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第70話 銀髪弓使いの幕間 その19

 廃墟の奥底に潜む洞窟に弓矢を携えながら足早に向かう銀髪の少女――その姿を倒壊した家屋の裏側から密かに見ている人物がいた。


「あ、行ってしまった」


 廃墟に響くは明朗な色合いをした少女の声。


「用事はそこ」


 銀髪の少女が洞窟に入る姿を目撃した途端に溜息を吐いた。

 向けているのは自身に対してであった。


「知り合えるチャンスを見逃した」


 自身がしたかった事を口にしながら少女は道に歩み出るとその姿は月光に照らされる。

 柳緑りょうりょく淡黄蘗うすきはだで彩られた民族衣装の雰囲気を漂わせる服装。上は柑子色のケープ。下はロングスカートで足には白いタイツを穿いている。

髪色は鼈甲色べっこういろで髪はショートカットに切りそろえている。目の色は緑で顔立ちは素朴だが可愛らしい雰囲気を放っていた。


「三回目だったのに」

 

 その対象が印象に残る容姿な事もあって佇立した少女が口にしたのは事実であった。

 一度目は街の中で金髪の少女と話していた場面。

 二度目は大量のモンスターと戦っていた場面。

 そして三度目は廃墟で銀髪の少女の姿を目撃していた。


「一回目と二回目と違って」


 一度目の時は金髪の少女と分かれた数分後に立ち去った為。

 二度目はクエストの途中であった故に立ち止まる事なく過ぎ去った。

 それらの事情があった事からしょうがないと諦められた。


「話し掛けて大丈夫そうだったのに」


 されども今回は廃墟の中で凝然ぎょうぜんとしている事が多々にあり、直接出向いても問題が起こらないと思えた――だがそれでも少女は終始見ているだけであった。


「どう話せばいいか分からない」


 少女には既に20人のフレンドがいる。しかし全員が街中で話しかけて一度はパーティーを組む過程があった。

 だが一方的にフィールドで見た後に話しかける。

 そんな過程は一度もした事がなく踏ん切れない。


「戦ってる姿が凄かったから! なんて言い寄ったらどうなってたんだろう」


 夜気のフィールドに響いたその言葉が少女が銀髪の少女を隠れて見ていた正直な理由であった。

 廃墟に降りてモンスターを刹那に一掃するその姿に強い印象を受けていた。

 それを口にすると同時にその時に脳裏に過った疑問が再び現われた。


「どうして弓矢で接近戦?」


 刹那に終わった戦闘であったが少女は銀髪の少女の武器が何なのか把握していた。

 常識の範疇で考えるのであれば一々(いちいち)近距戦をせずに矢を放つ遠距離戦に徹した方がいいと思えた。


「それでも一つ一つの動きが速い」


 しかしそんな常識など些細な事と思えるほどに銀髪の少女には無駄な動きがなかった。


「追えるけど」


 その動きを見失う事はなかった少女であるがそれは現時点なら――そう思えた。


 ――あの装備は初期。

 ――そしてあの洞窟に向かったのなら。

 ――最近始めたばかりの人。

 服装と起こした行動から銀髪の少女の近況を推測した少女。


「更にレベルが上がればより速くなる」


「何かスキルも使えるみたいだし」


 銀髪の少女の彼是あれこれを推測したと同時に後悔の感情が現れた。


「今のうちに話し掛ければよかった」


 今は一人で行動している為に気軽に接触可能であったが日にちが経てばどうなのか分からない。

 故に心に後悔の影が差した――それと同時に視覚的にも――少女を覆う影が現出する。


「ん?」


 夜ながらも月光や周囲の灯りによって明るい状況が一変した事に気づいた少女は視線を上に向ける――そこには黄緑色のでっぷりとした腹があった。


「ホブゴブリン」


 自身の目の前に現われたモンスターの名を呟いた途端、それが既に振り上げていた大斧が少女に振り下ろされた――その刹那に呟きが零れる。


「【瞬迅しゅんじん】」


 響くと同時に少女の姿が消え去ると同時に大斧が道の一部粉砕する。


「簡単に倒せると思った?」

 

 ホブゴブリンの数歩離れた位置にスキルで瞬間移動していた少女は自信に満ちた顔と声で啖呵を切る。


「わたしは――これでも傭兵! ミストフォロスの一人」


 本来ならばホブゴブリンに向けて言っても何も意味がない。しかし少女は自作した今の見た装備の雰囲気から創作機関に所属していると他のプレイヤーから勘違いされており、その事をかなり気にしていた故の行動であり――言い切ると同時に戦闘に思考を向ける。


 ――魔法を使えばすぐに終わる。

 銀髪の少女に興味を持った為にこの場に留まっていた少女であるが彼女のレベルはこの場所の適正レベルを超えていた。


 ――この場所を駆けながら戦えるようになれればわたしはもっと!

