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第72話 銀髪弓使いは回復から

 その空間は人がゆったりするには十分な広さがある。

 壁や天井は岩で覆われているが床は人為的に加工された艶がある木製。

 水晶が閉じ込められたランプからは光が溢れており、その空間を照らしている。

 チェストやテーブル。椅子等の家具は木製であり、既に設置されている。

 その中でも純白で彩られたベッドが最も目立っていて利用者がいた。

 黒い羽で覆われた小さな梟――付けられた名はオウル。それはぐっすり眠っている。

 その飼い主である少女。セリニも部屋の中にいる――その場所は岩肌に填め込まれているその空間の出入り口である木製の扉の前であり、顔を腕で覆う形で座り込んでいた。


「やってしまった……」


 セリニは深い後悔が包まれた声を漏らしていた。


「わたしは……何やってるんだろう」


 一人で落ち込んでいるセリニの脳裏に駆け巡るのは――数分前の出来事であった。


 ※     ※     ※    ※


 大型のスライムから逃れる形でガイアの安らぎの中に入ったセリニは驚愕の光景を目にした。

 それはRPGで見る宿屋や料理屋の様な光景であり、数多の椅子やテーブルが置かれていた。

 それだけなら別に大丈夫であったのだが――その場所には話したり、椅子に座り食事する。

 詰まる所滞在していたのは沢山の人だ。

 ダンジョン内で遭遇した黒を纏った老人の様にNPCであったのならゲームではあるあるな場面と認識できて歩を進められたがそうは問屋が卸さない。


 目に見えるその空間に滞在していたのはプレイヤー――詰まるところ全員がゲーム空間に意識が転送された生身の人間であると気づいた途端に体感温度が一気に下がった。

 それを意識したと同時に前方から無数の視線を感じ取ったセリニが考え実行したのは――扉に踵を返すことであり、早々にその場所から立ち去った。

 

 それは端的に言えばモンスターがひしめくダンジョンに逆戻りすることを意味してるのは重々と承知でダンジョンに足を踏み入れると同時に弓矢を手元に出現させた。

 しかし即座に襲撃される距離にモンスターは現れていなかった。

 先にモンスターから逃走した故に不完全燃焼だったセリニはその事を少しだけ残念に思いながらも再び岩肌に設置されている扉に触れると選択肢が現れた。

 その流れは初めて扉に触れたときと同じであったがその時よりも余裕があった為に落ち着いて選択肢の内容を確認した。


 一つ目の内容は『ガイアの安らぎ・マルチ』。そして二つ目は『ガイアの安らぎ・シングル』であった。

 その内容が意味することは今遊んでいるのがオンラインゲームであることを根拠とすれば即時に頭に浮かび上がる。

 マルチは他のプレイヤーと共用になる広間に移動する。

 シングルは一人用の部屋に移動する。

 それに気づいたセリニは『ガイアの安らぎ・マルチ』を選択して移動した先が数秒前に見た光景だと把握した。

 ならば『ガイアの安らぎ・シングル』を選べば問題ないと選択した結果が一人で過ごせる部屋であった。

 

 他に誰もいない部屋に到着したことで心の平穏を一気に取り戻せたセリニであったのだが――平常心となって場を俯瞰できる立場になった結果、不意に立ち寄る事となった『ガイアの安らぎ・マルチ』で起こした自身の動きは客観的に見るととても変だと気づくと激流の勢いで全身に恥ずかしさが駆け巡る。

 そして力尽きるかのようにその場に座り込んで――今に至る。


 ※  ※    ※      ※  


「わたし……何をやってるんだろう……」


 何度言ったのか分からない事を口にしたセリニは『ガイアの安らぎ・マルチ』での自身の動きを思い返す。


 ――何で……どうして……あそこから去ったのかな……。

 逃げるように『ガイアの安らぎ・マルチ』から立ち去ったセリニであるが――冷静に考えるとそんな動きをしなくてよかったと思えた。


 ――一人の人も……いるのに。

 セリニは数秒の合間しかその場所を見ていなかった。

 しかし全員が誰かと一緒に行動していたわけでないのは確認していた。


 ――あの中に……紛れ込めたかもしれないのに。

 あの時の自身は刹那に刻まれたその場の空気に押し出された。

 しかしそれを呑み込んで一歩踏み出していれば挙動不審に見られずに済んだのでは? そう思えてやまないとセリニは思えた。


 ――うん……気にしすぎも……駄目だよね。

 とはいえ何時までも一瞬の失敗に目を向けるのも仕方ないと思い始めたセリニは気持ちの切り替えを始めた。

 その場で立ち上がるとそのままベッドの前まで移動する。

 するとベッドで眠っていたオウルが目を覚ました。


「ここでなら出るんだね」


 その姿を見ながら呟いたセリニ。

 当たり前の様に姿を見せているオウルであったが自身のペットとしての姿を見るのは初めてであった。


 ――あのときは……驚いた。

 セリニの初めてのフレンドであるアルーセが使用したスキル。壺秘術・創生之導小鳥そうせいのみちびきことりで生み出されたオウルはダンジョンまで導く役割があったがそれが終わるとペットとして手元に残り続ける。

