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第9話 銀髪の弓使いは初撃破から

「命中……してる」


 セリニが撃った矢に直撃した黒いローブを身に纏うゴブリンは倒れこんでいる。


「空中の敵に――当てると――隙ができる……」


 発生した状況を口にするセリニだがその色に感情は含まれない。まるで機械音声の様であった。


 ――矢を……当ててしまった。

 心の中で自身がした事を反芻――追求する。撃った矢がモンスターに命中したのは初めてである。本来なら喜ぶべき状況だがセリニの心境は複雑であった。


 ――全然……遠距離じゃない。

 声が届く――話し合いが安易に出来る距離、それがセリニから見たゴブリンの地点である。しかそれは彼女が最初に矢を命中させる予定であった距離から程遠い地点であった。


 ――何で放ったんだろう…….

 事前に決めていた事と全く異なる動きをしてしまった。セリニはそれを強く自覚した為に後悔の気持ちが生まれる。

 しかしその一方で――


 ――だけど……当てられて。

 ――嬉しい。

 自身の手で放った矢がモンスターに命中した――それに対する喜びの感情も身体の奥底より溢れ始めている。


 ――どう……すれば。

 相克する二つの感情が同時に現れた事によって霧に覆われたかの様に判断が付かずに思考が逡巡しそうになったセリニ――迷う少女の視界に映るのは身体が動き始める黒を纏うゴブリン。


「倒してから!」


 静から動に移行する姿を見た瞬間、細かい事はゴブリンを倒した後に考える。

 そう決断したセリニの手には既に新たな矢。

 手早く弓に番える、


「もう……仕方ない」


 一秒の迷いののちに悲観の言葉を添えながら撃ち放つ。

 しかしその狙いは正確であった――何かに躓いた後に体勢を整えてようやく動こうとする。

 そんな吞気とも言える動きを見せるゴブリンに向かって一直線に放たれた矢は――


「え!」


 ゴブリンの内より現出する黒――その身を刹那に覆いつくした暗き輝きを放つ粒子によって消し飛ばされてしまう。


 ――攻撃の無力化!

 いきなりな為に面を食らったセリニだがゲームの表現で納得できる事が思い浮かんだ為に冷静に状況を受け取る。


「もう一度」

  

 ダメージを受けた様子がないゴブリン。しかし序盤に登場する敵であるなら連続でダメージを無力化する能力はないと過去のゲーム経験から判断したセリニはダメージを稼ぐ為に再び弓矢を向ける。

 それと同時に黒き粒子が独りでに苦しみの声を上げるゴブリンから剥がれて塊の姿で空中に漂う。


「今度は……」


 黒き粒子の動きは何処か有機的。不安感を感じたセリニは様子を見るべく矢を射る事を中断した。

 するとその不安に応じる如く動いた黒き粒子は二つに分離――そして二つの黒き粒子は形態を変化する。


「増えた?」


 その姿は全身が光無き漆黒で構成されたゴブリンであった。

 何が起きたのかと訝しむセリニだが、その疑問の回収は一瞬であった。

 黒き身体が蠢くとその内の一つが跳躍する。


 ――そう……来る。

 自身に向かっている事に気づいたセリニは予想の範囲内であった為に落ち着いた様子で矢を射る。

 貫かれた黒きゴブリンはその身を無形の粒子に変化して――周囲に霧散する。


「嫌な……予感」


 黒き粒子で視界を遮られたセリニは呟くと同時に横に跳躍する。

 地に再び足を置いて、先まで立っていた場所を見る。


 ――二体目。

 そこには岩に切りかかる黒きゴブリンがいた。


 ――黒い煙に紛れての奇襲。

 予感していた事が目の先で起きている事を確認しながら何をしでかすか解らない黒きゴブリンを仕留める事を決めていたセリニは即座に矢を放つ。


「!」


 だが矢が空に放たれた最中に黒きゴブリンの姿は何処にもいない――黒き粒子がその場に残されていた。


 ――何もしてないのに……

 突如ゴブリンの姿が崩れ去る光景を目撃していたセリニの視界の先の矢は黒き粒子を突き抜ける。そして何かに当たる音が届く――しかしそれは別の場所から鳴った鋭利な音によって切り裂かれる。


「え」


 身体を鋭利な音が鳴る方向に向けるセリニ――そんな彼女に届くのは空から放たれた短剣であった。


「!」


 鋭利な刃物が急速に迫る――その様な経験が生まれて初めてであったセリニは恐怖を感じて目を瞑ると弓を前に出した。

 すると鉄が弾かれる音が鳴る。


「盾の……代わりになる」


 飛んでくる攻撃は防御する事が不可能な攻撃を除けば武器で防ぐ事が出来る。それを知っていたセリニは状況に気づくと同時に目を開ける。


 ――今の短剣は……

 同時に飛来したものを投擲した者に対する意識を向けたセリニは即時に正体を把握する。


「あのゴブリン!」


 対峙していた黒いローブのゴブリンから意識を逸らしていた事に気づいたセリニは奇襲を警戒して即座に動ける姿勢を保ちながら周囲に目を向ける。


「いない」


 周囲は広がるのは停滞の情景――動きを見せる者は皆無であった。


「逃亡?」


 その状況から二文字の単語を口にしたセリニは当惑と同時に推測が頭の中に広がる。


 ――何で?

