第6話 銀髪弓使いは落下から
「綺麗な風景……」
目に映る景色の感想を言うとそのままリンゴを口にするセリニ。
「最後までリンゴ」
既に手元からはリンゴは消えている。
パネルを目の前に出現させるとアイテムに関わる部分に触れようとしたセリニだが寸前で止める。
「そういえばパネルを使わないで出せるんだよね」
一言口にした後にパネルを消したセリニは念じる様に目を瞑る。すると手元に新たなリンゴが出現する。
「出た!」
喜びの声を出すとセリニはそのままリンゴを一口食べる。
「まさにゲームの世界にいる感じだね」
今の状況を堪能しながら周囲を見渡している現在のセリニが座っている場所は森林に生い茂る一本の木から伸びている数多の枝の上であった。
「周りと比べて……本当に大きな木」
口にした事は文字通りであった、鬱蒼と生える木々の殆どは町の中を歩くと見かける全長である。
だが今座っている木は高層マンションに匹敵する全長で幹も太い巨木であった。一本一本の枝も余裕を持って座れる程に太くて長い。
「いい場所を見つけられたね」
上機嫌なセリニだが偶然的にはここにいない、彼女なりの理由で巨大な木の上に留まっている。
「まだ下には他の人がいっぱい……いるのかな」
町からフィールドに出たセリニはその勢いでモンスターと戦おうとした、だがフィールドには大勢のプレイヤー達がいてモンスターと戦っていた。
それだけならオンラインゲームである為に納得できていたが、全員がパーティーを組んで戦っていて、一人で戦っているプレイヤーが一人もいなかった。
他のプレイヤーがパーティーを組んでいる理由は丁度その時、人気の素材をドロップするモンスターの大量発生イベントが起きていて、パーティーを組めば効率的にモンスターを倒せる。
パーティーばかりだったのはそんな理由であったのだが、そのイベントが通知された時、ステータスを設定している最中であった為に届いていなかった。
そしてツインファンタジーワールドを初めてプレイしている為に通常のフィールドと大量発生している時のフィールドの違いに気づく事が不可能でイベントが発生していると気づいていない。
故に自身が取り残されていると感じて、強い劣等感を抱いてそこから更に移動する事にしたがパーティーを組むプレイヤーは広範囲に広がっていた、更に町の中同様に時折視線も感じており、町より引き継いだ緊張感がどんどん大きくなった。
近くにパーティーがいるだけで気が沈む心境になった為にとりあえず起こしたその行動は周囲に誰もいない時に木に登るであった。
生えている木々は沢山の葉っぱが付いていた為に一時的に身を隠す事ができると考えての行動である。
更に同時にモンスターと戦う前に今のステータスでどれくらいの動きが可能なのか試したい、その様な根端を含めて木を登ると容易くこなせた。
それに気を良くした。そして低い木に留まり続けていたら、他のプレイヤーに見つかって恥ずかしい思いをする。そんな想像が脳裏を過ぎた為により高い木を登り続けた結果、今座っている巨木にたどり着いてしまった。
「オンラインゲームなのに……結局わたしはいつも通り」
リンゴを食べ終えたセリニは自虐的に語るとそのまま空を見る。
「……マイペースにのんびり楽しめばいい、そう言っていたよね」
消極的な考えが脳裏に現れた事を自覚したセリニは爽陽が言っていた話を思い出して、立ち直ろうと努力する、その一環としてこれからどう動くか考える事も兼ねて景色に目を向ける。
周囲は森林であり、その下で何が起きているか確認する事は出来ない。
「リンゴ以外の果物も成っているかな」
先から口にしているリンゴは木から木に飛び移っている時に手に入れたアイテムであった。
使用するとHPが回復するがその数値は一桁であり、回復アイテムとして役に立たない。現実のリンゴと同様に食べて味を楽しむ嗜好品としての面が強いアイテムである。店で売ってゴールドに変える事も可能だがその数字は一桁であった為にその場で食べる事にした。
そしてその味に満足したセリニは別の果物の登場にも期待する事となった。
「けど……そのまま食べるしかないよね」
現実のリンゴと同様に料理する事も可能と書かれているがゲーム内のどこで料理できるか知らないセリニはその点が気になっていた。
「……こっちには」
背後を振り向くとゲーム開始地点である町がある、それだけの筈であったがセリニは驚いている。
「塔は本当に大きい……」
ゲームを開始した時から建っている事に気づいていた塔であったが、町の中から見上げるではなく、町の外で上から見る事で漸くどの場所にあるのかセリニは把握した。
「町の中央にあったんだ」
塔は町の中心部に鎮座している。それを囲む広場から町全体に向けて道が広がっていた。
「あれだけ大きいなら、入れるよね?」
その規模からゲームと関わる要素があると思ったセリニは視線を動かそうとするがある事に気づいた。
