『罪の継承:前篇』
─七つの大罪。
それは、人が犯した七色の罪。
「リグ、ここに来てからもうすぐ1年だね」
月明かりが差す、暗い森の中。
散歩をしながら、ランタンの火でぼんやり周囲を照らされる。
静かな夜に、パストが口を開いた。
「そうだね」
わたしは特に感動もなく、軽く相槌を打つ。
「リグ、あの日のこと覚えてる?」
パストの問い。
忘れるわけがない、忘れられるはずがない。
初めて、パストに出会って。
罪を、継承して。
──人を、殺した日。
「惡魔!死ね!!」
勢いよく腕をふりかぶる細い男。
「気味悪ぃんだよ!!」
腹を殴られ、ゴフッと情けない音が口から漏れた。
大柄な男がわたしの髪を引っ張り上げる。
直後、拳が頬に強い衝撃を与える。
鈍い音が鳴って、じんわりと痛みが広がった。
いつもの通りのわたしの日常。
忌み子として産まれたから。
母は、産まれたわたしの瞳が赤いこと、病的なまでに白い肌、色素のない白い髪を見て心底後悔したらしい。
わたしに後悔なんて名前をつけるくらいには。
物心ついた頃から村の地下牢にいつも独り。たまに人が来て気が済むまで殴られ続ける。
2畳あるかすら怪しい、小さな牢屋。
鉄格子の先には、階段と、牢屋の扉へ繋がる道しかない。
「今日はこんなもんでいいか」
大柄な男が階段へ去っていった。
「また遊ぼうな」
細い男がニヤニヤしながら先に行った男を追いかける。
やっと終わった。
今日はこれで終わりだ、よかった。
死なずに済んだ。
心すら凍らせてしまいそうな冷たい床に寝転がり、死ななかった幸福を噛み締める。
だが、その安堵も一瞬で終わってしまった。
小さく「あ」と声を上げ、細い男がもどってきたのだ。
「コレ、メシな」
投げ込まれたのは硬いジャガイモと、酸っぱいような臭いのする鼠の死骸。
食べたくはない、けど食べないと死んでしまう。
目を瞑り、できるだけ何も考えないよう"メシ"を口に運ぶ。
ジャガイモが口の中を傷つける。
鼠の骨を噛み砕く食感に吐きそうになる。
食べなければ。
「おい、お前に来客だ」
今日はいやな日だ。
人が何回もわたしに会いに来る。
額に冷や汗が流れ、瞳孔が開いていくのを感じる。
心臓がバクバクと早鐘を打つ。
なにかされるかもしれない。
売られるのか、それとも……。
疑いの念は尽きない。でもわたしにどうする術もない。
殺されないといいな。
わたしは諦めの気持ちでその"来客"を待つことにした。
談笑する声が階段から聞こえる。来客が声の特徴から男性だとわかる。
大柄の男、細い男、来客の3人でわたしの前に現れた。
「こいつがリグレットです。ウチの村に居座る惡魔」
ガハハと豪快に笑う大柄の男。
"惡魔"
髪が白いからなのか、目が赤いからなのか
人と違うのが、悪いのかなぁ……。
「この子がリグレットか……いいね」
顎をさすりながら来客の男がわたしを見つめる。
妖しげな瞳がわたしを射すくめ、目を逸らせなくさせた。
深い蒼色が、どこまでも続く蒼い海の底のようで思わず見蕩れてしまった。
その瞳……。いや、顔?
どこか、違和感がある。
極端な左右対称、美麗すぎる顔?
違う。
最も違うのは……。
「あなた、ひとじゃない」
男3人の談笑する声が止まった。
あ、やばい。
心の声が思わず漏れた。
「お前何言ってんだ!!!」
「今度こそ殺されてぇのか!?」
男たちが次々に怒鳴る。
おかしい。
今までこんなこと、なかったのに。
わたし、今度こそ殺される。
「あは、あはは……!あははははは!」
わたしのそんな思いとは相反して、来客の男はおかしげに笑った。
「リグレット、キミ、面白いじゃないか」
腹を押え涙を拭きながら来客の男が言う。
「ーー様、このような無礼者を処罰しなくていいんですか」
大柄の男が焦ったように言う。
「リグレット!早く謝れ!!!死にたいのか!」
細い男がさらに言う。
「……うるさいな」
来客の男が、静かに口を開いた。
「「え?」」
「……え」
何が起こった?