 ――銀色で硬くて速いスライムみたいに経験値が沢山手に入る逃げる敵だった……?

 ――それとも暗殺者の恰好だから隙を見せた時に……強襲する。

 多面的な事が浮かび上がったセリニ。

 だが初見の相手の出方を完全に予想する事は不可能であった。故にまた暗殺者のゴブリンが目の前に現れる。それを前提にして動く事にした。


「背後から狙われたら」


 既に後ろから襲われた経験があったその場から移動。

 辿り着いたのは岩の前であった。


「ここなら……背後から狙われない」


 そしてそのまま岩に背中を向けて周囲の様子を見ようしたに瞬刻に――草が激しく揺らめく音が鳴る。


「派手な音」


 予想していなかった音に気づきながら身体を向けた先にゴブリンが現れる。

 その事に驚きはない。


「普通の……」


 現れたのは剣を装備したゴブリンであった。


 ――このまま倒してもいいけど。

 直線的な動きである為に単純に弓矢を放つだけで倒せると考える。

 だが倒す前に慣れておきたい事があった為に矢を手元に出現させるとその場で待機。接近したゴブリンは剣を振るう為に腕を上げる。

 それを見たセリニは先に短剣の攻撃を防いだ状況を再現しようとしたが――


「無理」


 一言呟くと同時に弓で防ぐ事が不可能だと悟る。

 

 ――できない事は判別できる。

 武器同士の衝突で有利な状況になるのか不利な状況になるのか。それは様々な要素で決定する。

 それを明確に判別できるのは武器と武器が衝突しそうになるタイミングである。


 ――説明書にあったとうり。

 そのタイミングになると身体が反応する。本格的なVRゲームが初めてであるセリニからすると曖昧な説明――そんな風に思っていたが、振り上げられた剣を見た瞬間に弓で受けたら弾かれる。そう判断できてしまった。


 ――キャラの上に……アイコンが出現する感覚?

 ゲームの仕様で思い浮かんだ類似している状況を考える最中に――ゴブリンの剣が振り下ろされる。


「!」


 刃物が上から降りてくる事に驚きながらもセリニは最低限の動きで回避。振り下ろされた剣は地面に衝突する。


「次は」


 矢を当てる事が可能であったがセリニは別の攻撃手段を選んだ。


「ちゃんとできるかな」


 それは蹴りである、現実では運動が苦手でも得意でない為に上手くできるか不安であった。だが問題なく直撃してゴブリンはその場から吹き飛ばされる。

 しかし即座に立ち上がり再度セリニに接近しようとする。


 ――弓を持っている時の素手のダメージは低い……だよね。

 装備品に武器がある状態でも拳や足でも攻撃する事は可能である。しかしその状態でのダメージ量は通常の四分の一まで下がってしまう。

 その仕様を知っていたセリニは追撃の一矢を放つ。


 ――二回は……。

 本来ならレベル1で相手するべきモンスターではない事を把握していたセリニは第二の矢を手元に出現させる。

 その最中に矢はゴブリンに突き進み――直撃する。

 同時に吹き飛んで地面に倒れこんだ。


「え!」


 既に矢を番えて狙いを定めていたセリニは驚きの声を上げる中、ゴブリンは粒子となって消滅する。


「二回の攻撃で……倒せた」


 予想外の出来事にセリニは唖然とする。


「絶対に……おかしい」


 納得に至らないセリニはどうしてこうなったのか考える。


 ――他のプレイヤーから……既にダメージを。

 ここは一人用ゲームではない。オンラインゲームである。

 ならば他のプレイヤーの干渉があっても不思議ではないとセリニは思った。


 ――もしかして何度も放ったわたしの矢が既に当たって。

 既に何度も矢を放っている。その殆どが外れていると思っていたセリニ……であるが放った直後に目標に当たらないと悟り、矢の軌跡を追う事を放置した事が何度かある。

 その矢が実はゴブリンに直撃していた。そしてそのゴブリンが目の前に姿を現した。そんな想像がふと浮かぶ。

 実はその想像は的を得ていた。二体目の黒きゴブリンに対して放った矢、それは標的が黒い粒子となって霧散した為に矢の行き先に対しての意識は向けていなかった。

 しかしその矢の終着点にはゴブリンが立っていて直撃していた。

 それに怒ったゴブリンが矢を放った者に突撃した結果が先の戦闘の発端であるが――そんな事になっているとは想像だにしない少女は――


「細かいことはいいかな……」


 考えるだけ考えていたセリニであるがこれ以上詰める事は不可能であると思い始める。同時に身体の奥底から喜びの感情が沸き上がり始めた為に自然と疑問は脳裏から除外される。


「とにかく……やっと……モンスターを初めて倒せた!」


 矢を放ち続けて一時間以上経過して初めてモンスターを倒せた事実――それを強く実感したセリニは声高こわだからかに宣言した。

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