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第69話 銀髪弓使いは魔法から

「こっそりと進むのも……」


 目的に向かう為に隠密行動に徹して洞窟に侵入するのもありかもと思い始めたセリニの傍らにパネルが出現する。


「……何かな?」


 予想していないタイミングである為に首を傾げたセリニは内容を読んだ。


「イベントが終わるまでモーメントモードを起動……」


 書かれていたモードは知らない者が聞いたら唐突だと思えるだろう。だが書かれていた内容の意味を理解していたセリニでであるが――彼女でさえ唐突だと思っていた。


 ――いきなり……。

 自身が関わるとは考えてなかったセリニはそのモードの詳細を思い出した。



「確か……時間を一瞬で終わらせる機能……だったよね」


 モーメントモード――それはゲームを遊んでいるプレイヤー個人を対象とする機能である。

 その効果は個人の体感時間の圧縮。

 一分を一秒は当たり前。一時間を一秒にする事さえ可能であるが――


 ――本当……なのかな?

 現実とは思えない――フィクションに於ける魔法の域に達している機能と思えたセリニはにわかに信じがたい心持ちであった。


 ――VR神経とゲーム機器を繋げる事で起こせる……NEW WORLD2の機能の一つみたいだけど。

 モーメントモードはツインファンタジーワールドに搭載された専用のものではない。

 VR専用のゲームハードに標準装備されているものであるとセリニは説明書を見て知っていた。


「本当に――魔法みたい」


 自身の所感を口にしたセリニは筑波爽陽つくばさやも同じ印象を抱いていた事を思い出すと彼女が話していた事が零れ落ちる。


「魔法と科学は区別できないとか……言ってましたね」


 使用中であるゲームハードに搭載された信じ難い機能を前にした事でセリニは――モーメントモードとは真逆な機能がツインファンタジーワールドで使用されるのか考え始めた。


「ステイシスモード……じゃなくて……ステイシス・ワールド……時間が止まった感覚も体感できるのかな……」


 ステイシス・ワールド。

 その機能はモーメントモードとは真逆な時間が停滞した世界を創出する事である。

 この機能の効果が発揮されるとゲーム世界で24時間の時を流しながらも現実世界では一分しか時が流れない――そんな非常識な事柄を引き起こせる。


 ――これもVR神経が引き起こしている……けど……いっぱい遊べる……そういう事だよね。

 ゲームが好きなセリニは長い時間を作り出す機能には好意的な印象を持っていたが――色々なフィクションの世界を見て――遊んできた故に発生する不安も感じていた。


 ――停滞した世界に取り残される……ログアウト不可能になる……起きないよね。

 時間が止まった仮想世界に何らかの問題が発生して取り残されてしまう――そんな事態の想像をしてしまったセリニは急激な寒気を感じて身震いを起こした。


 ――現実にはちゃんと……戻れてるから……大丈夫……大丈夫。

 だがセリニは一度ゲームを中断してログアウトして外を出歩いたり、家族とも食事をしている。そのまことが自身を想像していることは被害妄想でしかないと後押しする。


「――襲われないね」


 マイナス方面に落ちた心をプラスに復帰させる為に自身と周りの状況に目を向ける。

 相も変わらず目の前ではゴブリンとスライムの闘争が続いている――しかし自身に対する敵意をセリニは感じていない。


 ――手を出さなければ……多分大丈夫。

 攻撃をしない限り争いの飛沫が降りかかる事はないと考えたセリニは枝に座ったままこれからどうするべきか思案する。


 ――警戒はするべきだね。

 されど強襲される可能性も考慮していたセリニはいつでも戦える様にその手には弓を携えている。


 ――一番確実なのは……モーメントモードに頼る事……。

 目の前で衝突しているモンスター集団との関りを避ける一番の方法はイベントが終わるのを待つ事であり、それを成す為に時間を飛ばすのも悪くないとセリニは考えた。


 ――モーメントモードが……どんなのかも気になる。

 そして何だかんだ考えながらも時間が一弾指に飛ばされる体験もしてみたい。

 純粋な好奇心がセリニの内側にあった。


「けど……」

 