「影がない……」
上空には太陽があり、日の光によって現実と同様に影が生まれていた。
しかし塔によって太陽が遮られている地点には影がなく、他の地点と同様に日の光が行き届いている。
「もしかして……ゲームバランス関係かな?」
暗さや影によって視認性が悪くなってしまい、その結果、リトライした経験があったセリニは巨大な影が生まれたら邪魔になりそう。そんな考えが浮かび上がった。
「そういう事だね」
そう考えてしまった以上、考え続ける理由も見続ける理由も無くなったセリニは視線を前に向ける。
「森は永遠に続かない……」
森林の先には川が流れている。その川幅は縦方向で見た学校のグラウンド程の広さで現実では見た事がない規模であった。
「泳ぎきれるのかな」
ツインファンタジーワールドではどの様な装備をしていても泳ぎや潜水がいつでも可能であった。その為に現実では普通に泳げるが川を泳いで横断した経験がない事から、チャレンジしてみるのも面白いかもしれないとセリニは抱く。
「……橋もあるから泳いで渡らなくていいね」
だが今いる地点とは距離が離れているが橋が架かっている。
「奥に行くのは……レベルの事を考えると早いかもしれない」
町から離れれば離れる程、モンスターが手ごわくなる。オンラインゲームにもその様な鉄則があると考えたセリニは川の先にある光景から視線を外そうとしたその瞬間……突如の爆音が発生する。
「!」
いきなりの事態に驚くセリニの身体が震える。
「また……」
軽い反応で済んでいるのは既に経験していた為であり、セリニは川から遠く離れた地点の森林に目を向けるとそこには爆煙が上がっている。
「これで三度目……」
「良かった……今回は落ちなかった」
音を伴いながら大規模の爆煙が発生したのは三回目であった。
一回目は完全に予想外で立っていた為に枝から足を踏み外してそのまま落下。
二回目は座っていたがその時のセリニには余裕がない。そして二回起こるとは想定していなかった為に二重の驚きによって落下した。
それ故に再度同じ事が発生した時の心構えは済ませていた。
「……何が」
爆煙が発生した地点は自身が座っている地点よりも地平線から進んだ方が近い地点であった為に詳細は分からない。
しかし少し考えると何が起きたのかセリニは予想できた。
「戦い?」
町から出た時点でプレイヤー達がモンスターと戦っている姿を目撃していたセリニはそう判断する。
そう考え終えた最中に爆音が耳朶に触れるがもはや気にならない。自身の手を見ながら独り言を続ける。
「やっぱり身体能力が上がってる」
自身が枝から落下した事を思い返した故の言葉であった。
落下したセリニは元々いた場所に戻っている。しかしその戻り方法は普通ではない。
落下する最中に下の枝を掴むとその反動を利用して上に飛んで戻る。そんな方法であった。
「他にも色々できそう……」
現実では不可能な動きを出来る。その事実に気づいたセリニはこれからの事を考えると声風に喜びが乗る。
「また音がする」
そんな最中にも音が鳴る。最早気にしていないが短期間に連続で鳴り続ける事に意識が向いたセリニに音が下から響き渡る。
「え……あれ!」
音が鳴っているが景色に変化がない、その事に気づいたセリニは辺りを見渡すが再び音が鳴る――その音色は何かを切り崩す様であった。
「ゆ……揺れて……」
音と一緒に振動を感じたセリニは急いで立ち上がる。
「また!」
追撃する様に斬撃音が周囲を満たしたその瞬間に巨木が倒れ始める。
「え!」
予想外の事態に驚愕するセリニ、だが身体は動いていた。既に枝から移動を終えている。倒れる方向とは逆の部分の樹皮の上に立っていた。
「ダメージとか……受けたり」
単独の落下ではなく木と一緒に落下した時の事が心配なセリニは下を見る。
「ええ!」
そこには予想外の存在が眠っている。視界に入り込んだセリニは驚愕する。
「巨大な狼!」
それは灰色の毛皮で包まれた狼であった。その大きさはトレーラに匹敵する。
「どう考えても!」
ゲーム経験からレベル1の自分が関わるのは避けるべきと判断するセリニ。しかし狼の位置は倒れる巨木の真下であった。
「どうしよう」
ここまでの道中で岩に激突して倒れるモンスターを目撃していたセリニは倒れた巨木でダメージを受けた狼が目を覚めると予想した、そして今いる場所が狼の近くである事にも気づけた。
「絶対に……勝てないよね」
落ちて無事であっても絶体絶命な事になると把握したセリニはどうするべきかと模索する。
――今すぐ飛び降りた方が……。
周囲は森林で飛び降りて即座に距離を離せば大型の狼に気づかれる事もなく離れられるとセリニは思いついた。
――けど……木の下に何がいるかも……。
だが葉っぱで地上の様子を見る事は不可能。飛び降りた先にモンスターがいるかもしれない。
――降りた先に別の人がいたら嫌!
