第73話 銀髪弓使いのダンジョン探索 その2
「【弓術・拡射】」
セリニの声が洞窟に響き渡ると同時に放たれた矢は数多に分裂――標的は茶色に染まるスライム。
大きさはトラックを彷彿させる――その巨体に全ての矢が直撃した。
「そろそろ」
ダメージ以外にも期待していたことがあったセリニの声に反応するようにスライムは動きを止めて――その場で揺らぎ始めた。
――ショック状態。
大ダメージを与えるチャンスだと把握したセリニであったがそんな少女に一体のスライムが体当たりを仕掛ける。
「……」
それに気づいたセリニはそのスライムを倒してから巨大なスライムに攻撃しようと瞬間的に思案するが――
――大丈夫……だよね。
ある理由からその必要性がないと断じたセリニはその場で跳躍してスライムの攻撃を回避した一弾指――背後から芯がある少女の声が届いた。
「【二重詠唱】――【ダーク・バレッド】」
現れたのは闇の玉。
それは瞬く間にスライムに直撃するとその身は消え去った――しかし数は一つではない。
現れた二つ目は巨大なスライムに直撃する。
――倒れない。
今の魔法でHPが空っぽになるなら御の字であるがそうならないなら自身の予定を実行するだけ――落下が始まったセリニは身体を一回転させながら右足を巨大なスライムに向けた刹那に冷徹な色合いでスキルを呟いた。
「【暗影流出・黒之浸蝕】」
途端に黒き影に覆われた足は巨大なスライムに直撃――強烈な音を伴いながら大きく怯んだその瞬間にその身は弾け飛んで灰色の飛沫となる。
――後は……。
セリニが巨大なスライムを倒したが目的はその先にあった。
視線に映るのは意味ありげに置かれた水晶――茶色に染まる弾力のある液体で覆われている。
しかしそれを見た瞬間に変化が訪れた。
弾力が失うと同時に液体は水晶から離れて地に落ちるとそのまま蒸発して消え去った途端。
水晶は輝きを解き放つ――その色は蒼色であった。
それに呼応するようにセリニの前にパネルが出現した。
「吸力水晶が解放されギガントスライムは本来の力を取り戻し……ギガントスライム・アペイロンと戦えるようになりました……」
パネルに表示された文章をそのまま口にしたセリニ。
その様子は棒読みで小声――更に緊張感の色で包まれていて一言聞くだけで挙動不審となっている事を察せられる。
それには当然の然るべき理由があった。
――これで……いいんですよね。
緊張感で覆われながら心の中で呟いたセリニ――そんな少女の背後から別の少女の声が届いた。
「お疲れ、連携も上手くいって良かった、それでだけど言ったでしょ? 注意は必要だけどドレインスライムは楽に倒せるって」
連なる言葉――その声の特徴は先に聞こえた魔法を唱えた者と一致する。
「は……はい……そうですね」
届いた声に応えたセリニの声風は切迫して大きいものであった。
――大丈夫……だよね……わたし。
――ちゃんと……やれるよね。
――初めて……パーティーで戦うけど……。
初めのオンラインゲームで初めて知り合って間もない他のプレイヤーと行動を共にする。
それがセリニを覆う緊張感の根源である。
――一日目で……こうなるなんて。
――想像も……。
陰キャでコミュ障な自身がパーティーを組む事となる状況に疑問を感じていたセリニは――ガイアの安らぎからダンジョンに戻った直後に起きた出来事の事を思い返しながら歩み始めたパーティーメンバーの後を付いていくことにした。
※ ※ ※ ※
「早速……だね」
洞窟に引き返したと同時に目の先で彷徨いていたのは大きなスライム。
それを見たセリニは戦意を滾らせる。
――あの時は倒せなかったけど。
スキルを使用するゲージを使い切っていた状況であり、無茶をせずに戦いを避けてガイアの安らぎに入ったセリニ。
しかしそれはとても不本意な流れであった為に再戦できる機会が来てほしいと思っていた。
故に今の状況は正に僥倖でその手に弓と矢を出現させると巨大なスライムを射貫く前準備を開始しようとしたその刹那――突然知らない少女の声が届いた。
「【アイス・バレッド】」
「!」
聞いた瞬間に魔法が放たれたと察したセリニは詳細が分からない故に警戒するが巨大なスライムが仰け反る結果が発生する。
――他の人!