 しかし今のセリニにはとある不安があった。


 ――スライムがまだよく分からない。

 先に一対一で倒したモンスターがセリニの脳裏にちらりと現われる。

 苦戦せずに倒したが完勝した居心地ではなかった。


 ――これから先……沢山……現れたらどうなるか。

 進んだ先々で大量に出現する――ゲームで相対したスライムに対してそんな印象があったセリニはここから先にそんな事態に見舞われる予感があった。


 ――素早く倒せないと……駄目だよね。

 ――一撃でも当たったら……すぐに倒される。

 自身のステータスはHPと防御力が極めて低い。

 攻撃が当たった時にリカバリーするスキルもセリニは保有しているがそれは多数から攻撃を受けた場合――殆ど意味がないものであった。


「ヒントがあればいいかな……」


 目の前の戦いを見る事に利点を感じたセリニはこれからの動きを決めたと同時にイベントに関わるパネルにある表記がされている事に気づいた。


「残りは……九分」


 それはイベントが終了するまでの時間を現わすものであった。


 ――なら大丈夫だね。

 その短さなら見続けられると思ったセリニは本格的に視線を戦いの中に送り込んだその途端。


 ――弓……だよね。

 積み重ねられた瓦礫の上に立つ自身と同じ武器を持つゴブリンが目に入った。


 ――二体いる。

 弓を持つゴブリンを複数確認したセリニは何かを察して動き始めた個体の動きに注目した。


「攻撃するタイミング」

 

 ゴブリンは弓を構えていた。


 ――矢に当たったスライムはどうなるのかな。

 自身が攻撃を当てるよりも先にその光景を見られると思ったセリニは鏃の先に目を向ける。


 ――やっぱりいるね。

 移動中の二匹のスライム。

 そしてセリニの視界に入った瞬間に放たれていた矢がその内の一匹に突き刺さると衝撃で球体が揺れ動いたが――


 ――あまり……効いていない……。

 矢を受けたスライムはその場に留まっている姿を見たセリニは感想を零した最中に驚きの姿を目撃すると声に出した。


「取り込んで……もしかして……食べる?」


 ゴブリンが放った矢は完全に勢いを失っており、スライムの身体の内側にあった。

 これから何が起きるのかとセリニが考えた矢先――動きを見せた。


 ――吸収した。

 矢はスライムの内側にて消滅――その際に放たれた粒子は身体に浸透する形で消え去ると更に変化が起きた。

 

 ――光った……。

 粒子が消えた事が境目であるかのようにスライムの身体は光で包まれた。


 ――何かのエフェクト?

 それをゲーム的に捉えたセリニの視界を横切るものが現われる。


 ――矢……かな。

 意識外である為に造形を捉え切れなかったセリニだが推測はできた。

 

 ――もう一体のゴブリンの……。

 スライムを狙ってるモンスターは二体いるのは知っていたセリニは矢が飛んでいった方向に目を向ける――しかしそこにはあるのは粒子だけであった。


 ――倒された後の……。

 その粒子がスライムの残滓な事を察したセリニには驚きの感情が現われた。


 ――一撃……で倒した。

 目にしたのは一矢だけ――そこからセリニは解を得た。

 

 ――別のゴブリンは一撃で倒せて……。

 よく解らない事となったセリニはとりあえずもう一体のゴブリンの様子を見ようと視線を動かした。

 その最中に矢を吸収したスライムを見かけたと同時に――新たなる矢が球体に突き刺さる。


 ――あれ……。

 それが一つの矢だと把握したセリニだがそれがある部分の違いから普通の矢でないと気づいたその刹那――スライムは矢に射貫かれると同時に粒子となって消滅した。


 ――どうして?