そして他のプレイヤーがモンスターと戦っている可能性も脳裏に浮かびあがると寒気を感じて別の方法を考えようとする。
「もう時間が……」
しかし考えている間に時間が過ぎ去り、大型の狼との距離は目前まで迫る。
「森が……駄目なら」
早々の判断が強いられたセリニは決意すると足に力を込めて跳躍――空中に身を投げ出しその先にあるのは川であった。
そして倒れた巨木は地上と激突。同時に衝撃音が鳴り響いた。
「すごい……音」
川に着水したセリニは水面から顔を出していた。
――水辺に落ちれば悪い影響は起きない。
説明書に書いてあった事を思い返しながらセリニは思考を今に向ける。
「泳げるね」
川の流れに流される事なく、その場に留まり続けている。普通に泳げる程度のセリニがその状態を維持できるのには理由があった。
――ステータスが合っていて良かった……。
水中での動きに関わるステータスは器用力と疾走力であり、これらが高ければ高いほど水中で動きやすくなって動きも速くなる。
――防具が低いのも影響しているかな。
そして防具の防御力の数値が高ければ高いほど水中での動きが遅くなるが、現在セリニが装備している防具の数値は低い為に影響は少ない。
「これから……どうしよう」
周囲に隠れる場所はない。少し泳ぐと川岸にたどり着くが、先に巨木が倒壊の影響で煙が上がっていて先が見えない。
「やっぱり煙が上がるんだ」
遠目から既に見ていて知っていた情報だが間近で発生した事で色々と考えさせられる。
――強い攻撃を手に入れたら……試せるかな。
後にしたいと思った事を脳裏の隅に置いたセリニは今の出来事に意識を向ける。
「あの狼……倒れていたらいいけど」
あれだけの巨体の狼が動けば、煙に動きがあるかもしれないと考えているセリニは漂うだけの煙を見ながらその様な期待を口にする。
「あっちは……遠い」
後ろを見ると前方と同じ様に川岸がある。しかし川幅が広い為に向かう気持ちはない。
「ゆっくりと……」
煙が覆っている間に過ぎ去れば問題なく立ち去れる。
そう考えた後に動こうとしたセリニであったが――背後から獣の咆哮が轟いた。
「!」
同時に強い悪感が身体を過ぎ去り、音圧によって周囲の水が波打つ。
――なに……これ……
目で見れない何かに全身が抑えつけられている――殺伐とした初めての感覚に動揺しながらセリニは正面に視線を戻す。
「そう……だよね」
立ち込める煙は既に立ち去り、視界は良好であった――故にセリニは自身を狙う存在に気づけた。
「ボスモンスター……終わるわけない……」
大型の狼は健在であった。その鋭い眼光はセリニに向けられている。だがそれだけではなかった。
「他にも……」
いつの間にか周囲に通常個体の狼も出現している。その全てがセリニを睨んでいた。
「十匹……パーティーで挑む相手かな……」
数を即座に把握したセリニは一人で立ち向かう相手ではない事を理解する。
――パーティー……わたしには関係ない。
自身が口にした言葉が耳に入った途端に心に釘を刺された気持ちとなったセリニは意気消沈する。
その最中に大型の狼が跳び掛かる前兆の動きを見せる。
「!」
沈痛な気持ちとなったセリニだがそれはそれとして大型の狼の動きは逐一見ていた為に即座に気づいた。
「避けれ……」
だが水中に慣れていない為にその動きは遅く、攻撃が直撃すると思ったその瞬間――狼とは別方向から轟音が鳴り響いた。
「!」