 だがすぐに終わらせずに別の方法を使用したいと考えながら少女は腰に付けていた鞘から短剣を抜いた。

 姿を表わした刀身は透明――透き通りながらも艶やか光沢を放つ。

 つばの中心に白い宝玉が埋め込まれており、柄にも装飾が施されている。

 一見すると芸術品と見違える一品で武器には見えない。

 ゲーム内の武器として見ても直接切る事も可能であるが最終的なダメージ量は四分の一まで低下する。

 されどもこの短剣の本領は直に切り裂く事に非ず。

 その真価を見せようと少女は腕を振るおうとした途端――背後より衝撃を受けた。


「スライム!」


 身体に伝わる感覚から襲撃者の正体に気づいた少女。

 だがそこそこの防御力の装備を着ていた事もあってHPの減少は2で済んだ。

 だが追撃を放つ者――ホブゴブリンが眼前に迫っていた。


 ――キャンセルされた。

 スライムの攻撃は気にもしない少女であったが動きが止められて、やろうとした事が中止させられた。

 その結果――ホブゴブリンの攻撃を受けそうになった。


 ――耐えられる?

 そんな事を考える少女。

 ホブゴブリンとは何度も戦闘して倒しているが自身は攻撃を避ける戦闘スタイル故にその攻撃を受けた経験は一度もない。


 ――ひとまず。

 しかしできる限りダメージを受けたくなかった。

 とりあえず振り上げられた大斧を避けようと動こうとした途端――景色が急に横に流れた――否――それは違う。

 その瞬間に急激な速度で横に動いたのは少女側であった。


「……」


 身体を動かさずに急速の中にいきなり身体を晒す。

 ゲーム空間といえども場が急に転換したら普通なら慌てる。だが少女にとっては自身が動かずに風を感じながら周囲が動く、それは日常風景に近いものであり、驚きはなかった。

 しかし今の状況は自身が任意したものでない為に当惑はしている――そんな状況の中で速度は緩やかとなり、視界に映るのは光る樹によって照らされた夜の森林。


「相変わらず綺麗」


 既に何度も見ている光景故に感動は最低限。

 少女は何故それが見える場所まで上がったのか考えたが――刹那で済まされる。


 ――何かが服を摘まんで飛んでる。

 感覚的には宙に浮いている状態であった少女だがえりが首に当たっている感触から推測した。

 そして耳には羽ばたく音が届いていた。


 ――味方だろうけど。

 敵対するモンスターとは思えない挙動ではない為にそう判断した少女は上に目を向けようとした途端に――鋭利な斬撃音が夜に響く。


「他の人?」


 近くに銀髪の少女以外のプレイヤーがいる事に気づいていた事もあり淡々と下を見る。

 そこには粒子が漂っており、その中心に人が立っている。

 それを見た直後の少女は何かによって高度を下げられてそのまま地面に降ろされる。


「周囲を見てね、ツバサ」


 背後から聞こえたのは清らかで大人びた女性の声。

 その声に応じる様に馬の鳴き声が聞こえて羽ばたく音が場に鳴ると風が流れる。

 それを浴びながら少女は後ろを身体を向けると知らないプレイヤーが眼前に佇立していた。

 自身よりも頭一つ上の身長の身を覆うのは輝く純白を主体に薄花色と黄蘗を差し色としたマントが装着された鎧。兜は角付きのフルフェイスで顔立ちも分からない。

 しかし鎧の造形は鋭利ながらも女性と一見で見分けられるフォルムであると少女は感じ取った。


「助けてくれてありがとう」


 状況から眼前の人物が使役している何かがホブゴブリンから遠ざけてくれたと察した少女は礼を口にする。


「わたしはシャール」


 そして自身のプレイヤー名を口にする。眼前の鎧を着た人物はそれに応じる。


「ランケアよ」


 シャールに続いてプレイヤー名を明かすとそのまま言葉を紡いだ。


「せっかく知り合えたから聞くけど、これから予定ある?」


 そう問われたシャールは「特にない」と答えた。


 ――急いでない。

 シャールが廃墟に立ち寄ったのは銀髪の少女に興味を持って足を止めたからであり、本来の目的は別にあった。


 ――蜂蜜は後でいいや。

 シャールの目的は廃墟の先にある地点のアイテム採取であった。

 しかし嗜好品として求めていただけである為に急ぐ事でもなかった。


 ――銀髪の人は……。

 ここにいた理由である先程洞窟に入っていたプレイヤーが脳裏に映り込んだシャール。


 ――次を期待しよう。

 洞窟に入ってまで追いかけるのは度が過ぎると感じた故に諦める事にした途端にランケアの声が届いた。


「ならわたしと組みましょうよ」


「?」


 話が飛躍していると感じたシャールは複数の疑問符が頭の上に現れた心境となる。

 それを終わらす為にランケアに何をしたいのか聞こうとしたが――


「同じミストフォロスでしょ?」


 ランケアが日常会話の様に話したのは正しい内容――しかし出会ったばかりのプレイヤーからそれを言われるのはシャールにとって想定外であり、驚きの顔を浮かべる。


「聞くつもりはなかったけど」


 遠慮がちな色合いでそう話したランケア。

 何のことを言っているのかと思ったシャールであったが――少し考えるとある場面が浮かんだ。


 ――さっき言ったのが届いてた。

 ホブゴブリンに向けた啖呵。それはそこそこの声量だったとシャールは自覚している――故にほかの人が近くにいたら聞こえるのはすべからくな流れであり、今回の対象がランケアであるだけだった。