たしかに、今、来客の男が手を上げて?
男2人の首が、刎ねられた。
来客の男が満足そうに笑い、わたしに向かって目を細めて。
「リグレット、捜したよ。ボクと一緒に行こう」
そう嬉しそうに言う彼のアタマはランタンになっていた。
ランタン男は細い男の死骸から牢屋の鍵を探し出すと、扉の鍵を開けた。
ギギギ……。と耳に刺さる音を鳴らしながら鉄格子の扉は開かれる。
「さぁ、リグレット。おいで」
そう言いながらわたしに近寄るランタン男。
思わず、頭を手で覆った。
「嗚呼、見つけるのが遅くなってしまったね。こんなに怯えて……。すまない、リグレット」
胸に手を当てて、ランタンの火を弱めた男は申し訳なさそうに謝る。
「でも、ボクは人じゃない。あんなに醜い生き物じゃない」
だから、と続けるランタン男。
「だから、ボクの手を取って」
泣き落としなのはわかってた。
でも。
「アイツらを、皆殺しにしよう」
こんなの……。
こんなの、ふざけすぎてておもしろいよ。
「皆殺し……」
「そう!皆殺し!」
蚊の鳴くような声にすらも反応してくるランタン男。
「リグレットだって恨めしいだろ、あんな人間」
そう捲し立てる勢いに戸惑ってしまう。
「あ、この話し方は嫌か。ごめんね」
「……なんでわかるの」
見抜かれてしまった。殴られないかとビクビクしてしまう。
「殴らないさ。それに、ものすーーーごく顔に出ていたからね」
「そんなに、わかりやすいの」
わたしは思わず食ってかかってしまった。
「大好きな人の事だ。手に取るようにわかるよ」
好き、わたしを?なんで?
へんなランタン……。
いやな気持ちには、ならなかった。
「そんなことより、牢屋から出ておいでよ。ボクがリグレットを飼ってるみたいで嫌なんだけど」
「でも……」
「そんなに出たくない?しょうがない子だな、全く」
躊躇うと、牢屋の中に入ってくるランタン男。
心の中が、ぼんやりと照らされるみたい。
「おいで、リグレット」
そう言ってわたしを立たせ、そのまま手を引っ張った。
「もう、自由だ」
柔らかい声で語る彼にひかれて、外へ出た。
部屋の中より、廊下の方が広い気もするけど。
自由に、近づいた気がした。
「さぁリグレット。復讐もいいけど、先にそのみすぼらしい格好をどうにかしようか」
堂々と目の前で悪口を言ってくるランタン男。
「なんでそんな事言うの」
「アハ、ごめんね。お詫びにコレで許して」
コレ……?と不思議がるわたしを横目に
「変身」
男が呟くと、目の前が蒼い炎で包まれた。
反射で目を閉じる。
炎なのに熱くはなくて、逆に冷たいくらい。
目を開くとわたしの見た目はすっかり変わっていた。
ボサボサでくすんでいた髪は蒼いリボンで結われた綺麗な三つ編みに。
所々破れていた布切れのような服は可愛らしい赤のドレスに。
服の上にはフードが着いた黒く長いケープが。
裸足だったのに白の靴下に黒のブーツまで履いている。
ふわふわのお洋服の感触は新鮮で、心地よい。
「すごい、魔法みたい」
目を輝かせるわたし。
「まぁ、魔法だからね」
ランタン男はさも当然かのようだ。
「誤魔化してるだけだけど、外を出歩く分にはいいだろ?」
誤魔化している、だけ……。
「……また、あの格好に戻っちゃう?」
つい不安になってしまった。
ランタン男はうーん、と考え込んでしまう。
迷惑かけたかな、でも……。
あんなに寒くて、冷たくて、苦しいのはもう嫌。
「ボク達の家に帰れば、二度とあんな姿にはならないよ」
「わたしたちの……いえ……」
憧れていた。
あたたかい、いえ。
この地獄から、やっと、抜け出せる……。
「あったかい?」
「常に暖炉に火を焚いているよ」
鉄格子から風が抜けることがない。
「かみもぼさぼさにならない?」
「毎日お風呂に入ろう」
温かいお家で、楽しく……。
「ほんとうに?」
疑いたくなかった。
でも、怖くて。
やっと訪れる幸せが、恐くて。
「大丈夫だよ、リグレット。もう二度と嫌な思いはさせない」
強い意志に満ち溢れた声。
優しく抱き締められた、初めての感触。
「ボクが、永遠に守ろう」
─もう、こわくない?