突如の事態に驚くが狼は微動だにしていない為にそちらに意識を集中するセリニの耳に音が再び届くと同時に音の正体である飛翔体が視界に映る。
「矢?」
高速で飛来する正体にセリニが気づいた最中に矢が直撃した狼は大きく仰け反る。
それに続く様に地を踏み鳴らす音が届いた。
「!」
場の目まぐるしい変化に困惑するセリニであったが――
――次は……。
レベル1である為に下手に手を出せない立場である。傍観して情報を集める事に集中する、そう決めたセリニの目に映るのは――馬に乗った人であった。
「人……?」
オンラインゲームである為にプレイヤーだと思ったセリニだが疑問が挟まる。
馬の毛色は黒であり、黒を基調に金を加えた鎧を身に纏う。乗っている人物も同じ色合いのマント付きの鎧を身に着けている。
「わたしを助……」
抱いた事を素直に口にしそうになったセリニであるが身体の内より強烈な恥ずかしさが表れて慌てて閉ざした。
しかしそれは感情を無理矢理塞き止めているに寸分違わず――
――ないないないないない。
故に慌てた口調にて心の内で吐き出した。
――ありえないよね!
――ゲームじゃないんだから!
自身が抱いた想像を必死に否定するセリニ。その間にも戦いは続いている――それを示唆する様に強烈な音が鳴る。
「!」
鎧を纏った馬に踏みつけられていた大型の狼は怯んだ。
「あれ……」
馬の上には誰も騎乗いない事にセリニは気づいたが……
「【イグニス・エンチャント】!」
力が込められた甲高くて荒々しい気が強い男性の声が響き渡る。
「!」
いきなりの事態に身を震わすセリニの視界に再び黒い鎧を纏う人物が上空より舞い降りる、その手には長杖を携えていた。
「鎧に杖……」
剣や斧等、近接武器を装備していると想像していたセリニが驚いた最中、長杖は炎で覆われる。
「スキル……」
その現象は先に聞こえたスキルによるものだとセリニは判断した。
黒い鎧の人物は着地したその瞬間に大型の狼の周囲に点在する狼が一斉に襲い掛かる。
だが――
「【薙ぎ打ち】!」
長杖を構えると同時に放った周囲を薙ぐ一撃にて周囲の狼は弾き飛ばされる。
「え……」
その光景を見たセリニは知らないプレイヤーに対して驚きが現れる。
だがそんな驚きは届いていない黒い鎧を纏う人物は大型の狼の前に移動する。
「他の……」
それを見たセリニはある感想を感じて表に現れた。
「っ!」
しかし聞こえていたら失礼に値する単語である事に気づいて、出る寸前だった言葉を口に手を当てて戻していたセリニを尻目に大型の狼が黒い鎧の人物に牙を向ける。
「【五月雨乱舞・猛火】」
だがその動きより一足早く言葉が奔ると長杖に纏う炎が強く燃え上がるとそれを激しく振るう。
その連撃は大型の狼に直撃して仰け反る。
攻撃が終わると炎は杖から消え去った。
――八連撃……。
釘付けとなったかの様に見た後に口に出さずに攻撃回数を数えるセリニ。
――あのスキル……。
――さっきの薙ぎ打ちも。
その光景を目にしたセリニはある事に気づいた。しかしその間に大型の狼は体勢を整えている、そして鋭い爪を黒い鎧の人物に振り下ろした。
――当たりそう……。
大型の狼が動く狭間に黒い鎧の人物は一歩も動いていない場面を目撃したセリニは次に起こる事を予想するが――上空から何かが落下する。
「矢……」
視界に入り込んだと同時に落下物の正体に気づいたセリニ。
――さっきも矢……
――あの人を援護している人がいる?
