12 スード・ルビーコレクション
* * *
「そもそも〝スード・ルビー〟って何?」
会場のオークションハウスへ向かう道すがら、ルゥが聞いた。
「普通のルビーと違うの?」
「確か、どこかの小惑星帯で採れる石よ。私も事典でしか知らないけど……ヴィオレット、わかる?」
〈はい。スード・ルビーは、正式には「メローピ・カメリアイト」と呼ばれる鉱石です。メローピ星域の小惑星帯で産出される鉱物資源で、特に小惑星「カメリQ」に埋蔵量が多く、採掘が盛んです。歴史的には宝石としての価値はあまり高くありませんでしたが、地球産のルビーに特徴がよく似ていることから、近年になって『偽ルビー』と呼ばれ注目されるようになりました〉
「へ、へー」
「そうそう、カメリアイト」
流れるような答えにたじろぐルゥの隣で、ビアンカは頭の中の事典をめくり直した。確か、ルビーよりもエーテルの流量が多いため触媒にすれば効率的だが安定性は今ひとつ――と書かれていた気がする。
「宝石としては価値があるなんてねえ」
「いや、宝石以外の価値なんか考えんの錬金術師だけじゃないの?」
「ほっといて。ほら、着いたわ」
展示会の看板が出ている門を通り、前面にいかにも格式のありそうな古代風の石柱をあしらった建物へと一行は入った。クーポンの提示で入場料は十五パーセント割引になる。アンドロイド端末のヴィオレットは割引対象外のうえ逆に持込税がかかるので、エントランスで待機させた。
人出はまあまあで、混雑しているというほどではなかった。ただどこか裕福な雰囲気があり、Tシャツにサンダルといった気楽な服装の者でも素材感やアクセサリーが違う。
「やっぱ場違いかなあ」
セレブ御用達のリゾート地にでも迷い込んだような居心地の悪さを感じて、ルゥがこぼした。むしろ、今日買った少しよそ行き感のある服を着ているガルォンの方が馴染んでいるくらいだ。
場内には、オークションへ出品予定のコレクションがいくつかのショーケースに分けて丁寧に陳列されていた。様々なカットの指輪やブローチが一つずつ台座に据えられて並ぶ。中央の一番目立つ場所には、スード・ルビーと他の色の石を散りばめた豪華なネックレスがマネキンに掛けられていて、最も人だかりがあった。
「これは素晴らしい。どれも天然ものだ」
「ふむ、確かに見事。わしも地球産のルビーはいくつか持っとりますが、全く遜色ない輝きですな」
「あたくしはあいにくスード・ルビーもルビーもわからないけど、このネックレスは素敵ね。赤色の美しさに吸い込まれそう」
客がケース越しに宝石たちを眺めて口々に褒め称えている。どれどれと後ろから首を伸ばしてみるルゥを置いて、ビアンカはすっと隙間から前へ滑り込んだ。
「……なるほど、これはなかなかのコレクターだわ」
奥のショーケースには、ジュエリーとして加工されていない裸石や原石も並んでいた。コレクションの持ち主は、スード・ルビーを鉱石としても愛していたようだ。
展示品に添えられたカードを読み始めるビアンカの後ろを、他の客がわいわいと通り越していく。
「こうも赤い宝石ばかりに囲まれとると、あの噂が気になりますな」
「ああ、僕もコレクター仲間から聞きましたよ。最近『宝石泥棒のジェイ』という奴が出没しているとか」
「左様。奴が狙うのはまさに赤い宝石のみ。ひょっとしたらこの展示会にも目をつけ、下見に来とるかもしれませんぞ。一節には、持ち主のガイウス氏が召されたのもそ奴に襲われたせいだとか……」
「んまあ恐ろしいこと! あなた、警備は大丈夫ですの?」
動転した客の一人が、説明員に詰め寄った。
「ご安心ください! この会場は厳重な警備体制を敷いておりますし、建物全体を万全なセキュリティシステムによって監視しております。一ミリグラムの異常も見逃しませんよ」
説明員は一際明るく答えた。続けて、ガイウス氏は確かにこのコロニーに建てた邸宅で無惨な姿で発見されたが、既に事故死との結論が出ていると述べた。
「発見当時は強盗による犯行が疑われましたが、コレクションから失くなったものはなく、屋敷のセキュリティログにも侵入者の形跡がありませんでしたから」