その光景から自身以外のプレイヤーが現れたとセリニは気づいた。
――何を……どうすれ……。
ダンジョンに戻った直近に他のプレイヤーと遭遇する事を想定していなかったセリニは慌てるが――目の前で発生した出来事に意識が向かう。
「凍った……」
――状態異常の一つ?
他のプレイヤーの攻撃を受けた大型のスライムの身体は氷漬け――風変わりな氷像となって動きが停止してしまった。
――攻撃したら……どうなるかな。
それを見たセリニは初めて見る状態異常である為に好奇心が湧き上がるが――思考が正常になったことで今の自身が隙だらけな姿だと気づいた。
――周囲に別のモンスターは……。
ここはモンスターが出現するフィールドであり、目の前のスライム以外にも姿をあると考えて周りに気を向ける。
――いない。
だがそれは杞憂に終わったとセリニが思ったその瞬間――再び少女の声が耳に届いた。
「【集束術式解放】――【結晶之弾丸】――【クリスタル・バレッド】」
次々と紡がれる言葉の羅列。
それは魔法を使用する過程に必要な詠唱だとセリニが気づいた最中に何かが放たれる音が届くと同時に衝撃音が響くと続けて破砕音が鳴った――その結果目の前の氷像は粉々に砕け散る。
――こうなるんだ。
地面に転がった無数の氷粒が蒸発して水になる様子を見ながら所感を内側で零したセリニ。
そこに届くのは――何かの足音。
――だ……誰なんだろう。
その足音は魔法を放ったプレイヤーであると推測したセリニは緊張感を滲ませながら視線を前に向ける。
推測通りそこには知らないプレイヤーがゆっくりとした足取りで歩んだ後に立ち止まる。
身長はセリニより少し低く、同年代の雰囲気である。
身に纏うのは質素なデザインなローブ。内側には質素な白いシャツにローブと同色のスカートを着ており、とんがりぼうしを身につけている。
その服装の色合いは銀色に洋紅色を加えたものであった。
一目見れば明るい性格と思われそうな顔立ちであり、目の色は紫で帽子から覗く髪色は銀色であった。
その手には木製の杖が握られていた。
――魔法使い……魔法を使う人……。
その見た目から目の前の人物のプレイスタイルを予想したセリニに対して少女は話しかける。
「せっかく出会えたから容赦なく倒しちゃったけどよかった?」
数秒前まで存在していた大型のスライムのことを言っていると把握したセリニはそれに対する見解を緊張しながら応えた。
「あの……はい……大丈夫です……」
数秒前までは戦う心持ちであったセリニ――然れどその対象が消え去った。
そして目の前に知らないプレイヤーが覚悟をする暇を与えずに突如現れた状況となった事によって戦意は緊張感によって上書きされてしまっていた。
「その……わたしは……セリニです」
相手の意図が一切読めないがとりあえず自身のプレイヤー名を明かした。すると相手側も自己紹介を始めた
「わたしはリーザロッテ、見ての通り魔法を使うよ」
そう話すとそのままセリニに向けて言葉を続ける。
「最初に言うけど、わたしは偶然ここにいた訳じゃない」
「え! そうなんですか!」
偶発的に出会ったからリーザロッテは話しかけたと想像していたセリニは驚きの声を出した。
「そっちはわたしに気づいていない」
するとリーザロッテは意味深長な色合いでそう口にした。
――ど……何処かであった……人?