状況から目の前のプレイヤーは一人で戦っている訳でないとセリニは推測すると同時に落下した矢は攻撃直前の大型の狼に直撃――強烈な衝撃音が鳴り響く、発生した衝撃は周囲に散開していた狼を吹き飛ばしていた。
「!」
想定外の大音量に驚いたセリニの目の前で大型の狼は大きく仰け反り、動きを止めて攻撃を中断する。
「ふぅ」
それを確認した黒い鎧の人物は安心した様に溜息を吐く中、黒い馬が近寄る。
「クロ」
呟きはセリニの耳にも届いた。
――クロ?
――もしかして……馬の名前かな?
その流れからある予想がセリニの脳裏を過ぎる。
――意外……。
粗暴な振る舞いから考えられない、普通の名前である事にセリニが内心驚く中、黒い鎧の人物はクロと呼んでいた黒い馬に騎乗すると長杖を怯んでいる大型の狼に向けて振り上げる。
「【強打】」
輝くと同時に振り上げられていた長杖は振り下ろされて大型の狼に直撃した。
「エクトスからの依頼だからな! こっちにきてもらうぜ!!」
――依頼?
言動が気になったセリニを構う事もなく、黒い鎧の人物は長杖をようやく動こうとした大型の狼に突きつける。
「【イグニス・ボム】」
言葉に呼応する様に浮遊する火球が現出、黒い馬は跳躍して再び大型の狼を踏みつけるとそのまま森林の中に跳び込んだ、それと同時に火球が炸裂する。
「好き放題……」
炎に呑まれた大型の狼を傍観していたセリニが口を開く中――炎を振り払った大型の狼は総身が怒りで満たされた様な咆哮を上げると周囲の狼を率いて黒い鎧の人物の跡を追う様に森林の中に姿を消した。
「すごいヘイトの稼ぎ方……」
セリニは大型の狼が自身にそっちのけで黒い鎧の人物に総力を向けている事を感じ取った。
「ああいう人が凄い人……」
一連の流れから黒い鎧の人物が並みのプレイヤーではない事とセリニは確信する。
――わたしも凄くなれるかな。
その姿に憧れたセリニは同じ様に成りたいと願望を抱いた。
――どんな人か解らないけど……弓矢も遠くから当てれる様になりたい。
そして視認できる範囲にはいない弓矢のプレイヤーに対しても似た感情を抱くが同時に先から抱えていた疑問が声として現れた。
「スキルは見た事ある……」
セリニにとって黒い鎧の人物が使用したスキル『薙ぎ打ち』『五月雨乱舞・猛火』『強打』は初めて見るものではない、フィールドを進んでいる時に数人のプレイヤー達がモンスターに対して使用している場面を目撃していた。
「けど……」
だが他のプレイヤーが放ったスキルと黒い鎧の人物が放ったスキルを脳裏で比較するとセリニはある結論に達する。
「段違いに早い……」
黒い鎧の人物が放ったスキルは他のプレイヤーの速度を上回っている。目を離さずに見ていた訳でないセリニであったが間違いないと確信している。
「だけどどうやって?」
しかしスキルに差が生まれている事に疑問を抱いたセリニは考え込んだ。
――攻撃用のスキルを早くするスキルがある?
――それとも同名のスキルでもステータスで動きの速さが変わる?