なるほど……と客たちは納得し、また周囲の展示品を各々眺め始めた。
(やれやれ、私たちのじゃないけど〝赤い石〟には妙に物騒な話がついて回るのね)
ついつい耳をそばだてていたビアンカも集中を解く。ただ、ガイウス氏の死因は少し気になった。
「――一つ尋ねるけど、これは本当にスード・ルビーなの?」
人々の注意がばらけるのを見計らうように、女性客が静かに説明員に話しかけた。ビアンカが見ているショーケースを挟んだすぐ向こう側にいるので、声が届く。目を上げると、女性客はその奥のケースにひっそりと置かれた大粒のルースを指さしていた。
彼女の姿もいかにもセレブっぽい。上背のある引き締まった体を上品なスーツで包み、黒手袋にクラッチバッグ、つば広の帽子の下にはスカーフを巻いてさらにサングラスもかけている。お忍びのモデルか女優といった出で立ちだ。
「もちろんでございますよ。こちらの宝石鑑別書は確かですし、私どもも展示直前に厳密な科学鑑定を行っています」
「……」
女性客は鑑別書には目をくれず、石だけをじっと見つめた。説明員が重ねて何か言おうとしたが、他の客たちが近づいてきたので彼女はすっと後ろへ引いた。
「ほほう、これはまた大きなインクルージョンが入っとりますな」
「深紅の針のようで美しいな。――なぜこんな片隅に展示したんです?」
問われて説明員はちょっと神妙な顔をした。
「はい、こちらも逸品ではあるのですが、実は……ガイウス氏の遺体が発見されたとき、まさに手の中に握られていた品でして」
おお、と客たちがどよめく。説明員が「ガイウス氏に冥福あれ」と空々しく付け足した。運不運どちらだろうが逸話があるほど箔がつき、落札価格をより吊り上げてくれるのだ。
「そう仰られると、何だか禍々しく感じられてきますわ。このインクルージョンも、まるでヒビに血が滲みこんだようにも見えて……でも不思議に目が吸い寄せられますわね」
説明員は、ショーケースに熱い眼差しを注いでいた老婦人客の耳元に口を寄せた。
「お気をつけください、マダム。確かにこの石は一度ガイウス氏の血溜まりに沈んでいるのです。不慮の死を遂げた彼の思いが、呪いとなってここへ宿っているのかも……」
「まっ……!」
直後におどけた調子で眉を上げ下げすると、客たちがどっと笑った。けれどもビアンカにはこの手の不謹慎ジョークは不愉快でしかない。同様に感じているのか、先程質問していた女性客がいつの間にか輪を離れて出入口へ向かおうとしていた。
「あ……」
進行方向を見てビアンカも急いで輪を抜けた。遠巻きにしていたルゥからガルォンがふらふらと離れ、その女性客に倒れかかるようにぶつかってしまったのだ。
「あー、すいません! ガルォン、しっかりしな。ほら放せ」
『……』
ルゥは、半ばしがみつくような格好になっているガルォンを慌てて引き剥がした。ビアンカもたどり着いて二人で女性客に頭を下げる。
「いえ、お構いなく」
彼女は軽く手をかざして謝罪を遮ると、短く答えてさっさと立ち去った。
「やれやれ。何だいガルォン、クールなお姉さんが好きなのかい? ビアンカで我慢しときなよ。ちょっと迫力が足んないけど」
「バカなこと言ってないの。やっぱり疲れちゃった?」
『……ふー……』
ガルォンは目をとろんとさせ、すん、すんと時おり鼻を鳴らした。
「だめだな、ふらついてる。もう帰るか」
「そうねえ、うーん……」
ビアンカは残念そうにショーケースを振り返った。スード・ルビーは錬金術の素材としてどの程度役立ちそうなものなのか、じっくり見てみたかった。
(ここから見てわかるわけじゃないけど……)
目立たないように額に手をかざし、目に金色の光をともす。そして、その姿勢のまま彼女は固まった。
「おい、子どもの体調のほうが大事だろ。観光は終了だよ」
「……ええ」
ルゥが咎めると、生返事が返ってきた。
「おい?」
「ガルォンにはヴィオレットを付けて、先に帰しましょう」
「あのさあ、ビアンカ」
「ルゥ、ちょっと私と残ってもらえるかしら」
「そんな場――」
振り返ったビアンカの目が金色のままなので、ルゥは台詞を引っ込めた。




