第5話 銀髪弓使いは出会いから
「すごい……」
目の前に広がる世界にセリニは驚きを漏らした。
石や煉瓦で作られた建築物、行き交う人々は鎧やローブを着て、剣や盾を携えている。
「本当にファンタジーな世界」
そんな独り言を漏らす間に背後から水が流れる音が聞こえてひんやりした空気を感じて振り向いた。
「これって……」
目に映るのは数多の水が噴出する大規模な噴水であった、しかしその背後には噴水が米粒程度の大きさと錯覚させるほどの建築物が建っていて、セリニは思わずその建物の名を呟いた。
「塔?」
それは途方もない程に長大な塔であった。
天を貫いており、塔上が見えない。現実では決して見れないものが実在物の如く目の先にある事にセリニは暫し言葉を失った。
「……どうしようかな」
そんな事を呟きながら塔から目を逸らして周囲を見渡したセリニだが状況を肌で感じ取った途端に身体が突如震え始める。
――人が多すぎる。
目の前は常に人混みで溢れていた。その中には気軽な様子で会話する人達もいた。同じ容姿をした双子の姉妹が仲良く歩いており、隣り合わせに並んで噴水に目を向けてスケッチブックと格闘する人達もいる。
対して自身は独りであり、強い疎外感を感じ始めている事に気づいた、そして今気づいたが噴水の周りには話している人達が沢山いる、この場所が人々の憩いの場である事を察した。
「……移動しよう」
感情を依り代とした寒気を感じて居心地が悪くなってきたセリニはその場から移動した。
「ここならいいかな」
辿り着いた場所は建物が隣接する人通りが少ない道の横にある建物の前であった。
「落ち着く……」
いるべき場所に辿り着いた気持ちとなったセリニは一息ついた。
「……!」
そんな最中に人が目の前に現れて驚いたセリニであったが、それは建物の窓に映る自分自身の姿であった。
「……ちょうど見たかったんだよね」
セリニは初期装備の色を変えている。しかしどんな見た目になったのか確認を忘れていた。
故に服装の雰囲気を今見ようかと考えた。
「……」
その前にセリニは自身の服を見る動作を誰かに見られる事を危惧して周囲を見る。
――誰も見ていない……。
――……当たり前だよね。
誰も彼もが自身を気にせずに歩いている。立ち止まっている他の人と話しており、視線も感じない。自身の心配が杞憂に終わったと確認したセリニは窓に映る服装に目を向ける。
被る帽子はツバがある標準的なもので一本の羽が付けられている。
皮の手袋と靴を身に付けて、下は長ズボンで上は民族風の服。その上に靴まで届く長い無地のマントがそれを隠している。
「……いい感じ」
肌を外に出す事を好まないセリニにとっては露出が殆どない好みな服装であった。
――コスプレみたい。
ゲームに出てくる衣装を着た事を自身が身に着けた一度も無い為にそんな感想を抱いて、恥ずかしさを感じたセリニだが、少し考えると周りの人の服装も同じような服装である為に恥ずかしさが薄れた。
「色も……」
衣装の色合いは自身が3番目に好きな色である紫にする事を決めた。そして細かい色合いは二人静。
その色を主体に所々に差し色として白を加えた。それがセリニの初期装備であった。
「最初から好きな色でいいね」
服装の確認を終えたセリニは気分を良くする。
「次は弓で戦おうかな」
そして町から外に歩き始める。自身の衣装に浮かれているが、それ以外の事を忘れていなかった。
しかしながらも周りの状況を見ずに動いた結果――気づくのに遅れる事となった。
歩み始めたセリニに激突しそうになる人影が現れた事に……
「!」
視界に人が現れた事に驚いたセリニであるが、反射的に最小限の動きで激突を回避する。
その最中に何かが落ちた音が鳴ったが気づいていない――周りを気にする余裕等なかった。
「……」
突如の出来事にセリニは言葉が詰まる。そんな中、自分に対する疑問が現れる。
――早く動けてる。
最初こそ慌てたが激突を回避する際の動きは一切の無駄がなかった。その事をセリニも自覚している。しかし運動が得意でもなく、苦手でもない。そんな自身が瞬時に機敏な動きが出来るわけないと抱いた。
――あの適正はこの世界でも……適応……。
しかし今いる世界こそゲームの中であるが現実の世界である事に変わりない。現実である以上、俊敏な動きを可能としたのには理由があり、その事をセリニは思い返すが――
「ふーん」
何かに関心する様な声が聞こえる。反射的に前を向くと見知らぬ人物が立っている事に気づいた。