「え……えへへ」


 恥ずかしさが身体を通るが過ぎた事は仕方ないとしたシャールは照れ笑いを浮かべる。

 そして――


「組んだ後するのは戦い?」


 その件に関してのそれ以上の言及は避けたいと思ったシャールはランケアが自身に向けられた言葉の意味を問う。

 断定したかのような言い方をしたのは互いにミストフォロスと明かした以上は戦闘関係だと推測できた為だ。

 

「そうよ」


 するとランケアは肯定する。


「面白そうな話を聞いて便乗しようと思ったけど急な事だったからフレンドを誘う余裕がなくて直行したのよ」


「正直一人でもやれるけど、組めるなら組んだほうがいいでしょ?」


 単独で戦うより複数で戦う。

 その選択が可能なら自身もそちらを選ぶとシャールは理解できた。

 しかしランケアは根本的な部分を言っていない為にその部分を突いた。


「そもそもなにと……」


 だがその瞬間にパネルが目の前に現れた。

 そこには近辺きんぺんにキング・オブ・ゴブリン――フィールドボスが出現することが表記されていた。

 それを確認した一弾指にランケアの意図をシャールは察すると確認をとる。


「これのお誘い?」


「そういう事、シャールにとっても悪い話ではないでしょ?」


「そうみたい」


 ちょっとした気持ちでフィールドに出たシャールだが面白い事になってきたと思い笑みが零れる最中に――夜の空気が変わった。


「現れたみたい」


 ランケアは廃墟の外側に目を向ける。

 そこには群を成すゴブリンが蠢いていた。


「いっぱいいる」


 呆れる物言いをするシャール。しかしその色は悦が入っている。大量の敵との戦いは望むところであった。


「どう戦うの?」


 しかしパーティーを組む以上、自身が好き勝手に戦うわけにいかないシャールはランケアに聞いた。


「キング・オブ・ゴブリンを直接叩く」


 先から聞こえている声でそう言い切るランケア。


「――それ戦術?」


 唖然とした表情を浮かべながら聞き返したシャールにランケアはその理由を話した。


「多数の名前付きが参戦するみたいだから、さっさと向かわないと先を越されるから」

 

 当然の要素の如くなノリで言ったランケア。


「名前付き?」


 しかしシャールは首を傾げて――現れた単語に対する疑問を表に出す。


 ――名前付きを知らない人も当然いる。

 その様子を見てシャールの心境を汲んだランケアは別の言葉で説明する。


「他のゲームで例えるなら……エースの集団が現れるって事」


「エース?」


 何を言っているのかと思ったシャールだが少し考えると意味を理解する。


「ああ、いるよね桁違いな実力の人達」


 他のプレイヤーがモンスターと戦う姿を見かけているシャールはその中に同じゲームを遊んでいるのかと疑問を感じる程の動きをするプレイヤーを時々目にして、それに近いものを銀髪の少女に対しても感じていた故にランケアが唐突に示した存在を理解できた。


「なら急がないと」


 せっかくならフィールドボスと戦いと思ったシャールはパネルを操作してランケアをパーティーに誘うと即座に承諾が得られた。


「ええそうしましょう、先に行ってるわ」


 そう口にした途端にランケアは跳躍してゴブリンの群に突撃した。

 それから間隙もなく木々を巻き添いにしながらゴブリンが蹴散らされる。


「ランケアもエース」


 戦う姿は見えないがゴブリンが蹂躙される光景からシャールは確信した。


「行かないとランケアに全部倒される」


 そう口にすると同時に手早く短剣を抜刀したシャール――そんな彼女の背後に現れるのは短剣を持ちローブを纏ったゴブリン。


 ――今回は気づいてる。

 先に予期せぬスライムの強襲を受けていたシャールは警戒心を強め既に察していた。

 跳躍してゴブリンの一撃を避けて空中に身を預けた刹那――虚空に一際に輝いた抜き身の短剣を振る。


「出番だよ! シュヴァル!」


 攻撃を避けられたゴブリンは声がした方向に身体を向けるがそれは叶わない――上に現れた何かの足によって踏みつぶされてその身は消滅したからだ。


 衝撃音を伴いながら場に現れた爆煙。

 その内にいたシャールは何かと共に煙より姿を現して森林に向かって一直線に進む。

 だが高速で動いており、音だけを残してその姿は正確に捉えられない。

 誰もいない――その結果だけが後に残された。


 場には――かつての繁栄が残骸となって転がり落ちる廃墟だけが静寂と寄り添う形となった。

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