 矢がスライムを貫く場面を目撃したセリニだが一撃目の矢が当たった時とは挙動が異なっていたと認識した。


「とにかく……見ないと」


 口にすると同時に矢を当てたゴブリンがどんな装備をしているのか確かめようとしたセリニだが――視界の先には何もない。


 ――高台……消えた。

 先まで弓矢を持つゴブリンが立っていた場所が無くなっていると気づくと視線を下に向けた途端。


 ――倒されている。

 セリニの目の先では弓を振り回して抵抗するが複数のスライムにやられて消滅するゴブリンの姿があった。


 ――近くに崩れた物……高台を壊された?

 直にその瞬間を見ていないが状況から推察したセリニ。


 ――高い所にいる敵を見つけたら……試そうかな。

 その状況は今後の戦いに役に立つと思えたセリニは記憶に残すと決めたその一方で――


 ――普通に弓を使う時は……気をつけないと駄目……そういう事だね。

 近距離で弓矢を使う楽しさに目覚めたセリニだが本来の弓矢での戦い方である遠距離から狙い撃つ事を忘れた訳でない――故に自身がその立場となる事を想像した。


 ――今のわたしには……関係ないけど。

 だが戦い方を変える気は一切ないセリニはゴブリンが放った矢に意識を向ける。


 ――何が違うんだろう。

 矢に当たった時の動きに明確な違いがあったと思ったセリニは少し考えると一先ずの予想を浮かべる。


「スライムに特効の効果の……鏃?」


 スライムが倒される瞬間を目撃したセリニはその時に先端が微かに輝いている事に気づいていた。


 ――わたしも……使えるのかな。

 ゴブリンが使用している武器は同じ弓矢であった。

 ならばいずれ同じ鏃を使える。そうセリニは思った。


 ――まだ……作成できない。

 気づいていないだけで同じ鏃を作れるかもしれないと思ったセリニは自身の技巧スキルを確認するがスライムに効果がありそうな鏃はなかった。


 ――弓矢を持つゴブリンを倒したらドロップしないかな。

 手元に無いならモンスターから奪えばいいと思ったセリニであったが――


「今は無理……だよね」


 ――それに……倒して手に入るのか……解らない。

 静観に徹すると既に決めている為に今は諦める事にした矢先にセリニの視界には棍棒を持ったホブゴブリンの姿が映り込んだ。


 ――あのホブゴブリンだったら……どうなるかな。

 大きなモンスターならスライムを一瞬で倒してしまうと思えたセリニ――されどその考えは次に映ったスライムを見た事で否定される。


「少し大きな……スライム」


 セリニの言葉が現実となった存在――平均的な人間の大きさを持った球体がホブゴブリンと対峙している。


 ――ホブゴブリンの方が大きい。

 しかしそれでも対峙するモンスターが巨大であったと思ったセリニを尻目に戦いが始まった。


 ホブゴブリンが棍棒を空に向けるとそのまま振り下ろす――スライムは静止を貫きそのまま攻撃を受けた。


 ――スライムは……打撃に強い。

 ――間違いないね。

 傍観者でしかないセリニがそう断言できるほどの結果であった。

 棍棒を受けたスライムは形が変わる程に潰れてしまう――されどもそれは数秒だけの出来事。

 形は一弾指に戻り、その際の反発で棍棒は弾かれてホブゴブリンの手元から離れてしまう。


 武器を失った隙を見逃さなかったスライムは体当たりを仕かける。

 直撃を受けたホブゴブリンは大きく仰け反り倒れてしまう。


 ――武器を失ったから?