「あ……あの」
覚悟の時間すら与えられる事もなく、初めて会う人と対峙羽目となったセリニの思考が停止する。しかしその目は対峙する者の容姿を捉えていた。
若葉色を主体として、深碧が各部に加えられ、各部に深碧で描かれた紋章や結晶の装飾品が施された、豪華なローブを身に纏っている。そしてその上に若葉色の紋章が描かれたフード付きの深碧に染まるマントを羽織っている。
髪型は短く切り揃えた短髪、髪色は金糸雀色であった。
太陽の様に明るい印象を与える、可憐な顔立ちな少女である。目の色は青であった。
背は小柄でセリニは見下ろす形でその容姿を見る事になる。
――魔法使い……。
その姿を見たと同時にそんな所感を抱いたセリニであるが、これからどうするかの方が重要であった。
しかし全身がガチガチに緊張して身体を動かすのにも苦労する状況となった。
そんな最中に聞こえるのはとても明るい声であった。
「今の動き、VR適性のランクが高い動き」
届くのは日常では聞きそうにない不可解な単語が混ぜられた言葉、しかしそれが何なのかセリニは即座に察すると、現実逃避の為にVRに関わるある情報を思い出す事にした。
――VR適性……VR神経から計測だっけ……
電脳世界に入り込んでゲームをプレイできるVR。5年前から流通しているが、それ以前は現実には存在しない夢物語の存在でしかなかった。
だがVRを現実にする。そんな夢話に人生を費やしているとある科学者が誰も見つけた事がない神経細胞を発見した事で夢は現実に再現される事となる。
その神経細胞はあらゆる生物を安全に電子世界に繋げる組織で構成されている。故にVR神経と名付けられた。
――VR神経が多い程……VRで上手く身体を……
生物であれば誰もが持つVR神経であるが、その量には個人によって差が存在している。
ゲーム内のステータスとは異なる、VR内での運動能力等の身体能力、プレイヤー側のステータスとも言い切ることが可能である。
だがセリニは要点こそ知っているがどの様な要素で決まるかまでは詳しくない。そして正直に言うと、ゲームを楽しめればそれでいいと一切の興味がない。
しかし初めてVRに触れた際、適性がスキャンされた。オフラインゲームであるVRだけするなら不要であるがオンラインゲームのVRMMOをプレイするなら必須であった。
爽陽に誘われるまではオンラインに興味なかったが自身の適正がどの程度なのか興味を感じてスキャンを受けた。
その結果は身体の診察の様に数値では表示される事はなく、ランクで表記される。それがVR適性である。
――わたしのランクはSだっけ?
ランクの5段階ある。最低値はDであり、最高値はSである。
そしてセリニのVR適性は心の内の自己申告通りのSであった。
その事を爽陽に明かした結果、猛烈な勢いと共に一緒にオンラインゲームをプレイしようと言われた為に、自身のランクに対しては複雑な感情を抱いている。
「――大丈夫?」
しかしながらも現在のセリニはゲームをプレイを開始した数分の後にピンチに陥っている。
現実逃避にも限界がきたとして、とりあえず会話することにした。
「は……はい」
だがそれは声を上げるだけの会話としては粗末なものであった。
学校内と同様に自分を隠して真面目に対応して逃れる事も可能である。
しかしゲームの中では素の状態の方が楽しくやれると爽陽と言われた事、そしてゲームの中で自分を偽るのを嫌――そんな率直な感情を抱いたセリニはいつもの自分で何とかすることにした。
――ど……どうしよう!
だが現実は甘くない。知らない人間にいきなり声を掛けられた経験が殆どない為に混乱は続いている。
――あ……相手の話に合わせるしか……
VR適性の事を話していた為にそれと関係ある事を話そうとするセリニ。
――全然……解らないよ!
だが最低限の知識しか思い出す事ができない為に話題にするのは無理だと判断しそうになったが……
――わたしのランクを話せば!
幸い自身のVR適性がどれくらいなのか、把握している為にそれを口にする。
「わ……わたしのランク……」
「あ――大丈夫大丈夫」
しかし目の前の少女はセリニの声を塞き止める様に腕を振ると困った様子の笑みを浮かべてそのまま喋り始める。
――もしかして駄目な事を!
相手が喋り始めると同時に恐怖感を抱いたセリニは、口にした事を後悔をしながら口を閉ざす。
「あなたのランクを聞こうなんてこれっぽっちも考えていないから」
――やっ……やっぱり!