それが伝わると同時に自身が知らない間に失礼なことをしていた――そんな想像が脳裏に駆け巡る。
表情にもそれが現れ始めたセリニにリーザロッテはふんわりとした色で声を紡いだ。
「ならわたしの一方通行よ」
「一方通行?」
「そう」
「ど……どのタイミング……ですか?」
リーザロッテは初めて見るプレイヤーである為にセリニは問う。
「最初はこのダンジョン――今じゃないよ?」
そう付け加えたリーザロッテはそのまま語る。
「ガイアの安らぎで一休みしようと扉の前に進んだタイミングで音が鳴って振り返ったら、モンスターに襲われる人を見かけたから魔法を放った」
語りが一度終わった瞬間にセリニはリーザロッテが語った内容に自身が含まれていることに気づいた。
「もしかして……いきなりスライムに襲われた時の……あの時の……人……ですか?」
それが発端となって目の前に広がるのはダンジョン内にてスライムに強襲された場面であった。
その一撃は自身のスキル【瞬迅】を使用して回避した後に反撃しようとしたが――突然現れた魔法によってスライムは倒された。
その後にガイアの安らぎに入るプレイヤーをセリニは目撃しており、それがリーザロッテだったのかと口にした。
「ええ、それがわたし」
リーザロッテはあっさりと肯定すると言葉を続ける。
「咄嗟にしたけど――意味がなかったみたい」
耳に届いたのは事実であった――スライムの強襲は難なく避けていて追撃の準備もしており、リーザロッテの援護がなくても問題なく倒せていた。だがその後に続けて別のスライムとの戦いがあった。
二対一の状況を避けられたこともあって感謝の気持ちはセリニにあり、それを伝えた。
「実はその……助かりました……その後に……別のスライムと戦いましたから」
「そうだったんだ」
ちょっとした気がかりだったのか安心した表情を見せたリーザロッテは話しの続きを口にする。
「その後もわたしはセリニを見かけたのよ」
――ここでは……ないですよね。
それを聞いたセリニはこの瞬間なのかと思ったがそんなことを言わないだろうと判断する。
――なら……いつ?
故にどのタイミングなのか推測を始めた矢先に――リーザロッテはそのタイミングを明かした。
「ガイアの安らぎ・マルチで」
「ガイアの安らぎ……マルチ」
相手と同じ事を口にしたセリニはその刹那――総身に寒気が到来する。
「あ! あぁ……あああ……あの……あのと……あのタイミングですか!!」
それは自身が間違えた動きをした故に発生した事柄が起きた場所――その時の情景が一気に脳裏に過ぎた後に周囲に拡散する叫び声を上げたセリニ。
唐突にそんな声を上げる様子を見れば驚くのが当然であったがリーザロッテは落ち着いた色合いで「やっぱりあの時の」と口にしながら納得した表情を見せる。
「その……それが……その……」
しかし自分自身に精一杯であったセリニはリーザロッテの様子に気づかない。
――え……ど……どんな感じで。
どう話すべきかと思ったセリニだが思考が定まらない。
そんな想定外の窮地に立たされた銀髪の少女の耳に真後ろから聞こえるのは――弾力を伴う音色。
しかしそれは想定の範囲内の事柄だ。
「!」
聞き覚えがある音が届き――その正体を一弾指に把握したセリニは弓矢が手元にある事を手の感触で確かめながら真後ろに身体を向ける。
「だよね」
視界に映るのはスライムであった。
――とりあえず倒さないと……。
モンスターが場に現れてはリーザロッテと会話を続けられないと判断したセリニに向かってスライムは体当たりを仕掛けた。
――蹴りで。
迎撃手段を思案した後に身体を動かし始めた。
その最中に――
――今なら。
相手の速度と自身の速度を考慮した結果、別の攻撃手段が当てられると確信したセリニはその手段、靴に仕込んでる短剣を出現させる。
刃が直撃したスライムは体当たりした方向と逆方向に弾き飛ばされたがその先に壁があり衝突。
弧を描いて落ち始める――行き先は弓矢を構えた少女の前。
――試そうかな。
自らが動作せずに相手が接近する状況を利用すると決心したセリニは心の内で使用するアイテムの名を口にした。
――【魔鉱の鏃】。
その刹那に既にセリニが構えていた矢の先端が透明だが内に粒子が渦巻く鋼鉄に変化する、同時に白い輝きに包まれると弓から解放――目前に移動していたスライムに直撃する。
――やっぱり効いた!
初使用であったが確かな手応えを感じたセリニ。
その傍らで魔鉱の鏃に貫かれたスライムは霧散していた。
「予想外だけど、予想以上に」
喜んでいたセリニの耳に聞こえるのは確信を得たかの色合いなリーザロッテの声であった。
――なん……でしょう?