 ホブゴブリンを何度も倒していたセリニだが今の挙動は初めて見るものであり、推測したその途端――不意に夜空から音が響いた。


「?」


 釣られる様に上を見たセリニの視界には――


「棍棒」


 先までホブゴブリンが振るっていた武器が落下していた。


「あ……」


 その着地地点を先んじて見たセリニは何とも言えない色の声を出した刹那に――棍棒の先端がホブゴブリンの腹に衝突――激突音が轟いた。

 自身の武器に襲来をされたその身は断末魔の叫びを伴いながら霧散する。


「あれでもダメージを受けるんだ」


 弓矢や自身の足で振るう短剣を使う自身とは殆ど無縁に思えたセリニだが――武器を弾き飛ばした後でダメージを受ける可能性や落下する武器に攻撃判定がある事実を把握した。


 ――強いモンスターと戦う時に役に立つ……気がする。

 それは自身が活用する時がくるかもしれないと思ったセリニは後の為に記憶しておくことにしたが――その間にもスライムとゴブリンの戦いは続いている。


 ――ホブゴブリンの次は……普通の。

 ホブゴブリンに勝利した少し大きなスライムはゴブリンと交戦していた。

 しかし基礎ステータスに差があるのかゴブリン側が一方的に倒されていた。

 そのまま終わるのかと静観していたセリニが思った間際――一匹のゴブリンが武器に何かしている場面が目に入った。


 ――武器に?

 ゴブリンは得物である棍棒に草を擦り付けていた。それだけであったが目に見えた変化が起きた。


 ――発光した。

 光り輝いた棍棒――セリニはその輝きに見覚えがあった。


 ――鏃に似てる。

 それはスライムを倒した矢が纏う光であった。

 得物を両手で握ったゴブリンは跳躍――光り輝いた棍棒を振り下ろすと攻撃後の硬直で動けない少し大きなスライムに直撃する。


 ――当たった。

 しかし攻撃を当てている場面は既に見ていたセリニは淡々としていた――然れども次に起きた出来事によって驚きが現れる。


 ――効いた!

 輝く棍棒の一撃を受けた少し大きなスライムは大きく仰け反る。 

 それは先までとは一切異なる動きであった。


 ――もしかして……ショック状態……。

 セリニが思い当たるのは状態異常の一つ。

 

 ――何度も攻撃を受けてるから。

 場がショック状態になる状況だと判断したセリニであるが――それを尻目に少し大きなスライムは跳び上がり輝く棍棒を持つゴブリンを押し潰した。


「あれ……」


 その光景を目撃したセリニは呆然とする。


 ――ショック状態になったら……少しも動けない。

 ――わたしも……体感している……。

 自身が想像した状態異常になった経験をしている故に少し大きなスライムが動ける事が有り得ないと断じた。


 ――だったら……そもそもショック状態になっていないのかな?

 ――わたしが勘違いしただけだね。

 ならば自身の推測が間違えている。セリニはそう判断した。


 ――ならあの光りが……スライムを怯ませた?

 場に起きて自身が起こしていない――覚えがある変化はゴブリンが手にしていた輝く棍棒であった。


 ――もう……倒された。

 スライムを攻略するヒントを手にしていたゴブリンは少し大きなスライムに押し潰されてそのまま消滅している。


 ――援護すれば……何かを……。

 手を出せばゴブリンから具体的なもの掴めた。その可能性を考えるとセリニはこの場に留まって静観した自分自身を問い詰めたい心持ちとなった。


 ――でも……わたしを狙うかもしれない。

 だがゴブリンが自身に狙いを変える。今までの経験からそうなる可能性が高いと考えたセリニは後悔するのを止めると視線をモンスター同士の戦いの場に戻した。


 ――まだヒントはある……よね。

 スライムに効率よくダメージを与える方法の糸口を掴み手ごたえを感じているセリニは諦めずに観察に徹した。

 すると少し大きなスライムが主導権を握る場に姿を見せるのは杖を携えてローブを着込んだゴブリン。


「魔法を受けたところは……見てない」


 自身がそれを使えない故に意識外であったと思った矢先にゴブリンは魔法を発動――展開された魔法陣から放たれた魔量はドラゴンの頭部を形成する。


「竜属性……使うゴブリンは初めて見るね」


 ――これで……全部見たかな。

 魔法を使うゴブリンとは何度も交戦したセリニ。

 だが一撃でもダメージを受けると危険なステータスである為に魔法が発動する場面を目撃したら出来る限り、倒す様に動いていた事もあって魔法を発動する場面はあまり見ていない。故に竜の欠片の顕現を目にするのは今回が一回目であった。

