10 九歳にもわかる銀河連邦とスペースコロニーのお話
船内の中央を走る通路の隣はラボ、向かいは二人部屋の私室が二つとバスルーム、奥の突き当りの先は倉庫とガレージ。こちら側の突き当りがラウンジへ続くドアだ。
「ガルォンは大人しくしてるかな?」
「ヴィオレットがついてるはずよ」
ガルォンにはなるべく二人の目が届くようにしてはいるが、事件の調査はさすがに彼の前ではできない。現地調査で活躍するアイテムの補充や調合も必要なため、勢いビアンカはラボにこもりがちだった。それで代わりにヴィオレットに相手をさせているが、ついでに教育らしい教育を受けたことがない彼に、銀河連邦市民としての一般知識や銀河標準語の学習をさせるのにも都合がよかった。
「ほら」
ラウンジの扉を開けると、ソファに座るガルォンとその前に展開している暗黒の立方体が目に入った。星雲がいくつか見えるので宇宙全体のホログラムだろう。
〈銀河連邦はその支配圏を8つの星域に分け、星域内の各星系を惑星管理システム〝COSMOS〟のネットワークで繋いでいます〉
ヴィオレットのナレーションとともに、立方体の中にぽこぽこと半透明の塊が現れた。中に光の粒が浮き出してそれぞれが線で結ばれると、一気に賑やかな絵面になる。しかしガルォンの反応は鈍い。
『こすもす……?』
〈COSMOSは、各惑星の居住者が安全に暮らせるよう、生命維持システムや居住区のインフラ管理ほか様々なシステムの運用を行っています〉
『うんよう……?』
ガルォンが大きく首を傾げた。両耳が不安そうに伏せられる。
「わかる。話がでかすぎて頭に入んないんだよな」
「というかヴィオレット、その説明は九歳には難しいんじゃないかしら」
苦笑交じりの二人のコメントに、ガルォンがぱっと振り向いた。
『ルゥお姉ちゃん!』
言葉はまだユーティリティバンドの翻訳機能に頼っている。
「よしよし、一人で勉強してて偉いぞ」
ルゥはソファの背に肘をかけ、後ろからガルォンの頭をぐりぐりと撫でた。一方ビアンカはキッチンの脇で待機していたヴィオレットから「異常なし」の報告を受けると、ティーサーバーから紅茶を取った。
『ずっと外が見えないから』
「ハイパードライブ中だからしょうがないな。そろそろ抜けるだろ、ビアンカ?」
「そうね」
『いつ?』
ガルォンがぱっと顔を輝かせた。ルゥはビアンカを見、ビアンカはヴィオレットを見た。
「いつ?」
〈約九時間後、銀河標準時〇二時頃の見込みです。その後は通常エンジンで減速航行し、〇七時にオーロ28へ到着予定です〉
『〝あんばーす〟じゃないの?』
「ごめんね、アンバースはまだ先よ。オーロ28には補給のために立ち寄るの。半日くらいはかかるから、船を降りて少し羽を伸ばしましょうか」
ガルォンがますます喜んで、ソファの上で飛び跳ねそうになった。
『ほんとう!? どんなとこ?』
「オーロ28はスペースコロニーよ」
『すぺーすころにー』
たちまちまたきょとんとする。
「ヴィオレット、九歳にもわかるように説明してあげて」
〈はい。スペースコロニーとは、宇宙空間に人間が住めるように作った町です。空気や水や重力を作り出して、ルバイデのような星にいるのと同じ感覚で暮らせます。オーロ28は、ちょっとした島くらいの大きさで……〉
ソファの前に陣取っている宇宙の立体星図が、オーロ28の映像に切り替わった。二つの円筒が球体を挟んで、それぞれ逆向きに回転している。中規模のシリンダー型コロニーだ。
〈オーロ28は言わば宇宙の交差点です。たくさんの宇宙船がここを通り道にしてあちこちの星域へと移動していきます。旅行客が休憩や乗り換えを待っている間も楽しく過ごせるように、ショッピングモールやイベントも用意されているので退屈しません〉
『へえええ……』
ハブ宇宙港として建造されたオーロ28について、九歳向けバージョンで説明が続く。コロニー内の居住区や商業街区、きらびやかなホールなどのホログラムが次々と表示される。ガルォンは初めは目を輝かせていたが、すぐに情報量過多で頭をふらつかせた。
「ねえ、それよりご飯にしようよ! ご飯!」
様子を察してか、自分自身が待ちきれなかったのか、ルゥが話を打ち切らせた。キッチン前のビアンカとヴィオレットをどかせ、「肉! 肉いっぱい!」と自分で冷凍庫を開けて食材を漁り始めた。
〈確かにメンテナンス直後なのでプロテインとミネラルが必要ですね。肉類は残り少ないですが、豆が豊富ですのでこちらをメインにしたメニューにします〉
「え〜やだ! 肉がいいよ!」
またAIと人間の欲望との攻防が始まった。二人を放っておいて、ビアンカはガルォンを促してソファスペースを軽く掃除することにした。
「ん……?」
視界の端に赤いものが見えた気がして顔を上げると、ホログラムにオーロ28関連の映像がまだ映っていた。目に入ったのはその中のローカルニュースだった。
『急逝した実業家のスード・ルビーコレクション、オークション出品へ』
ヘッドラインの文字とともに、美しい赤色が散りばめられた宝飾品や原石が陳列されている様子が映る。
「なんだ、ルビーか……」
それならあの〝赤い石〟とは違う。なんで急逝したんだろうとふと頭をかすめたが、メニューで揉める二人の仲裁のために、些末な疑問はすぐに消し飛んでしまった。




