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13 アルティファクト

―― 3 ――


 ビアンカの視界にほんのひと刷毛塗り重ねられた金色。この場を漂うエーテルの流れだ。ショーケースの中の宝石たちが、その粒子を弾いてわずかに輝きを増す。

 だが、最奥のショーケースの一角だけが異質だった。そこだけエーテルが濃くなり、陽炎のように揺らめいている。ガイウス氏が死亡時に手にしていたといういわくのある石が展示されているあたりだ。

 間もなく閉場とのアナウンスで出入口へ向かい始める客たちを避けながら、ビアンカはそこへ向かおうとした。だが脇から警備員がすっと進み出て「閉場ですよ」とやんわりと阻んだ。


「ごめんなさい、一番奥の展示を見たいのよ」


 警備員をかわそうとしながらケースの方へ目を凝らす。どうやらあの場所へエーテルが流れ込み、渦を巻きつつあるようだ。そんな特異点が自然発生することは稀だ。人為的に生み出せるのは、錬金術師か、錬金術師が作ったアイテムだけのはずだ。


 そんなものがなぜここにあるのか。それに〝赤い石〟と不審な死に様。追っている事件との奇妙な符号。


 いや、スード・ルビーの組成はナノボットの残骸とはまるで違うはずだし、ガイウス氏の遺体だって煙のように消えては――


 ビアンカはどきりとした。


 客たちの話によれば、遺体は頭部と片腕がなかった。血溜まりに沈んだスード・ルビー。深紅のインクルージョン。


 直感が、ビアンカの心拍数を押し上げる。錬金術師としての直感が。


「ねえ、これってうちらのヤマなの?」


 ルゥが腕を掴んで囁いた。


「あたしに一緒に残れってことは、そういうことだよね?」

「ちょっと待って。――ヴィオレット、ガイウス氏がナノボットを使っていたか調べられる?」


 手首の端末から指示すると、数秒で答えが返ってきた。そしてルゥに頷く。

 二つ目のヤマになりそうだ、と。


 警備員に監督局のIDを示して捜査の協力要請をすると、半信半疑といった体でスタッフの一人が支配人を呼びに行った。「まどろっこしいな」と焦れるルゥを肘で小突き、会場の出入口そばで待つ。

 会場からはすでにすべての客が退出し、説明員らスタッフが展示品を慎重に片付け始めていた。くだんのスード・ルビーにも、あの不謹慎ジョークで悦に入っていた説明員の男が近づいた。白い手袋をはめ、ケースの鍵を開ける。


「待って!!」


 瞬間、ぞわりとただならぬ気配を感じてビアンカは叫んだ。


「うわあああ!?」


 説明員が絶叫を上げる。スード・ルビーを取ろうとした腕が爆発したように膨れ上がり、蒸気に包まれた。一瞬後、肘から先は溶解した肉色のゲルとなり高速でねじられながらじゅるりと石へ吸い込まれるようにして消えた。あとに残った蒸気から、特徴的なプロテイン臭が漂う。

 遅かった。ビアンカには、石が息でもするように大きくエーテルを吸い込み、捕食者となって無数の深紅の腕を説明員へと伸ばしたのが見えていた。


「なんてこった」


 ルゥと警備員が同時に駆け出した。ビアンカも後を追いながら、懐からロッドを取り出す。説明員の男はショックでケースをひっくり返し、スード・ルビーが男の噴き出した血溜まりの中に転がり落ちた。


「ぐわ!」


 今度は血溜まりを踏んで男へ駆け寄ろうとした警備員の脚が餌食になった。


「危ない!」


 ビアンカは警備員の前に出てロッドを横薙ぎに一閃した。軌跡の上下に金色の盾が一瞬だけ輝く。


「こいつ……っ!?」


 ルゥが血溜まりへ手を伸ばすと、その手がばちんと何かを弾くように震えた。


「ルゥ、下がって! 私の後ろへ!」


 ビアンカはロッドを掲げたまま、全員をかばえる位置に立った。他の者には視認できないが、ロッドの先端のジルコンに自身のオーラを流し込んでシールドを展開している。

 スード・ルビーは取り込んだエーテルを燃やしているかのようにぎらぎらと輝いていた。その眩さもまた、彼女にしか見えない。

 石の中のインクルージョンは、放射状の針の形をしていた。その針がざわりと動くと、エネルギーが深紅の触手となって襲いかかる。ビアンカが素早くロッドを振りさばくと、再びシールドがそれを弾いた。


(エーテルを燃やして動く……間違いない、これは……)


 石を睨み、確信する。


「〝アルティファクト〟……!」


 すなわち錬金術師の手になるアイテム。だが誰が、何の目的でここに? そしてこの凶暴な動きは果たして意図されたものなのか、暴走しているのか。

 わからない。とにかく抑え込むのが先決だ。けれども叩き壊そうにも危険すぎて近寄れない。


「!?」


 焦るビアンカの眼の前を、突如白い光線が遮った。光線はスード・ルビーを狙い撃ち、瞬く間に凍りつかせた。周囲のエーテルの流れも止まる。


「――派手にやってくれたな」


 後ろから、声とともに長身の女が現れた。目元を細い横一文字のゴーグルで覆い、暗色のコートを纏っている。右腕に装着した冷凍光線銃(フリージングガン)の構えを解くかちゃりという音が、場にいる者たちの耳に大きく響く。

 女はビアンカの横を平然と通り過ぎてスード・ルビーの前にしゃがんだ。氷漬けのその石を拾い、中のインクルージョンを見透かすようにかざす。


「とんだ悪食だ。……まったく、反吐が出る」


 それから小さな金属製の容器――ちょっとしたアンティークの煙草入れにでも見える――に石を納めた。


「あんた、何者だい!?」


 ハッとしてルゥが叫んだ。


「この騒ぎはあんたが仕組んだのか?」

「男を食い散らかす趣味はない」


 女は立ち上がり、煩わしそうにルゥを見た。


「こいつをいただきに来ただけさ。あんたらには無用のものだろう」


 手にした容器を軽く振って見せる。

 その声と横顔にビアンカは見覚えがあるような気がした。それにあの黒手袋。つい最近、どこかで。

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