 

「白竜……だね」


 竜の頭部の色合いは白い為に純粋に思った事をセリニが口にした途端――竜の頭部は放たれた。

 向かう先は少し大きなスライム。

 攻撃をしている最中で避けるいとまを与えずに直撃する。


「ようやく……分かった」


 竜の一撃を受けた少し大きなスライムは大きく仰け反る。

 それは数分前に見た姿と完全に一致していた事にセリニは気づくと笑みが浮かんだ。


 ――スライムは……魔法攻撃に弱い。

 ――あの棍棒は物理攻撃を魔法攻撃に変換するアイテムを使ってたからスライムはあんな動きになった。

 自身で試していない為に飽くまで予想に過ぎない。

 しかしながらもセリニはゴブリンが使用したアイテムに覚えがあり間違いないと言いきれた。


「モーメントモードを使わなくて……よかった」


 時間飛ばしを体感する事を優先していたら今の結果は得られていない。

 そう思えたセリニは一息吐く。


 ――様子見はこれで終わりだから。

 スライムに対する戦い方を学んだセリニに閃きが現われる。


 ――効果あるのか……確かめたいから……。

 ――少しなら……戦っても……。

 セリニの本来の目的はボスモンスターを倒す事であった。

 しかし戦闘したい欲求も隣に立っているのも事実であった。

 終わるまでこの場で待つか――モンスターの争いに介入するべきか考え始めた途端にパネルが姿を現わした。


「もしかして……」


 ある予感が過るセリニはその内容を確かめた。


「イベントが……終了……」

 

 それは戦いを終わった事を示す知らせ――イベントに参加したいと少し考えていたセリニはショックを受けると視線を前に向ける。


「本当に……終わってる」


 広がるのは廃墟であり、モンスターの姿は疎らであった。本来ならこちらが正しい筈――だが先のイベントを見ていたセリニからすると閑古鳥が鳴くかの如くの光景に思えた。


「行こうかな……」


 とはいえこれはこれで自身がしたい事をするには都合良き状況と感じ取れたセリニは立ち上がる。


「オウルは……」


 セリニの導き手である黒き梟は彼女が立ち上がると同時に飛び上がり少し前の空で待機している。


「やっぱり……あそこが目的地」


 その先には岐路きろはない廃墟の奥に潜む洞窟だけがあった。早速向かおうとしたセリニだが、正面から視線を感じ取る――それには敵意の色合いも含まれていた。


「イベントが終わったから?」


 身体も心も準備万端だった故に余裕の心持ちだったセリニは正面を見た。

 そこに立つのは弓矢を構えたゴブリン。


 ――普通の矢。

 別のゴブリンが使用していた輝く矢ではない事を瞬時に確認したセリニはモンスターの位置を把握しながら枝から跳躍――それと同時に放たれていた矢は森林の中に消え去った。 


「――」


 跳躍して空中に身を投げ出していたセリニは落下と接近を同時にこなしながら弓を構え――矢を放つ。

 矢は垂直に落下してゴブリンの肩に直撃した。そして追撃として放たれた脚部に仕込まれた短剣の斬撃をもろに受けたその身は消滅した。


「後は……」


 瞬く間に対峙したゴブリンを倒して廃墟に降り立つセリニだが未だに心境は戦いの最中にあった。

 弓矢を放つゴブリンの周辺には他のモンスターの姿もあり戦闘によって発生した音に誘い込まれる可能性がある為だ――そしてその予想は現実に転じる。

 