「う、うぅ……うわぁぁぁ!!!」
涙が溢れて止まらない。
きっと、信じてはいけないのだろうけど。
希望の光が、見えた。
やっと、やっと。
これで……おわる。
地獄がおわる。
安堵で、涙がさらに溢れてくる。
ランタン男は何も言わずにわたしを抱きしめるだけ。
ひとって、暖かいな。
気が緩み、目を閉じた時。
─ランタン男の背後から黒い影が。
……気づけなかった。
「ッッ!!死ね!!」
怒声とともにランタン男の背中に剣が突き刺さる。
「……あ」
拍子抜けしたように軽いランタン男の声。
わたしを抱き締めていた腕の力が、抜けた。
「やった!やったぞ!!こいつも惡魔だったんた!!」
1人、歓喜の声をあげる人間。
「あ、ぁ?」
わたしは、状況が理解できなかった。
なにが、おきたの。
このひと、死んじゃった?
わたしの服も、環境も。
全てが元に戻っていく。
可愛らしい服は、ボロボロの布に。
足は、ブーツから汚れた素足に。
魔法が、解ける。
いや、だ。
いやだいやだいやだ。
なんで、わたしだけこんな目に。
わたしだけ、いやな思いをして。
わたしの、しあわせすらも……。
─かえして。
「あ、なんだ?惡魔如きが俺を睨みやがって」
「わたしのランタン男をかえして」
怒りは、声を。
「聞こえねぇな。惡魔は声もちいせぇのか?」
体を、全て。
「わたしのしあわせをかえして!!!」
全て、喰い尽くす。
"継承"
「……許さない」
「ぴーぴーうっせぇな」
「わたしは、あなたたちを絶対に許さない」
強い、怒り。
「は?」
戸惑う幼子。
『上出来だ』
何処かから嗤う声。
『"七つの大罪 暴食"の継承は完了した。』
「罪を喰らえ。リグレット・グラットニー」
頭にダレカの声が響く。
わたしは、男に近づき。
「あ、アァ!?」
心臓を、喰らった。
「フフ、悪くないね、リグレット」
どこかから、声がする。
親しみやすい、優しい声。
「ねぇ、リグレット。ボクの名前を呼んでよ」
誰、の。
「あなたは、誰?」
聞くと、彼は笑って。
「"過去"の惡魔……。これだけで、わかるんじゃないかな」
"過去"の、惡魔。
心の中に、1つの名前が浮かび上がってくる。
逃れたいのに、逃れられないような。
心の中で、張り付いて離れない。
不思議な名前。
「……パスト・グリーフ」
「フフ、正解だ」
目の前に、彼が現れる。
空中から、ふわふわと。
アタマには、蒼い炎のランタン。
"パスト・グリーフ"
剣を持った男の死骸を踏みつけ、着地した。
パストの登場とともに服装が、可愛らしいものに戻っている。
そういえば、髪だけはずっと……。
「邪魔者は消したことだし、本格的に復讐を始めようか」
「……あなたの目的はなに」
楽しそうに笑うパストにわたしは冷たく言い放つ。
「目的?」
「そう、目的」
パストを見つめながら、問いかける。
「わたしみたいな不気味な惡魔を助けるなんて、なにか……」
「あのね、リグレット」
言葉を続けようとしたが、遮られた。
「ボクは捜していたんだ、ずっと」
「捜していた……?」
口から疑問が溢れる。
「ボクと共に、暮らし、笑い、幸せを分かち合える者」
パストの声は少し震えている。
続けて、彼はゆっくりと、言葉を紡ぐ。
「……それに、約束したからね」
くじらのはらです。新作の連載開始です。
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