返す。


「この際だから転職でもしろ。貴様の品性はギャラリートークに向いてない」

「何、何、何を――」


 説明員は白目を剥いて失神した。


「ふん」

「待て!」


 ルゥが、容器を懐へしまおうとしたジェイの腕を捉えようとした。が、流れるようにかわされて逆に一瞬で投げ飛ばされた。すぐさま起き上がるも、飛んできた白い光線に阻まれる。気づけば、床のあちこちもショーケースの残骸やらも凍りついていた。


「くそ、そこ動くなよ」


 迂闊に触れば貼り付いて凍傷になる。慎重に這い出すしかない。


 一方ビアンカは腰のポーチを探り、ありあわせのポーションを負傷者二人にぶっかけた後、触媒を一掴みジェイの行く方へばらまいた。急いでロッドを振るうと、不揃いながら床からバリケードが生えた。退路を塞がれたジェイが振り返る。ビアンカに目を留め、どこか意外そうな顔をした。


「……あんた、錬金術師か」

「そうよ。簡単には逃さないわよ!」


 ビアンカは手持ちのアイテムで何ができるか目まぐるしく考えながら、間合いを詰めようとした。だが冷たい銃口を向けられて止まる。ルゥがやっと厄介な樹氷から抜け出てきた。バリケードとビアンカとルゥに囲まれると、残る方向には壁しかない。それでもジェイは焦りを見せなかった。

 外が騒がしくなってきた。パトカーと救急車のサイレンが交互に鳴り響く。


「観念するのね。その石を渡しなさい」

「断る」


 ジェイは二人の足元に冷線を浴びせて牽制し、壁際に立った。


裏口(・・)からお(いとま)しよう」


 壁に向けて身を翻すと、カーテンの隙間に滑り込むように姿が消えた。


「あっ……!?」


 ジェイが消える寸前、エーテルに包まれるのをビアンカは見ていた。今、壁の向こうに同じようにエーテルの塊がある。塊が動く。おそらく通路だ。また消えては現れ、そのたびに遠ざかる。


「壁抜けの――アルティファクト!?」


 唖然とするビアンカを置き、ルゥはジェイを追おうとスタッフ用廊下を抜けて建物の裏手へと飛び出した。左右を見回し、手首の端末に怒鳴る。


「――ヴィオレット、支援しろ!」


 愛用のゴーグルがあれば、ヴィオレットが瞬時に周辺をモニタした情報を出せたはずだった。だが今日は仕事をするつもりはなかったので、この端末しかない。

 経緯を把握しきれていないヴィオレットに、とにかくここから逃げていく怪しい奴を探させた。


〈十数秒前、左手の建物の脇から反対側へ抜けた者がいます〉

「そいつだ!」


 同じ道に飛び込み、盛大にがらくたを蹴倒しながら走る。端末からヴィオレットの報告が続く。


〈今、陰に積まれた廃材を漁っています。何か取り出しました――エアーボードです〉


 ばたばたとその場に着くと、ジェイはすでにエアーボードで中空を飛び去りつつあった。


「負けるか!」


 ルゥは近場に停まっているエアバイクに取り付き、コンソールパネルに端末を押し当てた。監督局のIDで強制的にロックを外す。パネルが点灯し、同時に持ち主以外が起動したことによる警告音が鳴り響くが構わず発進する。反重力ペダルをベタ踏みし、制限高度を振り切って一気に上昇するとジェイに猛追を仕掛ける。


「おっと。まだ来るか」


 ジェイが軽く振り向いた。エアーボードの上に立ち、両足を巧みに踏み込んで高速を維持している。


「尻の硬い小娘なんかの相手をしてるヒマはない」


 その体を深く前傾させてボードの先端を掴むと、ぐんと突き刺すように高度が上がった。後を追ってルゥもバイクの高度を上げてゆく。

 方向からして、ジェイはコロニーの中心軸へ接続する宇宙港のゲートを目指しているようだ。中心軸から伸びる大木のような支柱を互いにすり抜けながら疾走する。

 端末からヴィオレットが鋭く叫んだ。


〈ルゥ、危険です! 高度を抑えてください。ここはコロニーです〉

「何言って――おぅわ!?」


 バイクが急につんのめるように前倒しになり、そのままぐるぐると回転した。回るたびに高度が上下する。ほぼ0Gの中心部に近寄りすぎたのと、360度全方向に地面が存在するせいで重力の向きが狂い、制御不能に陥ったのだった。


 一方のジェイは、まるでぶれずにゲートを目指して飛んでいく。高度に合わせてエアーボードの反重力波の出力を絞っていたのだろう。ボードに体をぴたりと着け、いつの間にかフリージングガンから付け換えたガス銃を撃って方向を細かく調整している。


「くっそ、引き離される!」


 ヴィオレットのガイドで反重力波のオンオフをこまめに繰り返して回転を止め、今や最寄りの構造物である中心軸の外壁にやっと取り付く頃、ジェイはすでにゲートを強行突破していた。

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