「今度はこっち」


 崩れた建物の裏から出現したのはボールサイズのスライムであった。


 ――大きいのじゃない。

 洞窟内に少し大きな方のスライムが現われるかもしれないと思っていたセリニは行動範囲が広い屋外で戦いたかった。


 ――大丈夫だよね。

 だが静観の形でその戦いは既に見ていたセリニは何とかなると思っていた。

 その場で立ち止まる銀髪の少女にスライムは体当たりを繰り出した。


 ――こっちは……どうなるのかな。

 傍から見ると考えに浸って足を止めている様に見えるセリニ。

 しかしスライムを迎撃する為に敢えてそうしていた。

 されどもスキルを使用するべきか考えていたのもまた事実――それを示す声は零下の色合い。


「【暗影流出・黒き浸透しんとう】」


 セリニの内側より現れた黒き影は弓に纏った刹那――眼前に迫っていたスライムに振るわれる。


 ――効いてる感触。

 セリニの身体の内側に入り込むのは従来通りの感覚――影を纏う弓を直接叩きつけられたスライムは廃墟の一部に衝突すると内側の液体をばら撒きながら消滅していた。


「暗影スキルも……効果ありだね」


 自身のスキルでスライムに対処可能――それは先程までの数分が無下にするような結論であった。

 だが当事者であるセリニはその様に考えていない。


 ――だけど使い続けていたら……大事な時に使えなくなる。

 しかし使用回数は有限であり、相手が集団――先程のイベントに巻き込まれたと想定した時。スキルだけではいずれ限界に達するとセリニは思えた。

 

 ――色々……確認できてよかった。

 故にセリニはスライムとの戦い方に関する様々な情報を認識できた今に感謝したその瞬間――場に鳴るのは跳躍の音であった。


「来るんだ」


 この場に佇立してから微かな敵意を感じていたセリニだが今の目的は洞窟の探索である。

 その為にこの場所では襲われない限りは戦わないつもりだったが――現われるなら倒すだけであり、先は傍観で戦闘意欲が高まっていた故に大歓迎であった。


 ――瞬迅はあれの為に温存。

 移動手段を選択したセリニは後ろに跳ぶ。それから四秒後にゴブリンが地面に剣を突き刺しながら現われる。


「――」


 その姿は隙だらけであり、即刻に弓矢を構えるセリニ。


 ――まだ現れないから……チャンスだね。

 しかし周囲を見て考えが変わったセリニは矢を手放したその刹那にスキルを呟く。


「【瞬迅】」


 地に落ちる矢を残して姿を消したセリニが現われたのはゴブリンの目の前――地面から剣を抜き取り終えたそれは無造作に振るおうとしたが弓による攻撃で中断される。


 ――これで大丈夫……と思うけど……念の為。

 弓による直接攻撃をしたセリニは間隙かんげきを入れずに蹴りの一撃をゴブリンに加える。


「――」


 仰け反るゴブリンを確認したセリニは前に踏み出すと同時に何も持たない右手を前に出したその瞬間――淡々とスキルを口にする。


「【暗影変異あんえいへんい命喰禍爪めいそんかそう】」


 透き通った声が場を過ぎた途端、セリニの右手より吹き出て瞬間的に覆うは黒き影。

 それは瞬く間に禍々しい煙を放つ鋭い爪を伴う一回り大きく形成された手になると――迷いなくゴブリンの頭部を掴んだ。

 そして手が動き――響くのは骨が砕けるかの様な音色。

 音色が途切れるとゴブリンの肉体は黒に変色して異形の手に吸収されたと同時に黒き影は霧散した後にセリニの身体に回帰した。

  

「相変わらず……変な……感覚」


 ゴブリンをスキルで仕留めたセリニの視線は自身の右手――表情の色彩は困惑であり、それを表わす深い息を吐いた。


 ――初めて使った時も……そうだったけど。

 暗影の髪飾りを装備するで使用可能になった暗影変異あんえいへんい命喰禍爪めいそんかそうであるがセリニは既に何度も使用している――のだが使用した時に強く実感したのはその効果ではなく、身体に伝わった感覚であった。


「手で食べ物を……食べてるみたい……」


 そんな奇妙な物言いをした銀髪の少女であったが――ゴブリンを仕留めた後に発生するそれは食事の時に口から伝わる触感であり、セリニにとってはそれが紛れもない事実であった。


