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11 宇宙港

―― 2 ――


 宇宙空間に浮かぶ、直列する二つの巨大な円筒――その真ん中に近づき、間に挟まれている球の開口部から中へ入る。そこがスペースコロニー「オーロ28」の宇宙港なのだった。巨大な内部には、定期航路をゆく大型輸送船やら近場の惑星からやってきた軽量クルーザーやらの種々雑多な船が所狭しと停泊している。

 ビアンカたちも船を指定された区画に停めた。上下左右はすでに他の船で埋められており、十分安全な距離があるとは言えそれなりに圧迫感がある。


〈乗降ボートがエアロックに接続しました。重力方向同期。酸素、クリア。――移乗できます〉

「よし、じゃあ移るわよ。忘れ物ないわね?」

「ほらガルォン、よそ見すんな。手を離すなよ」

『う、うん』


 港内は常時宇宙空間に開いているため無酸素無重量だが、ボートの中は重力制御が効いていて宇宙船から難なく乗り移ることができる。

 ビアンカに続き、賑わいぶりに圧倒されていたガルォンの手を引いてルゥが乗り込み、最後にヴィオレットのアンドロイド端末が乗るとボートは入管ゲートへ向かった。事前申請済みなのと監督局のID提示で、とくに問題なく通過する。

 そこからは、窓のないエレベーターをいくつか乗り継いで最後に地表に出た。


「おお、すげー」

「ここには今回の出張の行きでも立ち寄ったけど、中まで入るのは初めてね」


 一同は珍しそうに周囲を見渡した。

 出口は円筒内部の側面部分を向いていたようで、街並みの遠くの方がせり上がって頭上まで続いている。てっぺんの街並みとの中間を、このコロニーの中心軸が太く貫いていて、軸から枝分かれするようにエレベーターの柱が定間隔で伸びていた。その枝の一つから一行は出てきたのだった。


『ねえ、あれ落ちないの!? 上にいる人たちどうなるの?』


 ガルォンが尻もちを付きそうになりながら訴えた。自転による遠心力で重力を生み出しているので問題ない、とヴィオレットが説明したが腑に落ちていない様子だ。


「あの真ん中のところはどうなの?」


 ルゥも腑に落ちていなかったのか、中心軸を指さした。ヴィオレットが淀みなく答える。


〈中心部は無重力です。地表に近づくにつれて徐々に重力が発生します〉

「え、でもここまでうちら何にも感じなかったけど」

〈エレベーター設備内は独立した重力制御システムが使用されています。理由の一つは、有重力下の方が人間の移動には安全であること。また、システムは宇宙船程度の規模の限定的な空間を制御できますが、コロニーのような巨大な建造物では遠心力を利用したほうが低コストになるためです〉

「へー……」


 わかったようなわからないような顔をしているルゥを見て、ビアンカは思わず吹き出した。


「もう一度、九歳向けに説明したほうがいいかしら」

「えっ、いいよ!」

『いらないよ!』


 意外にもガルォンが強く反発した。ルゥの手をぎゅっと握ってうつむいてしまった。尻尾が不機嫌そうにゆっくりと左右に揺れている。


「……ビアンカ」

「あ、あら」

「あんまり九歳九歳って言うなよ」


 ルゥが咎める。九歳には九歳なりのプライドがあるのだ。


「ごめんなさい、ガルォン」

『……』

「ね、機嫌直して。今日はガルォンが主役なの! ショッピングモールで新しい服を買いましょう。それから、本やおもちゃも!」


 ビアンカがぱちんと手を叩いて明るく言うと、ようやくガルォンが顔を上げた。


『服? いいの?』

「もちろんよ!」


 今着ているのはルバイデの医療センターから譲ってもらった子供用チュニックの古着だ。着替え用もあるがどれもサイズが合っていなかった。


「んじゃ行くぞ! モールはどっちだ?」


 すかさずルゥが彼をひょいと持ち上げた。腰に抱えて走り出す真似をしているうちに機嫌も直ったらしかった。


* * *


 モールに入っている有尾人向けの専門店で子供服を一式買って着替えさせ、さらに数点見繕う。様々な星系から人々が立ち寄るだけあって、店内の客層もバラエティに富んでいた。ガルォンはイグアナ似の客にたじろいだり、同じセリオン星系出身と思しきクロヒョウ型のマダムに微笑まれて赤面したりしていた。

 トイプラザではあまり気に入るおもちゃはなかったが、抱き枕に手足が生えたようなぬいぐるみが選ばれた。ガルォンによると、「もちもちしてシマシマ」なところが良いのだそうだ。

 その間にヴィオレットは生活雑貨店から歯ブラシや文具、カバンなどの身の回り品を注文し、それらすべてをまとめて配送車で船へ送った。


「ガルォン、好きなの頼んだか? いっぱい食うんだぞ」


 昼食は、百パーセント地元食材を謳うレストランへ入った。色とりどりの美味しそうなメニューの画像に、ルゥとガルォンはたっぷり目移りしてから注文を決めた。

 ビアンカはヴィオレットを後ろに控えさせ、ヴィジスクリーンを出してここまでの購入済みリストを整理していた。「あら」というつぶやきとともにその指先が止まる。ガルォンの服を揃えたブティックからクーポンが発券されていた。


「スード・ルビーコレクションの一般展示入場券よ」


 そう言えば昨日のニュースでちらりと見た。よほど珍しいコレクションなのか、オークションが始まる前日まで一般展示を行っているそうだ。


「今日が最終日みたいね。行ってみる?」

「えー? オークションとか宝石とか、セレブ向けのイベントだなあ。あたしにゃ縁がないよ」

「そう。私はちょっと興味あるわ」


 あっさりした返事のルゥに対し、ビアンカは乗り気だった。錬金術師としても珍しい素材を目にする機会は逃したくない。出航は夜になってからの予定だから時間は十分ある。むしろ展示最終日のため閉場時刻が早い。


「閉場まで二時間もないわね。会場もそんなに離れていないし、ちょっと覗くだけになりそう」


 まあそんくらいなら、というルゥの返事で午後の予定は決まった。

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