第32話 銀髪弓使いは騒音から
ゴブリンの弓から放たれる一本の矢。宙を進み瞬く間にセリニの前方まで迫る。
「……」
その場から一歩も動く事なく待ち構えていたセリニは携えた弓を払い、飛んできた矢を弾き飛ばした。
――次は……。
場には弓矢を撃つゴブリンだけでなく、ローブを着て杖を持つゴブリンもいる為に注意しようとしたセリニだが――否応なしに耳に留まる。
「――――!!」
杖を持つゴブリンが大声を放つ。それが魔法を放つための詠唱であるとセリニは理解していた。
――何でこんなに大きな声。
それはそれとして他のゴブリンよりも大音量で言い放つ為に内心で突っ込みを入れる。
しかし魔法を使う事実が入れ替わる訳でない為にセリニはその様子を見る。
ゴブリンの目前に青い粒子が集結するとそれは形を成す――鋭利な氷であった。
――結晶でなく氷。
――魔法を使うゴブリンは沢山の見たけど。
――これで殆どの属性を……見れたね。
この場に戻ってくるまで魔法を使うゴブリンを十体以上見て倒していたセリニであったが氷の魔法は初めて見る事となる。
「綺麗」
澱みがない真水から生成された純粋な氷塊――そう言い表すに相応しい見た目であった故にそんな感想を純粋な色合いな声で漏らすセリニ。
――けど氷に当たったら……わたしも倒される。
しかしセリニは油断をしていない。
――さっきの……人みたいに。
魔法を受けた事でこの場所から退場する場面に直面していた為だ。
――他の魔法と同じ対処できるよね。
瞬時に心の切り替えたセリニはゴブリンの動向に目を向ける。
ローブを纏うゴブリンが杖を前方に振ると同時に氷塊は直進――紫を着る少女に襲い掛かる。
「実体がある分狙いやすい」
淡々と口にしながら弓矢を構えていたセリニ。
引き絞られた弦から解き放たれた矢の狙う標的は氷塊――一弾指に宙を駆ける二種の飛翔体が衝突する。
その結果矢は砕け散り、氷塊は霧散――弾け飛んだ氷の粒は地面に落ちる。
「やっぱり綺麗」
氷粒が散り、光で輝くその光景に芸術性を感じていたセリニ。
――違う!
だが今は戦い最中で油断はできないと気持ちを即切り替えた。
――矢を当てると魔法が消える。
――あの時……と同じ。
セリニが攻撃魔法に矢を当てたのは初めてではない。この場所に戻ってくる前の戦闘の最中に自身を狙って放たれた炎の攻撃魔法と自身の矢が衝突する場面を目撃。その際にも今起きた光景が発生した。
――魔法には矢で対応できるのかな。
初めて見た時の状況よりも今の状況の方が心に余裕があったセリニはふっとそんな事を考える。
されどもその認識は間違いであった。
確かに矢を当てた事で魔法を打ち落とす事に成功している。
だが攻撃魔法には様々な種別があり、武器による攻撃を当てると相殺される種類もあるが、通常の武器攻撃では相殺不可能な攻撃魔法も存在する。
その事をゲームの中で最速で知るにはプレイヤーが攻撃魔法を習得――であるが魔力関連にポイントを振っていないセリニのステータスでは難しい状態であった。
――けど……そんな簡単にはいかないよね。
――避けれる時は避けよう。
しかし自身が考えた事は有り得ないと思ったセリニは魔法に対して警戒心を持って対処すると心に決める――その最中に敵は動いていた。
再び空を駆るゴブリンの矢が迫っていた。
――矢も避けよう。
攻撃魔法と矢の関係に意識を向けながらゴブリン達の動向にも目を向けていたセリニは頭部に向けて飛んできた矢を悠々と避ける。
――二体だけなら。
倒す事は決めていたセリニはどう倒すべきか思案する――その傍ら。
「――――――!!」
杖を持つゴブリンが大声を出すと青き粒子が前方に集結――氷塊となって前方に発射される。
周囲の温度を下げながら突き進んだ果てに衝突したのは巨岩――それは銀髪の少女が移動していた事実を示す。
弓矢を構えるゴブリンは気づいている。
何せ氷塊を避ける為に移動していたそれが鏃の先にいる故だ。
「……」
大声を出す杖を持つゴブリンとは対照的に淡々と弓矢を構えるゴブリン。
されども標的は同じ――三度放たれた矢は銀髪の少女に向かう。