 ――慣れる……しかないかな。

 だがそれが仕様なら仕方ない事だとセリニは考える事にした。

 スキル名が示す様に命《HP》を喰らい尽くす事でその効果が発揮される――それが再現された結果だと。


 ――それに……使える……スキルだから。

 単なる攻撃スキルで他のスキルで代用可能なら正直そうしたいセリニであるがそれは不可能であった。


「暗影スキルの使用回数を増やすのこれしか……ない」


 そう言いながらセリニは眼前に表示されている暗影スキルに関わるゲージに目を向ける。

 スライムに対して暗影流出・黒き浸透しんとうを使用していた為に五つあったゲージは四つに減少していたが暗影変異あんえいへんい命喰禍爪めいそんかそうでゴブリンを倒した後にゲージは五つに戻っていた。


「やっぱり便利だね」


 発動したスキルで通常攻撃分のダメージを与えつつ敵を倒す事でゲージを一つ回復する。

 それが暗影変異あんえいへんい命喰禍爪めいそんかそう()()()なスキル効果である。


「洞窟に入る前に……」


 しかし別の効果を発動させたいと思った途端に――右側から歩行音が聴こえた。


「……」

 

 警戒心は常に抱いたセリニは音が鳴ったその方向を見ると弓矢を持つゴブリンが姿を現わした。

 確認した途端にセリニは自身の弓矢を構えるとそのまま放つ。

 ゴブリンはプレイヤーを発見していない状態であった為に矢は難なく命中した途端――銀髪の少女はスキルを呟いた。


「【暗影変異あんえいへんい命喰禍爪めいそんかそう】」


 既に目前まで接近していたセリニは異形となった黒き腕をよろけたゴブリンに向けると――頭部を掴んで握り潰して先と同じく自身の身体に取り込んだ。


「連続で取り込んでも……慣れない」


 そんな事を言いながらセリニはゲージに目を向ける。

 するとその数は六個に増えていた。


「使える回数が増えるのは……便利」


 ゲージの数値が基本的な上限値である五個な時にスキル効果が発動した時、一時的だがゲージの上限値が増える。

 それがセリニが目にした変化の真相であり、暗影変異あんえいへんい命喰禍爪めいそんかそうに秘められたもう一つの特徴であった。


 ――一時的に増やせる数は十個……だよね。

 ゲージの増加可能な最大値を思い回したセリニ。


 ――そこまで増やす事あるかな。

 しかし暗影スキルはHPとMPを消費しても使う事は可能である為に訝しげに思えたセリニは最大値に関しては頭の片隅に留めておくことにすると周囲を見た後に不満げな表情を浮かべる。


 ――ホブゴブリン……現れない。

 枝の上にいた時にゴブリンに弓矢を向けられた直前に付近に潜むモンスターを見ていたセリニは確認していた存在が現れない事を残念に思った最中に足音が聞こえた。


「普通のゴブリン?」


 その足音から現れるモンスターを推測したセリニの前に現れたのは――やはりゴブリンであった。


「……」


 一体である事を確認したセリニは接近するのを待った後に二度矢を放ち、どちらも命中――ゴブリンは消滅したと同時にパネルが現れた。


「レベルが12に上がった!」


 ここに来るまでの道中でモンスターを倒してレベルが11になっていたセリニはさらなる上昇を喜んだ。

 早速ポイントを振る事を考えたがそれは中断される


「安全な場所で……」


 今立っている場所はモンスターがよく現われるのは自明の理とセリニは認識しており、ここでするのは危険と判断した。


「それに……視線も感じる」


 更にセリニは唐突にそんな事を口にした。

 

 ――ここに降りた後から……だけど……何だろう?