それが深い意味を込めてるように聞こえたセリニは少々寒気を感じながら身体をリーザロッテがいた場所に向けた途端――再び弾力を伴う音が耳に届く。
その音は先よりも大きいものだった。
――この音……。
その音を出すモンスターに心当たりがあったセリニは視線を上に向ける。
すると跳躍して空中を飛ぶ大型のスライムが目に映る。
それが放つ何かは他の大型のスライムと明確に異なるが――落ちる地点にはリーザロッテが立っていた故に敵の姿を気にする余裕はなかった。
「そこに……」
気づいたセリニはリーザロッテにその事を伝えようとしたが――
「そっちに跳んだら任せる」
リーザロッテは淡々とした色合いでそんな事を口にする。
「え!」
意図が解らない言葉の内容にセリニが当惑する間も巨大なスライムの落下は止まらない。
そのままリーザロッテに直撃しそうになった刹那に顕現するは――雷。
「!」
場を満たす雷光と雷鳴。
その変化に驚いたセリニは反射的に飛び退いたその最中に視界に広がるのは黄色に染まる雷がリーザロッテを守るように姿を現した光景だった。
――リーザロッテさんの……魔法……。
先に使用していた声を聞いていたこともあって雷の正体を確信したセリニ。
だがその事は一時頭の隅に置いた。
その理由は――雷を受けてダメージを負いながら自身に向かって弾き飛ばされた大型のスライム。
――炎?
大型のスライムは既に何度も見ていたが今回の個体の身は火で燃え盛っている。
――ダメージを受けたら。
――どうなるか。
その炎が自身にどんな影響を及ぼすのか解らないセリニであるが自身のHPが低いこと触れないと決めながら弓矢を構えるとそのまま射る。
――防御効果は……無しだね。
炎が矢を阻む事はなく大型のスライムに直撃する。
――倒れない。
しかし大型のスライムは健在――だが矢が直撃した事で勢いが落ちて地上に着地する。
――追撃。
その刹那は隙――それを見逃さないセリニは弓に矢を番えながら冷徹な色合いでスキルの名を呟いた。
「【暗影流出・黒き浸透】」
セリニの内から現れた漆黒の影を纏った矢を弓から撃ち放つ。
纏う炎を払いながら大型のスライムに直撃する。
「倒せた」
激しく仰け反った大型のスライムの身体は弾け飛びがそれと同時に炎に転じる――しかし続けて解き放たれた黒き影によって掻き消された。
それを見届けたセリニの前にパネルが現れた。
「【スキル欠片・火粉】」
初めてのアイテム入手したがその名には既視感があった。
「また……スキル欠片」
その事を口にしたセリニの耳にリーザロッテの喜ぶ声が届いた。
「これで三つ目!」
聞こえた内容は奇しくも自身とものであり「わたしと同じ」と呟きを漏らした。
「セリニも?」
その呟きはリーザロッテにも届いていた。
「あ……あの……」
予想外の言葉にどう対応すればいいのか分からずに言葉を詰まらせるセリニ。
「――どの道ここだと落ち着いて話せないか」
そんなセリニの様子に気づいてかリーザロッテは周囲に目を向けながら語る。
「そ……そう……ですね」
つられて周囲を見たセリニもリーザロッテの言に納得できたがその一方で――
――わたしにも……問題があります。
――だから……何処でも……変わらないと……。
対人関係に慣れていない自分自身が元凶だとも断言できた。
そんなセリニに向けてリーザロッテは言葉を続ける。
「ガイアの安らぎに行きましょう」
そう語るリーザロッテは当然の様子であった――セリニにとって驚愕に値する。
「あ……う……え! え!!」
先に自身の軽率な行動が発端となって発生した出来事が総身に駆け巡ったセリニは拒絶の色合いを見せる、
「心配しなくて大丈夫大丈夫」
深刻な様子のセリニとは対照的に軽微な振る舞いをしたリーザロッテはゆっくりと歩み始める。
その先にあるのはガイアの安らぎに通じる扉であった。
「行けば分かるよ」
自信に満ちた色合いで言ったリーザロッテ。
その色彩はセリニの身体に届いた。
「わ……解……り……解りました……」
根拠があるのだろうと考えたセリニはその言葉に従うことにするとガイアの安らぎに踵を返すと決めた。
――大丈夫……大丈夫……だよね。
心の中に不安を抱いていたが歩を進めてガイアの安らぎに繋がる扉の前に立つセリニ――その後ろにはのんびりとした足取りのリーザロッテの姿があった。