――もしかしてプレイヤーの技術が動きに差を……。
泳ぎにも慣れてきた為に思考に浸る事が可能であったセリニは想像を膨らませる。
しかし前方から寒気を感じ取る。
――敵がいる……川だった……。
水の上であろうとも敵と遭遇する可能性がある事はゲームをしてきた経験から把握していた。
それでも周囲には小さい魚こそ見かけるが森林の中の様にモンスターを確認できなかった為に敵対する者がいない川だと判断したセリニは唖然としながら周囲に目を向けようとするが――その必要はなかった。
劇的な変化が目の前で起きていた。
「凍って……なんで?」
目前から水が消失している。入れ替わる様に氷が張られ、何時の間にかに氷霧が舞い、周囲を視認できなくなった。
「いったい……」
少しの間考え込んでいる間に風景が一変した事に驚きながらもセリニは急激な変化が起きた理由を考えた。
「もしかして……イベント……」
現在いる場所がゲーム空間であるからには何らかの意味がある。短期間の間に様々な事が起きていて、それに適応する為に頭の回転が早くなっていたセリニはその考えにたどり着いた。
「確認しな……い……」
故にイベント情報が通達されているかもしれないと思ったセリニはパネルを出す――しかし即座に消した。
氷上にモンスターを確認して身に危険を感じたからであった
――狼。
氷上に姿を見せるのは狼であった。それだけなら先に群れを確認していた事から、セリニにとってもう驚きに値しない――筈だった。
「え……」
だがセリニは驚きの声を漏らした。
――さっき見たのと全然違う。
目の色は赤く――白銀の毛皮で覆われて周囲にきめ細かな氷粒が舞う。それがセリニの目の前に現れた狼の姿であり、格が違うモンスターだと判断した。
「綺麗……」
銀色は好きな色であったセリニは優美な姿を見た刹那に素直な感想を口にする。
人の気持ちに寄り添う気がないと示す様に銀色の狼はその姿を見ると跳びかかる姿勢となる――
「!」
だが狼に対する警戒心も同時に持っていたセリニはその動きに即座に気づいた。
――潜れば……
そして先に大型の狼と対峙する状況を経験した為に落ち着いていたセリニは、狼は水中に入れば追ってこれないと即座に判断するとそのまま水中に潜る。
紫の帽子を被る者が水中に沈むと同時に銀色の狼は跳躍、突き進んで氷上と水上の境界線に触れた瞬刻――
空から突如翠の光を纏った稲妻が顕現。
一瞬で氷上に突き進むと落下地点に位置する銀色の狼と氷塊を消し飛ばし――雷音と激しい水飛沫を撒き散らしながら水中に沈んだ。
「え!」
水中に轟いた轟音はセリニにも届いていた。何かあったと判断して水中から顔を覗かせる。
――晴れて……氷も砕けて……
目の前の氷霧は消え去り、氷塊は欠片となって川の流れの中に沈んでいる。
「別の……」
狼とは異なるモンスターが現れたとセリニが考えた矢先。
「先行してこれたのに相変わらずね」
楽しそうな色合いの女性の声が水上に響いた。
「!」
それを聞いたセリニは反射的に声がした方向に顔を向ける。
――人。
氷霧で覆われている為に詳細の姿は解らないが視線の先には別のプレイヤーがいた。オンラインゲームである為にその事に疑問を抱いてないセリニである。
――どうして水の上に?
川の上を歩く形で進んでいる。その摩訶不思議な様子に内心驚いていた。
しかしそのセリニの疑問は自然と解消される事になる。
「あたしは念の為に水上歩行の用意をしていたからいいけど」
――水上歩行……そういう事なんだ。
条件を満たす事で水上を自在に歩けるゲームをプレイした事がある、聞こえた言葉だけで把握できた。
一人で納得しているセリニに気づく事なく女性は喋り続ける。
「目の前は氷……おそらくバグ」
――バグ?
オンゲームでもバグが起きる事は友達を通じて知っているセリニだがどんなバグが起きたのかイメージが現れずに首を傾げる。
「誤解してファストトラベル先が川になった、そんな状況ね」
――ファストトラベル……ならさっきの音の正体は人?
聞いた事があるゲーム用語を聞いた事で状況を把握できたセリニ。
――だけどあんなに派手。
しかし非常に目立つものだと感じたセリニはどういう事なのかと抱く。
「けど関係ないわよね。レイ」
――レイ……それが落ちてきたプレイヤー名?
――それにしても盗み聞きしている気分……でも動いたら……。
相手に存在を気づかれたくない、だが同時に許可なく相手の声を拾う状況に罪悪感を感じているセリニはどうするべきか悩んでいた。
「雷刃の二つ名で呼ばれる様になったあなたなら――打開する」
――二……二つ名?
臆する様子もなく聞いたセリニを困惑させる単語を女性が口にした刹那に――再び水柱が立ち上がる。
そして同時に気が強い少女の大声が全体に広がる。
「どうして――どうしてあたしはいつもこうなるのよ!」
――さっき落ちてきた!