その動きに並行して矢と弓を構えながら標的がこちらに直進していた為に当たる事を確信したその刹那――跳躍した事で躱される。
そして返礼として自身に突き進んだ一矢で射貫かれた。
――当たった。
もう一度矢と魔法を避けた後に反撃に転じる事を決めていたセリニは跳躍して接近した後に放った矢が直撃した事を喜んだ。
――でも倒れていない。
だが矢を持つゴブリンは健在であり一矢で仕留めきれなかった事を確認する最中に――自身は急接近している事をセリニは把握する。
――想定内。
だがそれは自らが選んだ道であった。
舞風月影は戦うゲームが好きだが同時に小心者――だから戦闘をする空間では警戒するとゲームキャラをその場から移動させて距離を取る癖がある。
それはゲームキャラが自身となったVRMMOでも同様で既に警戒する度に跳躍したり、少し動いて距離をとっていた。
そして跳躍をする時はどこが安全なのか把握した後にしている。距離を取り過ぎない様に匙加減を決め、そして何にも衝突しない様に注意していた。
その繰り返しが蓄積された結果、セリニは何処まで跳べるのか、そして身体の力加減による距離の調整を瞬時にする事を可能としていた。
――相手が何も。
宙に身体を預ける最中に二匹のゴブリンの動きを観察――近距離の戦いに備えていない。それを確認する最中にセリニは弓を持つゴブリンに接近する。
――こっちから。
既に弓本体を振り上げていたセリニはゴブリンの頭部に目掛けて弓を振り下ろした。
抵抗する間もなく上方からの攻撃が直撃したゴブリンは勢いよく頭を下げる。
――もう一撃……。
地面に着地していたセリニは即時に弓を横に薙ぐ――二撃目を受けたゴブリンはその場から吹き飛びながら粒子となって消え去った。
「まだ」
魔法を使えるゴブリンが健在であり、勢いをそのままにセリニは次の攻撃を仕掛けようとするが――叫び声が騒音となって襲来する。
「――――――!!」
耳が歪な形となりそうな程の大音量だと思ったセリニだがゲームの世界だからか身体には一切の悪影響はない。
「――」
しかし間近で強制的に大音量の叫びを聞かされている今の状況――それに対する多少の不快感を抱きながらセリニは騒音の元凶に目を向ける。
対峙するのローブを纏うゴブリン。得物である杖を伴い既に動いていた。
数秒前の魔法を放つ装置としてではなく――直接相手を屠る鈍器として。
――想定内……だね。
その様に杖を扱う事をセリニは驚きはしない――同時に脳裏に背を見せる杖を携えた漆黒の馬に乗った黒い騎士の姿が映り込むが今は関係ないと意識をゲーム世界に向ける。
振り上げられた杖は振り下ろされる。その振り方は大振りである為に躱す事は一歩進むだけで済んだ。
「――――!!」
されども杖による直接攻撃と同時に放たれたゴブリンの叫び声が再度セリニの耳朶を刺激する。
「――」
他者がどれだけの音量を出そうとも自身には無関係と気にした事が一度もなかったセリニであったが流石に限度が近づいていると思い始めた。
――何で騒音みたいな声を出すのか……知らないけど。
――もう……静かにして。
故に心の中で攻撃性がある言葉を吐いたセリニはこれ以上ゴブリンに何もさせない。その決心を含めた冷徹な声色でスキルの名を口にする。
「【暗影流出・漆黒飛刃】」
右足を上げる同時にその内より滲み出た光を喰らうかの様な漆黒の影が刃に変異。
セリニはそのまま回し蹴りを放ち、ゴブリンの頭部に直撃する――それと同時に解き放たれた黒き刃が襲来する。
蹴撃による打撃音と漆黒の刃による斬撃音が重なり響くとゴブリンは弾き飛ばされるが――真後ろに木が生えていた為にそのまま蹴りによって頭を叩きつけられて衝撃音と何かが砕け散る音が鳴る。
「倒せた」
強烈な二撃を受けた事でそのまま消失するゴブリン。そして連鎖する様にセリニの一撃で一部が破砕していた木はそのまま倒壊する。
「――」
木から音が鳴った刹那に後ろに跳んでいたセリニは倒木したそれを見ると安心した様に息を吐いた。
「やっと静かになった」
そして明るい口調で此度の戦いに勝利した事を述べたのであった。