 視線を感じた始まりを思い返しながら思惟するセリニ。


 ――ホブゴブリン。

 確認しながらもまだ現れていないモンスターを想像するセリニ。


「違うよね」


 しかしホブゴブリンは様子見するタイプのモンスターではないと断じたセリニは首を横に振って否定すると考えなおした。


 ――ならもしかして……新たな敵?

 廃墟には沢山のモンスターがいる事は把握していたセリニは自身がまだ確認していないモンスターが自身を遠巻きに見ていると思えてきた。


 ――そんなモンスター……いるのかな……。

 だが自身が想像した事ながらもセリニの内側には疑問の波が噴出する。


 ――な……ら。

 なら別の可能性を想像した途端にセリニの脳裏にそれが現れた――しかし浮かんだ刹那に心が恐躍きょうくして身体は一時的に凍り付いた。


 ――他の……人……。

 密かに覗き込む――その行為をする可能性が最も高いのはプレイヤーだとセリニは察した。

 そう考えた根拠もある。

 

 ――アルーセさん……マノンさんみたいに……。

 脳裏を過った二人は戦っている自身を見かけたと話していた。

 それが三度起きている――そう考えたセリニはどうするべきか考える。


 ――わたしから……行く?

 視線を感じた先を辿ればその人物の元に到達するとセリニは思えた。


 ――そもそも……わたしに……何が?

 しかし自身が見る理由の見当が全く分からないセリニは困惑すると思考の方向性は別に傾いた。


 ――他の何かが目的で……わたし……関係ない?

 ツインファンタジーワールドを始めたばかりのセリニは自身が知らない要素の為に廃墟を見ていると思えてきた。


 ――絵を……描いて……とか?

 明後日の方向な事を考え始めたが思考を放棄した訳でない。

 友達である筑波爽陽つくばさやとの雑談でVRMMOの中で風景を観たり、絵を描いてインスピレーションを求める人がいる。

 その様な話を聞いた覚えがあり、それが発端であった。

 現に町の中でセリニは絵を描いている人を目撃している。


 ――そういうこと……かな?

 未だに向こう側に動きがないと思い。浮かんだそれが正解だと感じたセリニは自身を視線を向ける理由を想像すると刹那に理由が浮かんだが――それと同時に冷汗が流れ始める。


 ――わたしが邪魔……だから……。

 ――目を……向けてる?

 風景を描いてる最中に書く予定がない人物がいる――それを想起したと同時に絵を描いている者が抱く感情の推測は簡単に可能であった。


 ――そもそも……絵を……。

 しかし冷静になると自身が考えた事に確たる根拠はない事に気づいたセリニは再び思案しそうになった途端に――衝撃音が鳴り響いた。


「戦闘……」


 フィールドでなら頻繁に発生する現象故に淡々と受け入れたセリニだがそれはある事実に繋がることに気づいた。


 ――他の人が……いる。

 モンスター同士の争いの可能性も想像するセリニであったが先の争いでは聞こえなかった音であった為にプレイヤーだと仮定した。


 ――視線も人……そういう事かな?

 別の場にプレイヤーが現れた以上はここに別の人物が現れる事は不自然ではないとセリニは思えた。


 ――どの道……洞窟に入ったほうが良さそうかな……。

 本命以外にもしたい事があったセリニだが近くで他のプレイヤーが戦う中でじっくりとフィールドを探索した経験は皆無で何が起こるのか想像できない。


 ――宝箱はスキルを習得した後だね。

 故に廃墟の探索は後回しにして前を見た刹那――再びゴブリンが現れる。


「【瞬迅】」


 淡々とした声色でスキルを使用して接近したセリニはゴブリンに弓による一撃を加えると更に蹴りを放つ。

 その連撃を受けてよろめいたゴブリンに再び靴が迫る――その先端には短剣が仕込まれており、刃の一閃を受けた瞬間に身体は粒子となって霧散した。


 ――成長できてるね。

 踏鞴たたらを踏まずに仕込み武装である短剣を使いこなした自身に対する所感を抱いたセリニは楽しい気分になるとその勢いに乗って洞窟に向かって走り始めた。

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