そして嫌な予感が的中した事に気づいたセリニは慌てふためき、そのまま思考が停止しそうになった。
「変な事を聞いてごめんね」
そんな中に謝罪の声が耳を通り過ぎる。
「え……」
予想外の言葉が現れると同時にセリニは当惑する最中に少女は言葉を続ける。
「気になっちゃってね、VR適正の事を話すのは避けるべきなのに」
「VR適性……避け……る?」
何を話しているのか把握しきれなかったセリニであったが聞こえた言葉を繋げる事によって、少女が言いたい事を理解する。
――そういえば……爽陽ちゃんが言ってた……よね。
ツインファンタジーワールドが初めてのオンラインであった為に爽陽から色々と聞いたり、注意する事を言われていた。
その中の一つにはVR適性に関する事も含まれている。最初こそどうして自身のランクを明かしたら駄目なのか疑問に感じていたセリニであるが話を聞く内にその重要性を理解した。
――VR適正の事は……話したら駄目だって。
――色々問題があったとか……。
VR適正のランクの高さがそのままゲームの上手さに直結している訳ではない。VRゲームは現実のあらゆる身体能力も関係しており、ランクこそ高いが上手く遊べないと語る人もいる。
その逆でランクこそ低いが誰よりもVRゲームが出来ると豪言する者もいる。
そして生物のVR適正の差は先天的なものであるが、後天的にVR適正を上昇させて、ランクを上げる。それは可能でVR専用ゲームハード内にVR適正を上げるソフトをダウンロードする事が可能である。
それでもプレイヤー同士が関わるVRMMOでは差を感じる一部の者達が様々な問題を起こしており、一時はVRMMOを遊べなくなるのではと巷で噂される程であった。
しかしVRを開発した科学者はその様な事態を最初から想定しており、ゲームハード内に搭載されている隠し機能を公開。後日にその機能が発揮された結果、警告されても問題行為をVRMMO内で続けた者達は一斉にVRMMOから追放される事態となった。
VRMMOの存続に関わる事件が発生してしまった事もあり、それ以降はVR適正を話題にする事を避ける。
その様な暗黙のルールが浸透していた。
――とんでもない事を言おうとしちゃった……。
――よね……わたし。
爽陽から言われた一部始終を思い出したセリニは寒気を感じる。
「そ……その!」
とりあえず何かを口にしようとするセリニだが言葉が詰まるが先に少女が話を始めた。
「気にしなくていいよ、そもそもあたしが始めたばかりの子にそんな事を言ったのが悪いんだから」
「え……はい」
ばっさりと言われたセリニはその勢いに呑まれて何も言えなくなった。
――あれ?
しかし相手が口にした事を心の中で反芻すると、違和感がある言葉がある事に気づいたセリニは思わず尋ねた。
「どうして始めたばかり……と……解ったんですか?」
少女の言葉は正しく、先程ゲームを開始したばかりであった。しかしそれを一言も発していない為に疑問となった。
「それは簡単! 今装備しているの弓を初期装備に選んだ時の装備、始まりの狩人だよね」
「え……はいそうです」
「その装備をして町を歩いているのは始めたばかりのプレイヤーだからね、あたしもそうだったし」
「……そうなんですか」
話を聞いたセリニの脳裏にはある予感が体を過る。その予感は相手側から明かされた。
「それに同じ弓矢使いだからね」
「あなたも……ですか」
弓矢を使うプレイヤーと早々に出会うことになるとは思わなかったセリニは驚いた。
「名前もそのままアーチャーよ」
言葉どうりのプレイヤー名であった為に聞いたセリニは思わず「そのまま……ですね」と言葉を返した。
「でしょ! けどその反応……あたしの名はゲーム外では轟いていないみたい」
「あ……ごめんなさい!」
何処か残念そうな様子を見せていた事からセリニは反射的に謝る。
「いいよ、このゲームの中ではかなり有名みたいだから」
「そうなんですか」
ゲームの中で有名な状況に対して具体的なイメージが浮かばなかったセリニはとりあえず言葉を返す事にした。
「じゃあ頑張ってね、あたしはレイちゃんを合流しないと」
「ごめんなさい……わたしなんかに時間を取らせて」
アーチャーが知り合いと待ち合わせている事を知ったセリニは申し訳なさを感じて謝罪する。
「別にいいよ、出会ったばかりの人と会話するのもオンラインゲームならではだしね」
アーチャーが笑みを浮かべながら軽い調子で語る。
――オンラインゲームだから出来る事……。
その言葉をセリニは強く受け止めていた最中――背後から金属音が鳴り響いた。
「痛ぁ!」
続いて少女の悲鳴が聞こえた。
「な……なに!」
突如の事態に驚いたセリニは声を驚いたがアーチャーは対照的に落ち着いていた。
――流石の貫禄。
その余裕にセリニが感心した。
「この音……いつも通り」
アーチャーは妙な事を口にすると同時に物を拾う動きをする。他者と目を合わせる事ができないセリニの視線を下に向けていた為に何を拾ったのか把握したが、それは自身が知る形の物であった。
「あと落ちていたよ」
それは被っていた筈の『始まりの狩人帽子』であった。
「す……すいません」
謝りながらセリニは帽子を受け取る。
「距離を離せば自動で戻ってくるけど、それはゲームだけだから、気をつけたほうがいいよ」
そう話したアーチャーは「じゃあ……メガロスクエストで」と付け加えると同時に歩んで人の波の中に消えていった。
その姿を見届けたセリニは窓に身体を向けると帽子を被った。
「メガロス……クエスト?」
『クエスト』とゲームをプレイしている自身にとって馴染み深い単語であるが、同時に『メガロス』は聞いた事がない単語でもある為にセリニは困惑する――それと並行してある疑惑を抱いた。
――もしかして……誰かに見られて……。
アーチャーと話している間は一切気づかなかったが、一人となった瞬間から一つではない複数の視線を感じていた。
――どうして?