状況は突然であるが前振りとなる話を聞いていたセリニは大声に驚きながらも視線は水柱に向ける。
空中に打ち上がった数多の水滴は勢いを失い降下する、その中に人影を見つけるが――スキルの名を轟かせた。
「【翠雷戦技・乱流落雷・八之雷槍】!」
総体が翠の電撃で覆われると瞬く間に八本の雷の槍となってその身は堕ちる――激しい雷となって地を穿つ。
「あの子は!」
空気を震わす衝撃波を伴う雷音によって砕けた氷礫が飛び散り――周囲の氷霧が霧散する中、先まで状況を見守っていた女性は慌てた様子で川岸に向かって走り去る。
「……どうすれば」
突如人の身による天災が発生――状況に完全に置いて行かれている事を自覚したセリニはぽつりと呟いた。
「周りは見えるけど……」
周囲を覆っていた氷霧は雷にて完全に霧散している。
「氷も解けて……砕けている」
川を覆いつくしていた氷も先にレイと呼ばれたプレイヤーが発生させたスキルの雷槍によって木端微塵に破砕している。
「戻る事はできるけど」
故に川岸を阻むものはなく、陸地に戻るのは安易であった。
「けど……あっちには」
しかし――今度は陸地が普通の状況ではなかった。
「なんであんなに」
目に見える範囲の川岸には大群の銀色の狼が展開している。それを狩る為なのか沢山のプレイヤーが戦闘を開始していた。
「人が優勢……」
銀色の狼はレベルが高いからか、大抵のプレイヤーは返り討ちに逢っていた。だがプレイヤー側も負けておらず、一部の者達は一方的に葬り去っている。
――黒い羽……青い炎……飛ぶ光の剣……輝く氷……紫の風……緑の雷……両手盾……統率がとれた戦い。
――わたしは……場違い。
圧倒する面々の戦いを遠目から見て、印象に残る事を心の内で呟いたセリニはその中に加わるのは不可能だと悟るのに時間は必要なかった。
「気づかれたくない」
一か八か戦わずに駆け抜ける事も考えたがモンスターが無限沸きするとは限らない。森林から別のプレイヤー達も続々参戦しており、人が途切れる気配もない。
故に戦闘が終わったタイミングで自身が川岸に到着する可能性を考えてしまった。
そうなると目立つのは必然であり、それは絶対に避けたいと抱いた。
だがいつまでも川にいるのも考え物であり、どうするかと思考するとある案が浮かんだセリニは今見ている川岸とは正反対の方向に身体を向ける。
「誰もいない……多分」
離れたその先にあるのはもう一つの川岸であった。
「距離は長いけど……沢山の人に気づかれるより……」
今の状況と人見知りな自分自身に情けなさを強く感じたセリニは深い溜息を吐き出すと川岸に向かって泳ぎ始める。
「……そうだ」
水中に退避した事によって倒れる危機を回避できたのは間違いない。その事を強く認識して今後も役に立つかもしれないと考えたセリニは――
「潜りながら行こう」
水中での動きに慣れたいと思ったと同時に潜った。
――新鮮だね。
そしてそのまま川の中の景色を見ながら泳ぎ始り始めて――水上に顔を見せた途端に。
「!」
セリニは身体が震えて慌てて周囲を見る。
「気の……せい」
見られた感覚であった為に川にモンスターが出現したのかと思ったセリニだがその気配はない。
――敵が近くにいれば分かるから……きっと大丈夫だよね。
フィールドに到着してから未だに戦闘していないセリニだが他のプレイヤーと戦うモンスターやモンスターとの対峙は経験している。
故にモンスターと接近した時の独特な感覚は覚え始めていた。
――Virtual Reality challengeの時と似ている。
ツインファンタジーワールドをプレイする前に唯一したVRゲームの経験が役に立っていると思ったセリニ。
「進もう」
進んで問題ないと判断したセリニは再び潜る。
それは人から離れる為の動き――それは人知れずだと銀髪の少女は考えていた。
しかし――
「戦いから離れてる?」
全身が黒で覆われ――背中に翼を生やして羽ばたかせるプレイヤーが宛ら街を駆ける鴉の様に遥か上空からその姿を捉えていた。
「っと――他の名前付きの皆さんがいるんですから、わたしも名の如く! 黒い翼で派手にいきましょう!」
闘志に満ちた黒を纏う少女の声が青空に響くとその場から落下――加速したそれは黒き流星となって数多のモンスターがいる地点に衝突した。
後方の地点がそうなっているとは露知らずなセリニは――黙々と対岸に向けて潜水を混ぜながら泳ぎ続けていた。