 故にダンジョンに到着すると同時にそうなるはずだったのだが。


 ――いきなり……消えたから。

 しかしその姿をダンジョン内の何処にもなく――オウルは雲隠れしてしまった。

 予期せぬ状況に驚愕したセリニだがそれが維持されたのは数秒だけであった。

 慌てながらもパネルを出現させて色々と確認した。

 するとペットに関わる項目が追加されており、その中に『ペットを呼び出す』と書かれているものがあった。


 ――けど……フィールドやダンジョンではペットは姿を出せないだけだったね。

 その項目に触れると現時点では出現させることが不可能と書かれており、原因だとセリニは把握する。

 そしてそれなら仕方ないとダンジョンに潜むモンスターと戦うことにした。


「フィールドでも出てくればいいのに」


 オウルの姿を見ながら危険地帯である為に姿を隠していると考えながらもそんな呟きを漏らしたセリニはベッドに座る。


「ふかふかだね」


 ベッドの感触を確かめたセリニはこれからのことに意識を向けるためにパネルを出現させると自身のHPの数値を確認するとその数値は最大値であった。


「回復してる」


 ダンジョンでの戦いでHPを消費していた故にそう口にしたセリニ。

 だが声の色に驚きはなかった。


 ――ガイアの安らぎに入ると……回復可能なものは回復する。

 ――確認したとおり。

 自身の失敗が発端となって落ち込んで座り込んでいたセリニであるがその間にパネルに触れた時にガイアの安らぎがどんな場所でゲームに影響を与えるかの説明が書かれており、それを読み込んでいた。 


 ――こっちも回復してる。

 暗影への序開を使用する為に使うゲージはダンジョンでの戦いで使い切って空っぽになっていたが現在は全てのゲージが満タンとなっている。


「楽でいいね」


 アイテムで回復できるHPやMPと違って暗影への序開のゲージは一気に回復する手段は現在のセリニには無い。

 故に回復できる仕様をありがたいと思えた。


「入るだけで回復するのもいいね」


 今まで遊んだゲーム大半は宿屋に泊まるなどしないと回復しない為にセリニはそんなを呟きを漏らした。


 ――けど……他は違うよね。

 ――ガイアの安らぎだから……かな。

 街では宿屋に行く必要性があると思えたセリニだが――それは違う。

 モンスターが出るフィールドからモンスターが出ない場所に足を踏み入れた時点で回復できるものは自動で回復する仕様である。

 宿屋も存在するが個別の部屋に移動する。それ以上の効果は存在しない。

 そういった仕様はチュートリアルに触れれば本格的に遊ぶ前から知る機会があったが――銀髪の弓使いの少女は偶然的にその道から逸れて進み続けているために把握していない。


「倒れてもここに戻れるのも」


 モンスターに倒されてHPが0になったら街に戻されて再びダンジョンに徒歩で向かわないと駄目だと考えていたセリニ。

 だがガイアの安らぎに入ったことによって倒された後に選択肢に『ガイアの安らぎに戻る』が追加されることを知った。


「あのおじいちゃんには感謝しないと」


 初見のボスを100%倒せるとは考えていないセリニはガイアの安らぎを教えてくれた老人に謝意を感じた。


「それに街と同じ事ができるのも……」


 ガイアの安らぎはダンジョン内部に存在する施設であるがシステムとしてはモンスターが現れない場所として区分されている。

 それ故にペットであるオウルが姿を現した。

 そしてもう一つセリニにとって喜ばしい要素が生じる。


「鏃を作成しても無駄にならない」


 弓を選んだ事で初期から習得しているスキル【鏃作成】。

 その名が示すとおりやじりを作成可能とするスキルである。

 だがフィールドで作成すると街に戻った時に作成した鏃は手元から消失する。

 それが勿体ないと思っていたセリニは今まで鏃を作っていなかったがこの場所でなら自動で消えることがない為に気兼ねなく作成して実戦で使用できる――考えるだけで楽しい心持ちであった。


「さっき習得した鏃も作れる」


 更にセリニは先のダンジョン攻略の中で新たなスキルも習得していた。


 ――スライムに倒すのに使える。

 そのスキルは現在攻略中のダンジョンを進むのには最適確な鏃であるとセリニは確信している。


「一個しか……手に入れてないけど」


 だがそのアイテムは新規に入手した物である為に最低限の数しか用意できていない。


 ――もっと数が欲しいけど。

 アイテムは沢山用意して進むプレイを好む故にその点が不安であったセリニ。


 ――けど……最初の攻略はそうだよね。

 しかしそれがゲームの醍醐味だいごみであることは把握していたセリニの中から不安が消え去った。


 ――作れるだけ作って……すぐにダンジョンに戻ろう!

 始める事を決めたセリニは鏃の作成やレベルも上がった為にステータスポイントの割り振りに取りかかる。


  ※    ※    ※    ※


「進もう」


 事を終えたセリニは扉を開いてガイアの安らぎを後にした。

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