セリニはゲームを始めたばかりで話した相手も現在はアーチャーだけである。そんな自分が見られる理由の見当がつかない。
――もしかして有名な人と話したから……。
――そもそもわたしなんかが……誰かと喋ったのが……。
幾ら思案を広げようとも雲を掴むように四散して無為に終わる。
――そもそも自意識……過剰なだけ……。
しかし自身の予感が的外れな可能性も抱き始める。
――そうであってほしい。
――けどこの感覚……。
そう願い始めるが同時にごちゃごちゃした感情と強い不安感によって気持ちが冷え込んでいる事に気づいたセリニはある決断をする。
――とりあえず……離れようかな。
――別にここにいないと駄目な理由もないから……。
そもそも誰かと待ち合わせしている訳でもない為にこの場所に立ち続ける理由がない。
――それに戦いたい。
せっかくステータスを振って、弓矢を手にしたのに一度も触れておらず、一度も矢を放っていない。
その事を考えると気持ちは熱くなって足が軽くなり、先にアーチャーが走ってきた道から町を出てフィールドを向かう事にした。
――それにしても何だったんだろう?
――気のせい……かな?
周りを気にせずに歩み始めると同時に感じる視線の意味が何だったのか後ろ髪を引かれる気持ちがあった。だがする事を既に決めた為に心の中に不安をしまい込みながら建物の間にある道をセリニは進み続ける事にした。
噴水広場の角にいた銀に染まった長髪に紫の装いを纏ったプレイヤーが路地裏に進むと同時に一部のプレイヤーはその場から移動や他のプレイヤーとの会話を始める。
自身の気のせいで自意識が過剰である事も願っていたセリニであったが、様々な理由から実際に他のプレイヤーからその動向を注目されていた。
初めて会話したプレイヤーであるアーチャーは自身の事を有名なプレイヤーと明かしたがそれは本当の事で彼女が考えている以上の数のプレイヤーから認知されている。
それ故か本人は望んでいないどころか周知していないが一対一で会話をするともう一人のプレイヤーがどの様な人物なのか興味を持たれるのは必然であった。
それだけなら気にされるのは少しの間で済まされる筈であったがその人物は今迄目撃された事がない銀髪が似合う容姿端麗な少女のプレイヤーであった為に注目度が高くなった。
更にその時の噴水広場では始めたばかりのプレイヤー達が近くのフィールドでモンスターの大量発生イベントが起きている為に一人でも多くのパーティーメンバーを探している状況であった。
そして始まりの狩人を装備しているのは少数であり、希少な弓矢を装備している人物をパーティーに誘えないかと複数のプレイヤーが考えていた。
また同じ女性同士で仲良く遊ばないかとその機を待つ女性プレイヤーも存在していた。
しかし銀髪の弓使いプレイヤーはアーチャーと別れた直後に噴水広場から立ち去った為に各々の目論見は崩れる事となる。
なのだがそれが却って注目度を高める事態となり、アーチャーと会話した正体不明の美少女プレイヤーとして一部のコミュニティで話題となった。
しかしそれは話題の中心であるセリニにとって露知らずな事柄である。
そしてその身は既に町からフィールドに足を踏み入れていた。
その内には肥大化した緊張感――そしてを戦いを楽しみたい――そんな純粋な闘争心を胸に抱きながら。




